第4話
盗賊と腕に覚えのあるギルド職員が武器を交える姿に思わず息をのんだ。
人の生死のやり取りを目の当たりにし、ルカインの胸は締めつけらる。
人生で一度も殺し合いを見たことがなかったからであった。
故郷やアウフグーアに来てからもただ一度も人の殺生をこの眼で経験したない事が眼前で起こっている事実に足がもすくんだ。
「あんた!そこで何してるんだい!」
声のする方を見ると、ギルドの内装の一部であろう家具を使い勝手よろしく壊して作った障害物の中にマドラが手招きしていた。
他にも複数の職員に入り混じり、あの弓使いの女冒険者の姿もある。
彼女は己の得物を巧みに使い、援護する形で矢をつがえては放っている。
ルカインは遠回りする形でその陣地へと飛び込んだ。
瓦礫の中から両陣営の状況を覗き込むとしたところ、頭部に拳をもらった。
「あんたバカかい。逃げればいいものの、なんでこんなところにきちまったんだ」
「僕も助けになりたくて」
「いいかい。あんたは冒険者といっても何の特能もないじゃないか。そんなやつがここへ来たって足手まといになるのがオチさ。今からでも遅くはないから早く逃げな。ここにいちゃ邪魔にしかならないよ」
普段見せている怪訝な表情とは違い、凄い剣幕となりルカインに罵倒じみた言葉を放ったが、彼女の奥底にある優しさを感じ取ることができた。
「厩舎の主さんにも同じ様なことをいわれましたけど、僕は僕なりに戦いますよ」
「なんだいその僕なりって」
マドラが無愛想な顔へと変わるのを見届ける前に瓦礫の一部からおあつらえむきの大きさの残骸を見つけると、それを盗賊たちの方へと投げ込んだ。
手から離れるまでは程よく様になっていたものの、その実は投擲というよりかは輪投げに例える方が正確な位に拙いものであった。
「ふざけてるのかい。遊ぶ場所じゃないよここは」
隣で身を屈めるマドラがうんざりとした口調で言うと、支援を続ける弓使いが邪魔だと言わんばかりにかかとで地面を何度も踏みつけ、苦情をあらわにした。
面食らい萎縮したマドラを一瞥だけすると、脱力をして息を止めた後、つがえていた弓を射った。
放たれた矢は空気を切り開きながら素直に飛び続け、最終的に片手斧を振り上げたばかりの盗賊の上腕を貫いてみせた。
「今のが当たった、すごい!」
距離にして50メートル先の動く標的に当てた彼女の腕前にルカインは思わず声が漏れる。
彼女も悪い気がしないのか、歓声を好意的に取られてくれた様子で口角を少しあげたようにみえた。暫し、呼吸を整えた後、腰にぶら下げた弓筒から次の矢をつがえようと探るも、撃ち尽くした様で指は矢羽を求めて宙を掴むばかりであった。
周囲にこぼした矢は無いかと探すも命中の有無に関わらず、全て盗賊側に転がっている。
「誰か!矢は持ってますか!」
弓使いがルカインたちの方に振り向き訊くも、皆首を横に振った。
「あ、ギルドの倉庫で見たことがあるぞ」
若いギルド職員が思い出した様子でギルドを指さしながら言う。
その言葉を聞き、女性はギルドへ向かおうとするもマドラが腕を掴んで静止させた。
「今あそこは盗賊たちが侵入してるんだよ。今、弓矢がないっていうのにどうやって戦うんだい」
「だったらこっちに替えるだけよ」
弓使いはそう言いながら弓筒の位置をずらして、隠れていた短剣2つを見せた。
その内の1本を抜き、構えてみせる。
「い、今抜くのはやめておくれ。危ないじゃないか」
「大丈夫よ。私、短剣も得意なの」
「それは大変結構だけどね、あんたがいなくなってここを狙われたら、あたしらは一巻の終わりだよ。今あんたがここを離れちゃ困る」
マドラの言う事は最もであり、弓使いも思いを汲んでこの場に留まることにした。
代わりにとルカインが挙手しようとした所、若いギルド職員に寸前で腕を掴まれる。
「今の話聞いてなかったのか」
「大丈夫、すぐいってかえってくるから」
ルカインは手を振りほどき、ギルドの扉をゆっくりと明けて中へと潜り込んだ。
盗賊を警戒しつつ、静まり返った屋内の様相に不気味さを抱く。
年中、騒ぎの治まらぬ場所だというのに長らく使用されていない古い屋敷の様に物寂しい雰囲気がある。
夜でも昼の様に明るい屋内だが今や残された灯りは、個別に仕切りられた受付カウンターの端に置かれたろうそくが唯一のものであり、ルカインはそのうちの一つを勝手に拝借して倉庫がある場所へと向かった。
「確かこっちだったはず」
以前、アウフグーア近隣の森でモンスターの討伐をしていた冒険者から必携品の依頼を受けた事があった。依頼主はギルドの金庫に預けていると言い、事情を説明したところ物わかりの言いギルド職員がその場所まで案内してくれた。
その際に隣の扉が気になり尋ねると、そこは倉庫だと教えてくれた。
流石に中身までは訊き出せなかったが、日頃のやりとりを見るからに素材から武器防具まで冒険者や鍛冶師たちが収めた品々が眠っていることは想像がついた。
壁伝いに階段を下り、2つ用意された空の牢屋を超えた扉の先で倉庫を見つけた。
中へ入ると想像していた通り、矢や甲冑、モンスターの素材など種々様々なものが保管されていた。
部屋を灯りで照らすと、長槍の近くに10本束にして置かれた弓矢を見つけ、2束を脇に挟んで持ち出そうとしたが、木箱に目線がいき足を止めた。上には幾つかのポーションが置かれており、いざという時に使えるだろうと手を伸ばした矢先であった。
鈍い痛みが頭に走る。低く短い喘いだ後、視界が歪みはじめた。
視界が明滅状態となり、床に倒れ込んだとゆっくりと暗転してしまう。
あらゆる感覚の鈍さを覚え、まるで水中で音を聞くような曇った声が朦朧とする意識の中で耳に入り始めた。
「へへへ。一人冒険者をやったぞ。こいつから何か奪ってやろうぜ」
「いいですねいいですね。でも見た感じだと何も持ってなさそうですよ。着ている服なんてボロそのものだし。それにみたところガキですぜ」
「バカやろう。こういうやつのほうがかえってもってたりするんだよ。ほらそいつのバッグでも漁ってみろ」
ルカインの肩からバッグが取り外され、中身をあさる音が頭上より聞こえる。
何かを見つけたらしく、手を止めた後に硬貨同士のぶつかる音が聞こえ、ついで紐が緩む音も聞こえてきた。
「なんだただの銅貨か。それに9枚しか持ってねぇのか」
はした金と見られたようで動けぬカインの頬に投げ捨てられた。
文句一つでも言いたいが口を動かすことはできず、ルカインは己の無力さに号泣しそうになった。
「この部屋の物の方がよっぽどお宝だな」
「槍に剣に……これなんて立派な牙ですぜ。高値で売れそうだ」
「おいおいあんまりベタベタさわるなよ。お前が触ると汚れちまうよ」
「へへ、すんません。とりあえずあっしはこれをいただきますか」
「じゃあ俺はこっちにするぜ。表でやりあってる連中の分も残してやらないとな」
まだルカインが生きている事など気にも留めず、二人――おそらくは盗賊だろう――倉庫を後にしようとした。
「おっと」
木箱にぶつかる音がしたかと思えば、ガラス瓶がルカインの頭に降ってきた。
そのまま地面に落ちた衝撃で割れる物もあれど、一部はルカインの額で割れてしまい、中身が動かせぬ顔に徐々に広がっていく。
鼻に入った粘度のある液体のせいで、むせ返りをしたくても出来ない状況が生まれる。空いたままの口で呼吸をしていると、頬を伝った液体が口内に侵入し始め、やがて食道の先へと落ちていく感覚があった。
「おい、気をつけろよ。今割ったポーションが高価なやつだったかもしれないだろ」
「そんなわけありませんよ。こんなシケた村に高価なポーションなんてあるわけがないじゃないですか」
「それがだめだっつってんだろ。だからお前はいつまでたっても下っ端なんだよ。盗賊団に入って何年目だ。お前といっしょに入ってきたやつなんて4、5人の部下を率いてるってのに」
「す、すみません。気をつけます」
立場が上の盗賊が下の者へと説教する姿が面白くて笑いたくなるところであるが、いよいよもって意識は薄れはじめてきた。
ルカインは死を覚悟したと同時に、頭の中に浮かんだ最後の言葉を脳内音読する。
<ステラゲート>。
ルカインは満足した気持ちで意識を失う。
最期の前、浮かんだ言葉が特能だったのは冒険者冥利に尽きると感じていた。
だが、事はそれで終わる事はなかった。
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