第2話

 その後は何事もなく、黒パンと安ワインを手に入れることができた。

 遠くで見守っていた商人たちからも暖かい言葉をもらい、品物をヘルガに届ける。


「ありがとう、ルカイン。またギルドに依頼を出すから、その時はお願いね」


「任せてよ」


 依頼達成のためヘルガからサインを依頼用紙に一筆してもらう。

 これをしてもらわなければギルドには達成を認めてもらえない。

 ヘルガも書き慣れているのか、迷いなく筆を走らせた。

 

「あ、あとこれ余ったから返しますね」


 銅貨1枚をヘルガにさしだすが、突き返された。


「とっときな、御駄賃だよ」


「えっダメですよ。報酬はギルドから別にもらうんですから、これは返しますよ」


 ルカインが再び手渡すが、ヘルガは頑なに拒んだ。

 そして邪推するようにカインの顔色を覗き込んだ。


「あんた、前あった時よりも顔色が悪いよ。腕だって同じぐらいの歳の子より細い。最後にまともな食事をしたのはいつだい」


「えーと……覚えてないや。あ、そうだ次の依頼があるんだった」


 ルカインはばつが悪い表情で誤魔化し、逃げるように家をあとにした。

 村のはずれにあるヘルガの家を離れ、緩やかな流れの小川と競うように歩く。

 小魚の姿を追い求めながら進めば、再びギルドを中心とした場所へと戻ってきた。 


「まだ日が高いし、もう一つ何かやろうかな」


 気持ちを切り替えた途端、ギルドの出入り口で何やら人だかりができていた。

 喧騒と野次が飛び交う。群衆の大半は冒険者たちが占めており、扇の形で何かを取り囲むようにして盛り上がっていた。

 ルカインは何が起きているのか気になるも、背の高い大人たちが行く手を阻む壁となって右往左往とするばかりであった。

 見兼ねた親切な冒険者がルカインの肩を叩いた。


「よおボウズ。ギルドに入りたいみたいだが今はそれどころじゃねぇ」


「また喧嘩ですかね?」


 それ以外、頭に浮かんでこなかった。


「ああ。でも見たこと無い顔だ。この辺のモンじゃねえのか」


 その言葉で市場にてぶつかった傷の男を即座に思い出した。

 確信を事実に変えたく、比較的ひとけが少ない場所に何とか割って入ろうとした。

 しかしルカインの華奢な身体ではつけいれる隙さえ生じぬ勢いではじき出されてしまう。


「すみません!ギルドに入りたいんです!」


 大声で叫ぶも数人の野太い声の前では子どもの声などかきけされてしまう。

 らちが明かない、と騒ぎが治まるまで少し時間でも潰そうかとギルドから2軒程離れた教会へと避難した。


「あれルカインくん?」


「シスター」


 中に入るとシスターが出迎えてくれた。

 狭い礼拝堂の中に数人の礼拝者たちが祈りを捧げ、外の世界とは隔離されたような崇高な気持ちが湧き上がる。


「どうしたの、珍しいわねここに来るなんて」


「ちょっとギルドの方が騒がしくって」


「ああ」


 シスターは何か知っているのか壁越しに聞こえてくる騒ぎ声に目を細めた。


「少しの間ここにいてもいい?」


「ええ、もちろん。祈ることぐらいしか出来ない場所だけど、退屈にならない?」


「外にいるよりかはよっぽどマシだよ」


 シスターは苦笑いをする。

 

「私もうるさいのは苦手。でもこの町にはなくてはならない人たちだわ」


 ルカインは黙って頷き、普段行わない祈りを捧げることにした。

 邪魔にならぬよう左角に身を寄せ、手を組んで目を閉じた。

 ギルドで見かけた魔法使いが瞑想する姿を思い出しながら、無心となる。

 暫し瞑目した後、何やら気分が落ち着きいたように思えた。

 先ほどまで聞こえていた荒んだ声たちも静まり、ルカインはふと目をあけた。


「終わったみたいね」


「うん。ありがとう、シスター」


「私は何もしてないわ。よかったらまたきてね」


 ルカインは晴れ晴れとした気持ちで教会を出た。

 今しがた騒ぎのあったギルド入口は今や普段の落ち着きを取り戻していた。

 村には衛兵の類はいないので騒ぎが起きても自然と治まるのを待つか、ギルド長が諌めることぐらいしかできない。

 今回は前者のようで冒険者たちは何事もなかったかのように頻繁に出入りをしていた。



 ギルドに戻り――マドラは避けて今度は若いギルド職員に依頼用紙を渡す。

 まだ慣れていないのか3周程黙読した後に受付カウンターの下より報酬が出された。

 銅貨8枚を受取、礼をいって掲示板に戻ろうとするも、隣の受付から石でも置いたかのような音に少し驚いてそちらを見ると、弾けんばかりの銅貨が詰め込まれた小銭袋が目を奪った。複数の人たち――パーティーを組んだ者たちが報酬の額に喜びの声をあげている。


「ああ、彼らか」


 受付の若い職員が羨むような声をもらした。


「すごい人たちなんですか?」


 思わずルカインは訊いてしまった。


「僕は詳しいわけじゃないんだけど、隣村から来てる冒険者らしくてね。村の周辺に森があるんだけど、そこで出没するモンスターの大半は彼らが狩っているのさ。おかげで農夫たちは助かっているみたいでギルドとしてはありがたいんだけどね」


「……それが何か問題になるんですか?」


「狩りすぎてモンスターの数が激減すると、獲物を求めて別の村にいっちゃうんだよ。そうなると別のモンスターたちが森に住み着いちゃって、思わぬ被害がでるんだ」


 ルカインはパーティーのメンバーたちを見た。

 男性3人に女性が1人。

 誰しも得意な得物を持ち、女性は弓を背負っていた。


「女性が冒険者なんて珍しいですね」


「ん?ああ、本当だね。でもそれだけ才能があるってことなんだと思うよ。僕も戦闘に関するものがあれば今頃ああして冒険者にでもなって活躍してただろうなぁ」


 悪意のない一言だったが、ルカインの胸をしめつけた。 

 才が無くても冒険者の自分がいるぞと職員に言いたい気持ちを抑え込み、再び掲示板へと向かうが、既に何も貼られていなかった。

 雑用系の依頼自体は少なく、時と場合によって3日貼られない事もある。

 ヘルガの件を受けるまでは3枚あったはずだが、他の冒険者が受注してしまったようだ。


「今日は終わりだな」


 足取り重く外へ出る。

 手持ちの銅貨9枚で何か食べようかと考えるもすぐに首を振るう。

 ヘルガの言う通り、最後にまともな食事をとったのはいつだったか。

 はした金程度にしかならぬ報酬で満足のいく食事にありつけるほど、アウフグーアの村は甘くはない。

 冒険者の世界は弱肉強食。才能がない者は下へと追いやられ、雑用仕事で生を食いつないでいくしかない。


「今日は水で耐えよう。その代わり明日は依頼をした後に必ず何か食べよう」


 手の中の銅貨を握りしめ己に言い聞かす。

 ギルドの中から聞こえてくる景気の良い歓声に耳を傾けないよう、顔を俯かせながら寝床へと向かう。

 すれ違う子どもたちの中に同年代の子を見つけ、目線で追いかける。

 破れていない清潔な衣服に健康的な頬の色、そして彼の家なのだろう両親が心配そうに見守る姿がある。


「負けないぞ」


 ルカインは歩き始めた。

 やがて町を抜け、畑が目立つ村はずれにたどり着いた。

 ヘルガの家は反対に位置するがここもさして変わらぬ穀倉地帯であった。

 散在する家屋の中から覚えのあるものを見つけ、そこへと通ずる道を辿った先、厩舎が現れた。

 ルカインの寝床はこの厩舎の一角にあった。

 古い敷わらに捨ててあった幌を被せた非常に粗末な寝床に身を投げる。

 視界が歪むのを否定したく、ルカインは静かに眠りに入った。

 

 

 

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