ステラゲート~誰も知らない召喚門~

にゃしん

第1話

 昇ってきた太陽が山間部の村を照らす。

 四方を山に囲まれ、国中へと通ずる道は一本のみ。

 人口400人足らずの小さな村、ここはアウフグーア。

 主に下層に属する人々が主体となって出来た共同体であった。


「なに?また才能を確認してほしいだと?」


 村唯一のギルドで長年勤めるお局様のマドラは受付でぞんざいな態度をとった。

 前に立つのはギザギザ髪に使い込まれた肩当てをした少年――ルカイン。

 周りはみな何かしらの武器をもつというのにこのルカインだけは腰には何もつけず、防具といえば使い込まれ、右片方は剥離させて機能としては全く役立たないものだった。


「お願いします。もう一度だけ確認をしてください」


 ルカインはあかぎれまみれの手から、握りしめていた銅貨数枚を差し出した。

 1日の食費にあたいする料金を昨日から何も食わずで準備したものであった。

 マドラは、はした金を暫し睨みつけ、かすめ取るように受け取る。


「ここに手を置きな」


 し枯れた声で言いながら、大人の拳程の水晶玉が置かれた。

 ルカインは言われるがまま一度手を服で拭い、優しく撫でるように置いた。

 聞き馴染みのない術語が唱えられる。

 その瞬間、軽い立ち眩みを覚える。意識がまだ鮮明でないうちに結果がでる。


「……ステラゲート。何度やっても同じさ。全く知らない、意味のない単語だ。技能か魔法なのか、あんたの好きな女の名前かい?」


 くだらない冗談に後ろで往来するギルド職員が思わず吹き出した。

 

「やることはやったからね。毎度。はい次!」


 ルカインは押し出されるようにして後ろの屈強な男に席を明け渡した。

 身につけるもの全てが鉄で出来ており、己の肉体にも自信がある男であった。

 ひ弱そうなカインを見下すように睨みつけた後、依頼達成の報告をマドラに伝え始めた。


「はぁ……」


 ルカインはため息を吐き、他の冒険者の邪魔にならぬよう端の方へと移動した。

 そして古びた柱に背を預け、ギルド内を見渡す。

 酒場と併設されたこのギルドには1年を通して冒険者で溢れている。

 村程度の規模にあるギルドなのでさして大きな建物ではないものの、用意された席は全て埋め尽くされていた。


「僕にも何かあればな」


 ステラゲートという特能は誰にも分からぬ未知のものであった。

 棒切や鍛冶ハンマーを握りしめながら唱えようとも別段なにも起こらない。

 魔法はどうだと唱えても虚しい時が流れるだけである。

 謎に包まれた特能を与えられたルカインは苦悩の日々を続けていた。


「今日はこれにしようかな」


 依頼紙が張られる掲示板に向かい、右隅が傾いたボロ板より一枚の紙をむしる。

 よく知る老婆からの依頼で内容に目を通す。

 パンに安ワインに果物、単なるお使いであってもギルドを通せば依頼になる。

 ルカインがアウフグーアで受けることのできる依頼など、雑用に限られていた。

 マドラのことは避け、その隣の目尻の垂れた老年のギルド職員に渡した。


「今日もこれかボウズ。本当にすきだな」


「ええ。あのお婆さん、なんだか僕の事気に入っちゃったみたいで」


 皮肉も冗談で返し、すれ違う冒険者を他所にルカインは依頼主の元へ向かった。



 

 依頼主の家の前でドアを叩こうとした瞬間、向こうから開く。

 頭のてっぺんに髪を団子状に束ね、鼻掛けメガネ越しにルカインを冷淡な顔で見た。

 口端は下がり、今にも不満が漏れそうであった。


「あんた遅かったね」


「すみません。途中で可愛い子がいたもんで、気になって後をつけてました」


「まぁ、あたしより素敵な子がいたのかい」


「それはもう美少女でして」


「それならしかたないね、あまり浮気するもんじゃないよ」


 二人は笑いあい、老婆――ヘルガは家の中へと招いてくれた。

 見慣れた玄関口を通り、小さな居間へと案内される。

 テーブルの下では犬のガウェインがルカインを見るやいきなり吠え始めた。


「これ、やめなさい。まったくあんたはほんとうに誰にでも吠えるね」


 ヘルガがピシャリと叱ると、ガウェインはしぼんだブドウのように縮こまり、そそくさと隣の部屋へと逃げていった。

 適当な椅子に座るよう促され、ヘルガは奥のチェストを探し始めた。

 待つ間、窓際に置かれた花瓶に目がいく。

 そこに挿された花はルカインが4日前に依頼で頼まれたものであった。

 市場で購入した時よりも瑞々しい表情の花弁に目を奪われる。


「良い花を選んでくれたね」

 

 戻ってきたヘルガの手には褪せた銭袋が握られており、中から銅貨を数枚渡した。

 

「依頼物はわかってるね」


「はい、黒パンと安酒と果物ですね」


「安酒で悪かったね。さあ急いでいってきておくれ。このあと用事が入ってるんだ」


 ルカインは笑いながら家を飛び出し、小さな広場へと向かった。

 この村の目抜き通りといえばここ以外考えられない。

 村の物資の大半がここに卸された後、各々の店舗へと再び届けられる。

 そしてそのおこぼれにあずかろうとする露天商たちの数は多い。

 鉄の剣から塩の一粒まで、ここへ来ればまず見つけることができる。


「えぇと、黒パンと安ワインはあっちで、果物はこっちか」


 露天商たちは日毎に設営する場所が違うので探すのに少し苦労する。

 欠けた石路面に足を取られないよう歩き、近い青果店から向かう事にした。

 少し歩けば恰幅の良い女主人の姿が見えてきた。

 ツギハギで補修された古いテントの下、ルカインに手を振ってきた。


「久しぶりだね。またお使い?」


「せめて依頼っていってよ。一応仕事できてるんだって」


「そうかい?あんた、まだ働くって歳じゃないじゃないか」


「ううん。でも働かなきゃ生きていけないよ」


「そういえばあんた両親は?」


「……僕は村を出てきたんだ。だから一人」


 女主人は腕を組んで怪訝な顔をしたが、それ以上は訊いてこなかった。

 並べられた商品は種類ごとに木箱に入れら、各々の香りでルカインを誘惑する。

 どれも良い品ばかりのようで目移りしてしまう。

 選ぼうとする指が宙をさまよう様に中々、決めかねてしまう。


「ねぇ、オススメはある?」


「そうだねぇ……山りんごなんてどうだい。安いうえに美味しい、料理にだってもってこいさ」


 女主人が箱の一つを指さす。

 多めに売れるのを見通してか、他の箱よりも多めに量が入っている。

 ルカインは一つ手に取り、鼻に近づけた。

 仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐり、懐かしい気持ちが広がる。

 提示されている金額も確かに安い。


「じゃあそれ2つちょうだい」


「はい。毎度」


 銅貨を渡すと、女将は箱の中から一番大きいものを渡してくれた。

 大人の拳ほどの大きさで、受け取ると肩掛けバッグにすぐさましまいこんだ。


「ありがとう。また来るよ」


「ああ、今度はお前さんの買い物できなよ。いつでも待ってるから」


 優しい言葉にルカインは思わず笑みが漏れる。

 残りの品を買うべく、腰に当たるバッグの具合を伺いながら良い場所を探していると、何かとぶつかり、思わず尻もちをついた。

 

「なんだガキ」


 見上げると冒険者風情の――しかしギルドでみたことのない顔がルカインを見下ろしていた。頬には薄い切り傷がある痩せ型の男で手はズボンに入れたまま、腰ベルトにはナイフの柄が見えた。


「すみません。よく見て歩いていませんでした。気をつけます」


 言葉につまることなく慣れた口調で言い、頭を低く下げた。

 男はそれだけでは気が済まない様子で下がるルカインの頭目掛けて拳を振り上げたが、女店主や他の露天商からの眼つきに気づき、気まずそうに逃げるように走り去った。


「大丈夫かい」


「はい、平気です」


「冒険者の中にはああいう輩もいるからね。気をつけないと」


「いや、僕も悪かったです」


 ルカインは女主人を心配させまいと、平然とした顔で残りの依頼品を買うべく反対方向へと歩き始めた。

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