第7話 蛍の手口

「これは……」


二教室目は、三教室にあった児童用机を横に繋げ、黒服が用意した家庭科室の食器が並んでいた。

その横並びの机に沿い座らせられた十三人の遺体。

仕草、視線、体の向きまでが正確に再現されている。


言わずと知れたレオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐である。


中心にいるのがイエス・キリストとし、他十二人の使徒たちが左右に座り会食しているサンタマリア教会の世界遺産の有名絵画。

そしてこの絵の論点がよく話題になる、使徒の中で裏切り者になるユダである。キリストから三番目に位置し、小袋を持った男だが、蛍がユダにしたのは焼死体の男だった。


「二つ目は神か ! 『生と死』『神』なかなか考えたね ! 」


「……」


ルキがはしゃぐ中、美果は無言だった。


本来ユダは首吊りで自死をする男である。

何故、焼死体を選んだのか…… ?

だがこうも考えられる。

モニターで観ている謎の観客達。どれ程の解像度で流れているのか。もし粗悪な映像であれば、はっきり分かる方がいい。


「テーマは……」


ここでようやく蛍は解説を口にする。


「テーマは『三世界』。一室目が『生と死』、二室目は『天国』、そして三番目は『地獄』」


「地獄…… !? 」


美果とルキは若干の興奮を抑えられず、すかさず三教室目へなだれ込んだ !


「……うっ……嘘……」


最後の教室。

蛍の言う『地獄』。


そこにあったのは床に転がったままの香澄の姿だった。

黒服に追われ、この教室に飛び込んで来た瞬間背後から鉛玉を喰らった。


あの時のまま。

他に変更点は見つけられない。


「あんたたち……彼女を殺したの !? 彼の幼馴染で友人だったんでしょ !? なのに目の前で撃ったというの !? 」


美果が顔を歪ませルキ達を責め立てるが、ルキはこの時、別の事を考えていた。

蛍は間違いなくサイコパスだ。

それに香澄を自分が殴った時、何の制止もなかった。


「これが地獄 ? ケイの表現する地獄 ? 」


「突然です。友人を奪われました。普通でしょ ? 」


蛍はそうルキに答えるが、空気で分かる。蛍は悲しんでなどいない。

ルキにはそれが不思議でならなかった。

何故これが地獄だと言うのか。蛍にとっては友人だったとしても地獄だと言わせるほどの悲惨では無いはず。そう、ルキは言い切れる自信があった。


「……まぁ、他の人から見たらそうだろうね……」


ルキは問い詰めることは止めた。

これほどの逸材。

いや、自分のお気に入りを今、殺すには勿体ない。

ここで「いまいち」と口にしてしまえば、客もそう流されかねない。

ルキは蛍を売り込みたいのだ。

だが、それは美果が口にしてしまった。


「イカれてる……。他人から観たら…… ? そうなのね。

事情を知らない人間にとってはそうなるのね……」


そこへ椎名のスマホがバイブ音を上げる。電源を切れと言っていたルキが椎名にため息をつく。


「すみません、スミスからです」


「出ていいよ……」


椎名はスマホ片手に廊下へ向かおうとし、直ぐに踵を返してルキの元へ耳打ちする。


「涼川 蛍の作品を写真で買いたいと申し出が出ているようです……」


「んも〜 ! 今日は珍品オークションじゃないっての !! 」


「買取手は外国人 ? 」


頭を抱えるルキの側で、美果が椎名に聞いた。


「いえ、それはお答えできませ……」


「そうだよ」


椎名を遮りルキが答える。


「このカメラは配信用。別室で観てるお客も、この周囲にいる訳じゃないんだ。その多くが外国人だよ。

でも何故そう思ったの ? 」


「売れたのは二教室目の最後の晩餐だからよ。

彼の作品は矛盾している。貴方が言う通り、ブラックジョークなのよ。皮肉なのね。

産まれなかった赤ん坊のパーティ ? わたしも馬鹿だわ。確かに違和感があったのに。

香澄ちゃんの死体を地獄と言った所で、全てを理解出来たのよ」


「往々にして、三部作とはそう言うものだね。

続けて」


「これが蛍君のブラックジョークだと言うなら、最後の晩餐のユダの違和感。ユダは絵画で生きた姿で描かれているし、死因も首よ。

じゃあ、何で焼死体を使ったのか。最初に考えたのは『焼かれる』というキーワード。いつだって神は悪を火で焼いてきた。日本神話でも神のイカズチというくらい、罰と火は密接な関係にある。

そして今の電話。どうして買い手が付くのか。キリスト教は自殺は許されない。だからこそユダは自死を選んだのかもしれない。けれど、火で裁かれる方が余程神らしいと思うのよ。

つまり蛍君が作ったのは──映え作品」


「映え !? その為にダ・ヴィンチをテコ入れするなんて、俺はおこがましいと思うけれど……」


「精確な模写ならそうかもしれないけれど、そもそも人体アートなんて不謹慎なものよ。元々、素晴らしいアートなんて望んでないのよ……」


「なるほどねぇ ! 流石美果ちゃん。

よし、椎名。最後の晩餐モドキだけ写真に撮って。スミスに連絡してくれる ?

実は美果ちゃん、君のデスマスクも買い手が付くようだよ」


「え…… !? 」


そこへルキに着信。

普段、鳴ることのないルキの着信音に椎名どころかルキ本人も眉を寄せる。


「なんだ ? ……何故今日に限って……ああ、そういう事 ? 分かった」


ルキは浮かない顔をしながら通話を切る。


「参ったね。ここを暴きたい連中が来るようだ。

椎名、写真を早く。部下を集めて全て撤去させろ。一時間で奴らは来る」


何者かの襲撃の匂い。

これには緊張が走る。


「特にこの二人は、無傷で奏市内に返さなければならない」


この言葉に美果が反応する。


「わたし、帰れるの !? 」


「今回は大目に見るよ、評論家さん」


「……」


アーティストとしては生き残れなかった。しかし、蛍の作品を読み取った事で息を吹き返した。

複雑さはなかった。

創るも評価するも、自己レベルに直結する才能だ。


「いいわ。じゃあ、車貸して。女一人のドライブよ。誰にも怪しまれないわ。行かせて」


「ふむ……。車少ないんだけどね。いいよ。俺のを使うといい。駐車場にある黒のセダンだ」


「ルキさん !? 」


椎名が止めようとするが、ルキは首を横に振る。


「材料運びに使ったトラックに部下を詰める訳には行かないしね」


「ですが、先に避難して頂かないと……」


「大丈夫。はい、美果さん。

次回があるか分からないけど、生還おめでとう ! 」


「他言はしないけど、もうゴメンだわ。車は駅前に乗り捨てる」


「オーケー」


キーを受け取った美果は急いで駐車場へ向かって行った。椎名は他の部下に美果を攻撃しないよう指示を出す。

ルキは少し微笑むと、蛍の方を振り返る。


「はぁ、車無くなっちゃった !

ねぇ、ケイ。少し歩かない ? 山から見る星は綺麗なんだ」


「星なんか見る気ないだろ。朝まで薮に潜んだ方が安全、そう考えただけだろ ? 」


「脱獄あるあるだね。

さぁ行こうか」


「不本意だ……」


蛍はルキと二人、教室を後にした。

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