第6話 美果

 五分前。

 ルキと椎名が校長室を後に二階へ向かう。


「か、完成よ !! さぁ、どうにでもしなさいよ…… ! 」


 時間ピッタリで教室に踏み込んできたルキに美果は声を荒げた。

 椎名は女性のデスマスクを写真に収めると、すぐにオークション用の加工へ作業を開始する。

 部屋に残されたルキと美果。

 ルキは無言で次の教室に向かう。


 仁王のような男のデスマスク。


 ルキが顔をゆっくり寄せて、その出来栄えを見る。


「どれも精巧に作られてるね」


 顔を上げると、そのマスクに手を伸ばす。


「あ ! 」


 美果が止める隙もなく。


 マスクはルキの手の中で、簡単に歪んでいく。


「乾燥しきっていない。つまり、これは未完成。作品として評価出来ないよね」


「そ、そんな…… ! たった数時間でどうしろって言うのよ ! 」


「未完成なんだから失格だよ」


「こんなの納得いかない !! やれる事はやったわ !! 」


「君はアーティストとして作品をお客に見せる時、未完成で観せるかい ? それは違うよね ?

でも……答えを見てから死にたい ? それとも知りたくもないかな ? 」


 どういう意味なのか、美果はルキの言葉を理解していなかった。ただ、このまま訳も分からず酷評、失格になるのだけはプライドが許さなかった。


「し、知りたいわよ ! 答えがあるって事なの !? 」


 ルキは美果を教室から出るよう促し、ニッコリと微笑んで見せる。


「俺もそれが知りたいんだ〜」


 死が確定した今、美果は何か緊張の糸が切れた様な落ち着きを取り戻した。諦めもあったかもしれないが、最悪の状況下で確実に自分の最高作を作り上げた。その満足感と手応え。これで失格と言われたら、次なら出来るという自信もない。

あのデスマスクこそが極限状態での最適解だった。

それと同時に、美果にはルキがとても悲しい化け物に見えた。

この男は満足していない。何にも満足出来ない。普通の人間が幸せに思えることに、脳が反応しないのだろうと思えたのだ。それはとても悲惨な人生だと。


「……あの……高校生の男の子 ? 」


「ああ、そうなんだ。

ケイならきっと ! きっと、答えを持ってるって思えるんだ 」


「……葬儀屋さん……だっけ ? …… 知り合いなの ? 」


「今日初めて会ったよ。部下に軽く調査させたけど、目立つような学校生活を送ってないし、成績も普通さ。帰宅部で、放課後は家の手伝いをしてる。どこにでもいる高校生。

でも、今朝の駅前の自殺現場。彼はそこにいた。まさに俺の一目惚れさ」


「え ? はぁ ? 」


「気に入ったって事。俺は結構、人を見る目があるんだよ ? ケイはきっとイイよ」


階段を降りる二人の後ろに椎名が気配を消すように付いてくる。ルキと美果が並んで話す姿は親しげであった。

ルキはゲームマスターであれ、ゲーム終了後は対等な人間として接しているのだ。少なくとも、彼女が処分されるまではそれを続ける。


「自殺現場を見てた人は他にもいたんでしょ ? どうしてそう言い切れるの ?

それに、どうしてわたしはここに連れてこられたの ? 」


問われたルキが振り返って椎名を見る。


「あ……今回は人体アートでしたので、本来は芸大の貴女が一番人気でした」


「あれ ? 皆んな、美香ちゃんに賭けてたの ? 」


「はい」


「芸大生だからって単純だね」


「じゃあ、わたしのデスマスクは、完成さえしてれば生き残れたの ? 」


悪態をつくルキに美果が突っかかった。


「ん〜。あれは素晴らしい出来栄えだった。それも初めてやったんでしょ ? そうだね。作品だけなら完璧だ。けれど、制限時間を考慮しないのは論外だよ。そんなのフードファイターだってサッカー選手だって同じでしょ ? 」


 二人、蛍の教室に辿り着く。


「でもね。きっとケイを見たら君は納得する。自分の失格をね。

 ケイなら素晴らしい答えを見出してる !

 ケイ、開けるよ ! 」


 ルキが扉を開ける。

 蛍は暇を持て余したように暗い教室の中、一人椅子に座って待っていた。


「騒がしい……」


「ごめんねケイ。

 さぁ、君のを見せて ! 」


「合格なら帰れるんですよね ? 」


ケイはルキとも目も合わさず、淡々としていた。


「勿論さ !

 あと、この子は脱落。その前にケイのを見せてやってよ」


「……」


 美果は教室に一歩足を踏み入れるが、凄まじい悪臭に息を止めてしまう。


「うっ……。なんなのこの臭い ! 」


 蛍は無言で端に移動し、教室の明かりをつけた。


「なっ !! 」


 美果が口元を抑えながら顔を背けた。


「へぇ。派手でいいね」


 ルキはようやく教室をグルりと見渡し、仰ぐように壁一面の臓物を鑑賞する。


教室の中は四方に女性の中にあった臓器が抜かれ、画鋲で丁寧に壁に貼られていた。一部は垂れ下がりこそするが、長い部分はそのまま伸ばして一周させてある。

教室には教職員用の椅子だけが残されていた。そこに女性の遺体が座っていた。腕の中に赤子を抱いて。


「内臓を取り出した……だけ ? これはどう言う……」


何かあるのかと女性を覗き込むルキに対し、美果は鼻を摘みながらも興味深く教室の中を理解して行った。


「……アートよ。貴女のゲームは『アートを作れ』ってお題だったじゃない。

これ、意味があるのよ」


「意味…… ? あぁ、解釈ってことか !

壁の臓物、赤ん坊……」


「新生児よ ? 女性もちゃんと綺麗な服に戻されてる。壁のモノは飾りなのよ。

つまり、『出産祝いのパーティー』よ」


「成程。さすが美果ちゃん。

ケイ、合ってる ? 」


ケイは美果に視点を向け、真顔で頷いて見せる。


「半分です」


「半分 ? 」


美果は一拍考えたが、直ぐに答えに辿り着く。


「出産祝い……。出産は生の儀式。でもこの女性と赤ちゃんは既に息絶えた者。

テーマは『生と死』ね ? 」


合点がいったようだ。ルキが口笛を鳴らす。


「生と死……。ぷくく ! もう死んでるのにパーティって ! ケイは優しいのか、ブラックジョークか分かんないよ ! 」


腹を抱えるルキの側で、椎名はこっそりと美果に尋ねる。


「しかし、今回は人体アートですし……他は ? テーマ被りとかしないものですかね」


「あんた達にとって、彼女たちは人だとも何とも思ってないんでしょう ? でも、わたしたちは違ったってだけよ。

少なくとも……この子はパーティをされなかった子であることは明白だわ。体が小さ過ぎよ。

こんな場でこんなやり方をするのは間違ってる。けれど、産まれられず生きられなかったこの子には、お祝いなんかあったはずもない……」


美果はこの時、蛍を複雑に感じた。

これは本当に優しいか、と聞かれたらNOだ。

加藤 純平は己が信念の為死んで行った。

自分は極力遺体の損壊をせず、その故人が生きた証明を残そうとした。だが、それはデスマスクの歴史と技法を知っていたから選んだだけに過ぎない。

連れてこられた中で一番まともで優しい人間だったのは、最初に死んだ香澄だったと思えてならなかった。


「次の教室は ? わたしも最後まで見たいわ」


「芸大の方に理解していただいて良かったです。自分で説明するの億劫ですから」


「美果よ。わたし、失格になったから先は無いんだけど……見させて」


「では、次の教室へ」


何ともルキには素っ気なく、蛍は次の教室へと美果を通した。ルキと椎名もそれに続く。

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