第8話 視線
ルキと蛍は校舎の裏手から急な斜面を下る。
校舎正門側の国道は人通りは少ないながらも、追ってが来るとしたら十分な道幅でまず最初にナビが誘導する道だ。
その反対側。
杉山を越えれば、地元民も夜間は普段使わない農道がある。
「公的機関は丸め込んでるって話じゃ無かったのか ? 」
蛍は前を見たまま、苛立ちを隠して背後のルキに問う。
「警察とか、そういうんじゃないのさ。
俺たちの母体を潰したい他の奴らさ」
「どちらにしてもろくな奴じゃないだろうな」
「そう言うなよ」
スマートフォンのライトだけで斜面を歩く。
闇深く、流石に二人分の足元全部とはいかない。
チラチラ照らされる部分をパズルのように繋ぎ、記憶しながら足場を探す。
「おとと。それにしても、参加してくれて礼を言うよ。ケイが拒絶したら、俺の見込み違いかと思っちゃうところだったんだ。
あの作品も良かったし」
「……それ」
「ん ? 」
ふと、蛍の足が止まる。
「俺、そんな分かりやすいのか ? 」
ルキは直ぐにその言葉を理解した。
「周りにはバレてないんじゃないの ?
現に香澄ちゃんと仲良くしていたのは、自分を普通に見せる為の擬態だったんだろう ? でも、今日の一件を見た観覧者と俺たち運営、あとは美果ちゃん。この全員の目には、君は確かな異質に見えたかもしれないね」
「異質……」
「普通に暮らしたいなら、身の回りから固める事だね。一般人と同じ暮らしさ」
「やってる。でも親父が……」
そこまでいい、口を紡ぐ。
ルキが何を仕出かすかまだまだ読めたものじゃないからだ。蛍としても父親の重明にそこまでの恨みは無い。
単純に詮索されたくないだけだ。
「親御さんかぁ……誤魔化すのは容易じゃないね。成程」
「忘れてくれ」
「ふふ。分かってるよ。別に何もしないよ」
木に掴まりながら足場を踏みしめ、二人は再び歩き出す。
「……いつからこんな事を ? 」
「先代はよく知らないけれど、俺は七年前から引き継いだんだ。先代が始めた頃は、こんなイベントが流行ってたんだよ。スマホの電波もまだまだ田舎には届かない時代さ。
世の中じゃデスゲームなんて流行は去ったように見えるけど、規制が多い今の時代、そういう趣向の人間をキャッチするのは容易くて助かるよ。時代が変わろうと、ギャンブル依存性、人の不幸が好きな奴、加虐性愛者は一定数いるからね。食いっぱぐれはないよ」
「七年前……。あんた何歳 ? 」
「二十三」
「はぁ !? 」
「ごめん、サバ読んだ。
本当は二十四」
「何のサバ読みだよ、たった一歳って……」
ルキは今の蛍と同じ歳の頃からゲームマスターをやっていた事になる。
「望んでやったのか ?
あんたは……生まれつきじゃない。作られたモノだ」
作られたサイコパス。
環境や、人との関わりで正常だった者が歪んでいく事がある。
それを故意に大人から与えられる者がいるのだ。
蛍が読んだ通り、ルキの育ちはずっと闇深い。
サイコパスは先天性と後天性、両者が存在する。どちらが強いということは無い。
だが、蛍とルキにはその違いがあった。
「そうかもね。親の顔とか知らないし、学校生活とかやってられなかったよ。自分のペースで勉強した方が単純に早い。友達と一緒に何でペースを合わせなきゃならないのか分からないし、やりたくもない運動も御免だね。
俺はこの世界で育ったからそれで済んだけど、ケイは一般人をちゃんとやってるんだからソンケーするよ」
「普通の人間は、そうするしか無い。それに俺はあんたに感謝なんかしてない。
今日も帰ってなんて説明すればいいんだ。目立たない高校生は夜は家にいるんだよ」
「ごめんごめん。カメラの映像とか、アリバイはちゃんとしておくからさ !
図書館にいたって言ってくれればいいよ」
「簡単に言うなよ……」
重明の勘は鋭い。図書館のカメラを操作された所で、重明が見れる訳でもないだろう。
「そんな事より、最初に自殺現場でケイを見た時、ホワイトサイコパスか、デミサイコパスかと思ったんだ。香澄ちゃんを連れて来なかったのは彼女に見せまいと配慮したのかなってね。
でも、君は完全なサイコパスだ」
「好きでなってるんじゃない」
「だとしても、治そうとも思わないだろ ?
ここから出たら、いい人を紹介してやるよ。気に入ると思うよ」
その時、竹藪に差し掛かったルキの革靴が大きく足をとられる。
「うわ ! 」
ドサリという音の後、蛍の横をズササと転げて行く。
「そんな靴で山を歩くから……」
「はぁ〜……嫌になるね。全く……」
急斜面の土手の下、呑気に起き上がる竹葉だらけのルキに、蛍が上から手を差し伸べる。
「よっと !
あぁ ! ありが……」
この時。
この時が初めてだった。
蛍とルキ────この時、初めてお互いの視線が合った瞬間だった。
「……ッ ! 」
背筋に走る悪寒と、衝撃的な何かが脳を揺さぶる。
最初に怯んだのはルキだった。
暗闇の中、小さなライトで照らされた蛍の視線はとても冷たく、何の感情も読み取れない鮫の様な黒。Noir。漆黒。闇。夜。
それでも見破られる事はあってはならないのだ。
ゲームマスターが参加者に飼い慣らされる訳にはいかない。
ルキはがっしりと蛍の手を取ると、笑みを崩さないまま立ち上がる。
「ありがとケイ」
「……別に」
数秒。
そのまま見つめ合う。
蛍もまた感じていた。
闇社会で育った、ルキと言う異常者。
その底は ?
綺麗な金髪に柔和な顔立ち。笑顔を絶やさないが、決して他人を踏み入れさせないカラーコンタクトの銀色。
朝の一件だけで自分を見抜かれたのも面白くない。
何より、こういう男が苦痛で顔を歪ませる瞬間を見るのが一番──
「はぁ。着替えくらい準備させたら ? お着きの奴らいたじゃん。なんもしてくれないの ? 」
「椎名とスミスだ。緊急だったしね。
奴らもボスが一人で、まさか参加者と逃げているとは思わないだろうね」
「それは、俺もそう」
ルキは蛍の迷惑そうな顔に苦笑いを浮かべて頭をかいた。
「でも二人は優秀だよ。スミスはSPとして俺の周りにいたんだけど、あれで結構細かい作業が好きでね。椎名とポジションを交換させたら上手くいったんだ。椎名の方が根は短気でね」
あまり面識の無い男の話だ。蛍は黙々を先を急ぐ。
「そもそも、着替えがあったとしてさ。この俺がスニーカーとか履くと思う ? 」
「あんた今、丸腰だろ ? 何の準備もないって言ってんだよ」
「しょうがないじゃん。俺、銃嫌いなんだから。
あんな直ぐに命が奪われる、面白くもない武器なんか要らないね」
「じゃあ狙われても文句言えないだろ」
「まぁね。
さ、木に隙間が見えてきた。あそこが農免道路だ」
「一時間歩くんじゃないのか」
「流石に非常時の計画くらいはしてあるよ。俺をなんだと思ってるんだ」
「知らないよ。あんたの事なんて」
初対面の蛍から見たら当然の反応だ。ルキはぐうの音も出ない。
「そう冷たくするなって」
路上に辿り着くと、一台のワゴンが停まっていた。
結局、革靴のルキのおかげで、車に乗り込んだのは校舎を出てから四十分経過していた。
「あ〜……。くたくただよ……」
ワゴンの後部座席。
外を見ながら、ルキがぐったりしながら革靴を脱いで爪先をうねうねさせている。
蛍は隣で、それが可笑しくて仕方がなかった。
飾り付けただけのゲームマスター。
人為的に作られた異常者。
自分の中であっさり帰還できるこのゲームの、一体何がデスゲームだったのか疑問でならない。
「俺、いつかあんたを殺してみたいな」
「ふふ。そりゃあ光栄だね。簡単じゃないよ」
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