26:告白
「フィルディス様。私は――あなたのことが、好きです」
自分の鼓動が耳元で大きく響いている。
握り込んだ手は汗ばみ、頬は燃え上がりそうなほど熱い。
それでもフィルディス様から目を逸らすことなく言えた自分が、少しだけ誇らしく思えた。
「…………え?」
私の告白に、フィルディス様は目を丸くした。
「それは……友人として? それとも、一人の男として?」
「男性として、です」
「……。じゃあ、『想うお方』というのは……」
その瞳には戸惑いと疑念が交錯していた。
自分が好かれる可能性など微塵も考えていなかったことがありありと伝わってくる。
「フィルディス様のことです。気づくのが遅くなりましたが、私はずっと前からあなたのことが好きでした。何故ソネットで《聖紋》を取り戻し、フィルディス様を蘇らせることができたかを考えれば自明でした。レムリア様は慈愛の女神。私たち聖女の力の根底となるのは『愛』なのです。私はフィルディス様を心の底から愛していた。絶対に失いたくないと思った――だから、奇跡を起こせたのです」
「……。いや、でも――」
フィルディス様は私の周囲を見た。
いま私の周りに精霊はいないのだけれど、『精霊眼』を装着していないフィルディス様にはそうと知る術がない。
さっきの声掛けで大半は下がらせたとしても、それでも私の傍に数体くらいはいて、自分を睨んでいるとでも思ったのかもしれない。
「精霊たちを気にすることはありません。あの子たちがフィルディス様に言った言葉は全て嘘です」
すかさず言う。
「暴言を心よりお詫びします。私がフィルディス様を疎んじたことなど、神に誓ってありません。あの子たちはきつく叱っておきました。二度としないと泣いていたので、もう大丈夫だと思います。もしも万が一同じことがあれば、私はあの子たちと縁を切ります。このことはあの子たちにも宣言しています」
「ちょっと待て!」
フィルディス様は慌てて声を上げた。
「あれほど精霊たちともう一度会話することを願っていたのに、軽々しくそんなことを言っては駄目だ。リーリエにとって精霊たちは大事な友人なんだろう? 縁を切ったら後悔することになるぞ」
「いいえ。後悔などしません」
断言する。
「仰る通り、私にとって精霊たちは大事な友人です。無邪気に慕ってくれるあの子たちを愛おしいと思います。辛いときや悲しいとき、あの子たちは何度も私を励ましてくれました。あの子たちは私の心の支えであり、失いたくないものです。けれど、いまの私はそれ以上に大切なものを見つけたんです」
真正面からフィルディス様の瞳を見つめて言う。
「あなたが私にとって最も大切な存在なのです。たとえ精霊であろうと、あなたを傷つけるものは許しません」
「………………」
フィルディス様は額を押さえて俯いた。
「フィルディス様?」
心配になって立ち上がり、歩み寄る。
「……嘘だろう。あれだけ大事にしていた精霊よりおれが大事? こんなことがあっていいのか……それに、リーリエと王太子の婚約は確定事項じゃなかったのか? おれは身を引く覚悟を決めつつあったのに……」
「そんな悲しい覚悟は永遠に決めないでください。当事者の意向を無視して確定事項にされても困ります。一体誰がそんな嘘を言ったのです?」
「ハルン公爵や他の大貴族たちが嬉しそうに言ってたよ。でもおれは何も言えなかった。おれはリーリエの恋人でも何でもないし、そもそもリーリエには相応しくない。王太子妃になることがリーリエの幸せなんだろうなと――」
「勝手に人の幸せを決めないでください。私に相応しくないなど、どうしてそんなことを思ったんですか。精霊たちがそう言ったからですか?」
肩を掴んで問いただすと、フィルディス様は手を下ろした。
しかし私と目を合わせようとはせず、憂鬱そうに顔を伏せて言う。
「……確かに、影響された部分は大きい。でも、精霊たちに言われる前からわかってたんだよ。初めて『精霊眼』を通してリーリエを見たときに衝撃を受けたんだ。黄金の光を放つ大勢の精霊に囲まれたリーリエは本当に――例えようもないほど美しかった。自分みたいな凡人とは違う、神聖で特別な存在なのだと思い知らされた。あんな輝きを見せつけられたら、気後れするなというほうが無理だ。ああ、本当にリーリエは大聖女なんだな、おれがどんなに手を伸ばしても届かないんだなって――」
「そんなことありません! 私はただ《聖紋》を持つだけの女です。天上の女神でも何でもないんです!」
焦れて叫ぶ。
「精霊たちには後できちんと謝罪させます。ハルン公爵にはさきほど偶然お会いしましたが、ルーク様と婚約する気はないとはっきりお伝えしました。きっとわかってくださったはずです。わかってくださらないようなら、国王陛下に訴えます。どうしてもルーク様と結婚する流れが止められないようならば、王宮に留まることは私にとって害悪にしかなりません。最悪の場合はイリスフレーナを出ます」
「……え?」
フィルディス様はようやく顔を上げ、呆けたように私を見つめた。
「誰かに命じられて意に添わぬ男性と結婚するなどまっぴらごめんです。ですからフィルディス様、そのときは私と共に来てください。青空の下で二人だけの結婚式を挙げましょう?」
フィルディス様の左手を取り、その手の甲にキスを落として微笑む。かつて私がされたように。
「……。本気で言ってるのか? 王太子妃の座を蹴っておれを選ぶ? いまのおれには地位も財産もないのに?」
フィルディス様は唖然としている。
「はい。王冠もドレスも何も要りません。あなた以外の男性の妻になる気はありません。私が心から求め、欲しいと願うのは、ただ……あなたなのです、フィルディス様」
「…………」
フィルディス様は頬を朱に染め、急に落ち着かなくなったかのように視線をさまよわせた。
「信じられない。まるで都合の良い夢を見ているような気分だ」
その低い声に宿る動揺を聞きながら、私はフィルディス様の手を力強く握った。
「夢ではありませんよ。ちゃんと現実です」
「…………」
フィルディス様は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
そして、決意したように顔を上げて私を見る。
「なら、夢じゃないと確かめさせてほしい」
フィルディス様は立ち上がり、私と向かい合った。
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