19:偉業を成し遂げた後で
「早速、リーリエ様の偉業を陛下に報告してきますわ。きっと素晴らしい褒美が授けられるに違いありません。どうぞ楽しみにお待ちくださいませ。それでは、失礼いたします」
アンネッタ様は廊下で待機していたミラさんたちを引き連れ、上機嫌のまま去った。
近衛騎士らしく真顔を保っていたミラさんは一人振り返り、アンネッタ様からは死角となる位置で手を振った。
私も微笑んで手を振り返し、自分の部屋に向かって歩き出す。
『リーリエ、おかえりー』
『お疲れ様ー』
『どうだった? 悪魔王ってやっぱり怖い?』
回廊に出た途端、大勢の精霊たちがわらわらと集まってきた。
私が「危険だからここで待っていて」と言ったのだ。
悪魔王を封じたことを伝えると、精霊たちは口々に褒めてくれた。
けれど、すぐに精霊たちの話題は逸れていく。
『あっちにたくさんの本があったよー。隣の建物には絵とか像があった! 建物の中にも外にも、いっぱい人がいた! ここよりいっぱい!』
――そう、あなたは図書館と博物館に行ってきたのね。
王宮の外周区域は一般開放されていると聞いた。
宮廷魔導師たちが常時起動している守護結界に包まれ、騎士たちに厳重警備された王宮内よりは人が多いに決まっている。
『今日も本を読んでくれる?』
――いいわよ、何の本が良い?
私は夜になると、精霊たちのために本を読み聞かせることがあった。
難しい本だと知能の低い精霊たちがわからないと文句を言うので、大抵読むのは幼児向けの絵本だ。
私の周囲にいる精霊たちは私と感性が似ているらしく、物語の結末は
特に、家族や周囲の人間から虐げられ、不幸だった貧しい少女が努力の末に素敵な王子様と結ばれるおとぎ話は全員から好評だった。
この子はリーリエに似てる、と言われたこともある。
『さっき城下町に行ったら、人間を乗せて大きな精霊が空を飛んでたの!』
――それは凄いわね。力ある精霊は実体化できるらしいから、その精霊はきっと大精霊なのでしょう。
脳内で精霊たちと会話をしながら足を進める。
すれ違った侍女や貴族たちは畏敬の籠った目で私を見つめた。
恭しく礼をしてくる相手には、落ち着きと気品をたたえた微笑みを返す。
表向きは完璧な聖女の振る舞いだ――けれど、その内心はというと。
――神話に出てくる悪魔王の封印を成し遂げるなんて、私って実は凄いのでは!?
などと浮かれていた。
もちろん、封印を成し遂げられたのは私一人の力ではない。
歴代の聖女たちの祈りあってこそだ。
それでも、私がイリスフレーナにしばらくの平和をもたらしたのは事実なので、少しくらいは自画自賛しても罰は当たらないはずだ。
きっとラザード様は私を褒めてくれるだろう。本当に褒美が貰えるかもしれない。
しかし、一番褒めてほしい人は別にいる。
「ねえ、あなたたち。フィルディス様を見なかった?」
私は声に出して尋ねた。
『フィルディスなら王宮の中庭にいたよ。綺麗な女の人とお喋りしてた』
「……そう」
声のトーンが落ち、軽かった足取りが通常へと戻る。
王宮に滞在し始めた初日からわかっていたことだけれど、フィルディス様は女性人気が高い。
それはエミリオ様も同じだ。
二人とも抜群の美形なので、注目の的になっていた。
「王宮の中庭って、具体的にどこかしら。案内してくれる?」
『いいよー。こっちー』
背中に羽根が生えた精霊に導かれて、私は回廊から中庭に出た。
春の花が美しく咲き誇る中庭には多くの精霊たちがいた。
花を育てたり、水路を流れる水を清めたり、庭師と一緒に雑草を取り除いたり――王宮にいる精霊たちは、今日も人間と共に働いている。
でも、私の目を奪ったのは働き者の庭師や精霊たちではない。
東屋の近くでフィルディス様とドレスを纏った女性が談笑している姿だ。
『精霊眼』を外したフィルディス様は穏やかな笑顔を浮かべ、見知らぬ美女の言葉に耳を傾けている。
緑髪の女性は顔を赤らめ、フィルディス様に一生懸命話しかけていた。
何だか良い雰囲気の二人を見て、心の中にもやもやとした感情が生まれた。
――私が命懸けで悪魔王の結晶と向き合っていた間、フィルディス様は楽しく女性とお喋りしていたのか……。
とはいえ、私がアンネッタ様と共に『封印の間』に行ったことをフィルディス様は知らない。
心配をかけたくないからと、言わなかったのは自分だ。
よって、フィルディス様は全く悪くない。
ここで不満を抱くのは自分勝手が過ぎる。
楽しそうな二人の邪魔をしては悪い、立ち去るべきだ。
頭ではわかっているのに、笑い合う二人を見ていると、心の中のもやもやは膨れ上がるばかり。
「フィルディス様」
ついに理性が感情に負けて声をかけると、フィルディス様と女性は揃ってこちらを向いた。
「あら、リーリエ様。フィルディス様、さっきのお話、よろしければご検討くださいね。それでは、わたくしは失礼いたします」
女性は軽く一礼してドレスの裾を翻した。
罪悪感を覚えつつも、私はフィルディス様に歩み寄った。
「すみません、お話中にお邪魔して……今日は『精霊眼』をかけられていないんですね」
「ああ……ちょっとな。精霊たちの話を聞くのが辛くなってしまって」
フィルディス様は微苦笑を浮かべた。
「わかります。私も最初の頃は慣れるまで大変でしたから」
私はしみじみと頷いた。
こうしてフィルディス様と会話しているいまも、私の耳には絶えず精霊たちの声が聞こえている。
ただの環境音のように脳内処理できるまでは相応の時間と努力が必要だった。
「ところで、あの女性とどんなお話をされていたんですか?」
どうにも気になって尋ねる。
聞いては駄目なことだったら、フィルディス様は受け流してくださるはずだ。
「もうすぐ春を祝う祭りがあるだろう?」
「はい」
イリスフレーナでは日々さまざまな祭りや行事が行われているが、中でも四季を祝う四大祭りは特別だ。
春には『百花祭』、土の精霊が花を咲かせる。
夏には『炎舞祭』、火の精霊が夜空を彩る炎の舞を披露する。
秋には『収穫祭』、風の精霊が収穫を祝う歌声を響かせる。
そして冬には『雪輝祭』、水の精霊が氷と雪で像を作り上げて街のあちこちを飾る。
これらの祭りは人間と精霊の絆を深める大切な行事であり、国中の人々と精霊が一緒になって楽しむそうだ。
「一緒に行かないかと誘われた」
「えっ」
「彼女は王室御用達のバレル商会の娘で、王都で一番大きな武具屋を開いているらしい。付き合ってくれるなら精霊の力が込められた特別な剣をあげると言われた」
フィルディス様は現在剣を佩いてはいない。
いくら大聖女の知己といえど、さすがに軍人でもない者が王宮内で剣を下げるのは駄目だと言われたのだ。
しかし、剣士にとって剣は命。
たとえ持ち歩くことが許されずとも、貴重な剣なら欲しいに決まっている。
あの女性は剣士の心を動かす最も効果的な方法を知っていた。
「……行かれるんですか?」
不安になって、私は両手を握った。
一緒に祭りに行けば、あの積極的な女性は巧みな話術でフィルディス様の心を掴むだろう。さっきもフィルディス様は楽しそうだった。
「どうだろう。考えてみる。それより、おれに何か用事があるんじゃないのか?」
明答を避けられたことで不安がますます強くなるのを感じながら、私は答えた。
「実はさっき、アンネッタ様と共に『封印の間』に行ったのです。悪魔王の封印を確かなものにしてきました。あと百年は聖女が祈らずとも平和が続くはずです」
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