13:王女の事情

「同行のお許しありがとうございます。それでは、イリスフレーナ第四近衛隊所属、不肖ミラ・イルダが僭越ながら事情を説明させていただきます」

 赤い髪を男性のように短く切った女性騎士――ミラさんは私の向かいに座り、頭を下げた。


 新たにミラさんを加えたものの、馬車内の席の配置は変わらない。

 ミラさんの隣にはエミリオ様が、私の隣にはフィルディス様が座っている。


 他の騎士たちは馬にまたがり、馬車と並走中。

 ミラさんを乗せていた栗毛の馬の背には人型の精霊が座っていた。

 あの精霊は私の傍にいた精霊のうちの一体だ。

 動物と念話テレパシーで話せるというので、馬を御してもらっている。


「その前に一つ聞きたいんだけど」

 出鼻をくじくように、エミリオ様が言った。


「何でしょう?」

 ミラさんはしゃきっと背筋を伸ばした。

 なんとなく、優等生から質問を受けて身構える教師を連想した。


「ぼくたちがアルケンス語を喋れるように、ハスタ大陸の公用語であるハスタ語なら一般教養として習ってもおかしくはない。でも、遠く離れた異国ルミナスの言葉なんて本来習う必要はないでしょう。どうして君たちはルミナス語を喋れるんだ? 『アンネッタ様の予言』とやらがあったから特別に習ったわけ?」


「仰る通りです。元・聖女であられた王妃シルヴィア様の力を継ぎ、その額に銀の《聖紋》を戴く聖女として生まれたアンネッタ様には未来を予知する不思議な力がありました。『十四歳を迎えた春、わたくしは悪魔王の呪いに倒れることでしょう。しかし、ルミナスから来られた大聖女様が救ってくださいます』というのがアンネッタ様の予言です。ラザード国王陛下は来たるべきその日に備え、関係者にルミナス語を習得させました。私たち近衛騎士だけではなく、アンネッタ様の侍女たちもルミナス語を話せるんですよ」

「なるほど。悪魔王っていうのは、レムリア教の経典に出てくる悪魔王のこと?」


 悪魔王。この世界に瘴気と呪いをまき散らした、全ての災厄の源。

『赤い瘴気』は恐ろしい魔物を生み、『黒の呪い』は人々に強烈な負の感情を抱かせた。

 生態系は完全に破壊され、人々は狂ったように殺し合った。

 悪魔王のせいでこの世界は滅びの危機に瀕し、レムリア以外の神に見捨てられたと言われている。


「はい。慈愛の女神レムリアは悪魔王を封じて眠りについたと言われていますよね。その悪魔王を封じた水晶はイリスフレーナの王宮にあるのですよ」

「悪魔王は水晶に封じられたのですか!?」

 初めて知る事実に驚愕した。

 レムリア様は悪魔王を封じたとあるけれど、具体的な場所は書かれていないのだ。


「そうです。これは極秘事項なので、くれぐれも他言無用でお願いします。悪しき心を持つ者に悪魔王の所在が割れたら、封印を解こうとするかもしれませんからね。最悪、この世界が滅びてしまいかねません」

「わかりました。誰にも言いません。お約束します」

「おれも」

「言われなくても口外するつもりはないよ」

「ありがとうございます」

 ミラさんは安心したように笑い、すぐにその表情を引き締めた。


「イリスフレーナの王族には『悪魔王の封印を守る』という使命があります。現在その任についていたのが聖女アンネッタ様だったのですが、水晶から漏れる微弱な呪いにあてられてしまい、一週間ほど前に倒れてしまいました。病床に臥しながら、それでもアンネッタ様は毎日祈りを捧げ、封印を守り続けておられます。私が代わって差し上げられたら良いのですが、ただの人間の身ではどうすることもできず……日に日に衰弱していく主を見守ることしかできないのです」

 ミラさんは悲しげに顔を伏せてから、一転して強い眼差しで私を射た。


「リーリエ様。どうかお願い致します。アンネッタ様を蝕む悪しき呪いを浄化してください。これは大聖女であるリーリエ様にしかできないことなのです」

 ミラさんは深々と頭を下げた。

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