14:きっと大丈夫
「…………」
任せてください、なんて簡単に言えるわけがない。
何しろ相手は悪魔王。神話に出てくる怪物だ。
女神でさえ封印することが精いっぱいだった相手に、私の力が通じるのかしら……。
アンネッタ様の予言を信じるなら、私はアンネッタ様を救うことができるはず。
でも、もし予言が外れたら?
皆の期待を裏切ってしまったら?
顔も知らないイリスフレーナの国王と、謁見の間でゴミのように私を見下したルミナスの国王の冷たい視線が重なり、身体が震える。
また大勢の前でつるし上げられ、あんな目で見られることになったら……。
――ぽん、と。
横から肩を叩かれた。
ただそれだけのことなのに、不思議と身体の震えが止まった。
「大丈夫。リーリエならできるよ。おれを死の淵から帰還させるほどの力があるんだから」
『そうだよ、リーリエならできるよ!』
『できるできるー!』
フィルディス様の声に、精霊たちの無邪気な声が重なる。
「気負うことはない。全力を尽くして駄目だったのならイリスフレーナの国王たちも納得してくれるはずだ。だが、挑戦する前から怖気づいて逃げるのは間違ってる。リーリエはそんな臆病者じゃないだろう?」
フィルディス様の青い双眸が私を射抜く。
肩に添えられた手から温もりが広がる。
「リーリエはどんな困難にも挫けず、倒れた人間を鼓舞しながら戦場を駆け回った。おれが心底惚れたリーリエは強く勇ましい女性だ。王女を救える可能性があるのなら果敢に挑む。たとえ相手が伝説の悪魔王であろうと、決して逃げたりしない。違うか?」
フィルディス様は小さく笑った。
その笑みは、まさしく魔法。
私の中にあった弱い心を根こそぎ吹き飛ばしてくれた。
「……いいえ。違いません。救いを求めている相手から逃げるなどありえない。あってはならないことです。そんなことをすれば私は一生、私を許せないでしょう」
決意を秘めて告げる。
「それでこそリーリエだ」
フィルディス様は大きな笑みを浮かべて、ご褒美のように私の頭を撫でてくれた。
その感触がくすぐったくて、私は首を竦めた。
――私には家族に頭を撫でられた記憶がない。
実の母親は政略結婚の果てに生まれた娘に興味や関心を示さなかった。
物心がつく前から、とうに夫婦仲は冷え切っていた。
だから、こうしてフィルディス様に頭を撫でられるのは嬉しい。
優しい手つきが確かな愛情を感じさせてくれる。
ここに居て良いのだと思えるから。
「だから人前でいちゃつくなって……まあ、安心してよ。もしリーリエが浄化に失敗して罰を受けそうになったら、そのときはまた連れて逃げてあげるからさ」
やり取りを見ていたエミリオ様は呆れ顔をしつつも、そう言ってくれた。
「今度はどこに行く?」
エミリオ様に調子を合わせ、フィルディス様は軽口を叩いた。
「そうだなー、エスマリス王国にでも行こうか。かの有名な大瀑布を見てみたい」
「いいな、それ。おれは南の島国クオランに行ってみたい。船に乗ったとき、美しいサンゴ礁が見れると旅の商人が言ってたんだ」
彼らがそんなことを言っているのは私のためだ。
浄化に失敗しても大丈夫だと、暗に伝えてくれている。
「……ありがとうございます」
気遣いが嬉しくて、目頭が熱くなる。
彼らは会話を止めて微笑んだ。――それだけで十分だった。
指で目元を拭っていると、周りにいた精霊たちが慌てたように言った。
『大丈夫だって、リーリエならきっと浄化できるよ!』
『あたしたちも手伝うよー?』
『みんなで力を合わせて頑張ろー!!』
『うんうん、頑張る! 頑張るからさ!!』
『泣かないで、ね?』
――そう、大丈夫。きっと上手くいく。
私には精霊たちがいる。フィルディス様やエミリオ様がいる。
彼らがいるのなら、何も怖くない。
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