04:《聖紋》を復活させる方法
「……精霊が見えなくなって寂しい?」
フィルディス様の声が、過去に浸っていた私を現実へと引き戻した。
顔を上げれば、青い瞳が私を見ている。
私が押し黙っていたせいか、フィルディス様はどこか心配そう。
大丈夫だということを示すために、私は微笑んでみせた。
「そうですね。不思議なものです。聖女となる前はおとぎ話の存在でしかなかったのに、私は精霊たちが身近に実在すると知ってしまいました。精霊たちはいつも私の傍に居てくれました。この三年間、当たり前のように姿を見て、言葉を交わしてきました。それが急に何も見えず、感じなくなってしまったのは……寂しいです。癒しの力が使えなくなったことより、何より悲しい……」
私は持っていた薬草を地面に捨てた。
精霊たちはまだ私の傍に居てくれるのだろうか。
それとも、とっくに私のことなど見放して、他の聖女たちの傍にいるのだろうか。
見えず、声も聴こえないのでは、確かめるすべもない。
「なあリーリエ。イリスフレーナ王国って知ってるか?」
「イリスフレーナ?」
この大陸の地図を脳内に広げてみたけれど、該当する国名は見当たらない。
「リーリエが《聖紋》を失ったと聞いて、おれはエミリオに《聖紋》を復活させる方法はないか調べてもらったんだ。あいつは《護国の大魔導師》として、王宮の書庫を自由に閲覧できる権限があったからな。調査の結果、ハスタ大陸から海を越えた西の大陸に、イリスフレーナという国があることがわかった。嘘か誠か、イリスフレーナの初代国王は精霊女王と愛し合い、生まれたその子を次代の王として据えたそうだ。精霊女王という規格外の先祖がいるせいか、王族の中には稀に《聖紋》を持って生まれる者がいるらしい。性別が男だろうと女だろうと関係なく」
「えっ!? 男性なのに《聖紋》があるんですか!?」
《聖紋》を持つのは女性だけの特権ではなかったのか。常識が覆された。
私の驚き具合が面白かったらしく、フィルディス様は笑って言葉を続けた。
「イリスフレーナは建国から千年の時を経たいまなお多くの精霊たちに愛され、精霊王国と謳われている。ルミナスや近隣諸国では有形精霊の姿が見えるのは聖女だけだけど、イリスフレーナの国民は当たり前みたいに精霊の姿が見えるらしい。中には精霊と契約し、共に暮らしている者もいるそうだ。イリスフレーナに行けば、もう一度精霊と対話できるようになる方法が見つかるかもしれない。まあ、希望的観測だけど。期待を持たせといて見つからなかったらごめん」
フィルディス様は長い睫毛を伏せ、気まずそうに頬を掻いた。
「いえ、たとえ見つからなかったとしても、フィルディス様が謝られることではありませんよ。貴重な情報を教えてくださってありがとうございます。イリスフレーナ、是非行ってみたいです!」
「そうか。興味を持ってもらえて良かった。エミリオにも後で礼を言ってやってくれ。そろそろ元の場所に戻ろう。だいぶ時間が経ったし、エミリオが戻ってくるかもしれない」
「はい」
歩き出した彼に付き従い、しばらくして私は口を開いた。
「あの、フィルディス様。お尋ねしても良いでしょうか」
「何だ? 改まって」
私の隣を歩きながら、フィルディス様は不思議そうな顔をした。
「私が《聖紋》を失ったのはたった一週間前です。それなのに、この短時間でエミリオ様はイリスフレーナという国の存在を突き止めた。ということは、フィルディス様は私が《聖紋》を失った直後にエミリオ様に調査を依頼されたんですよね?」
「ああ。リーリエが聖女の証を失い、レニールに婚約破棄されて落ち込んでると聞いたから。婚約破棄されたことはどうしようもないけど、《聖紋》なら取り戻す手段があるんじゃないかと思ったんだ。その手段を見つけ出すことでリーリエを励ましたかった」
彼の思いやりが胸に染みて、目頭が熱くなった。
「……気持ちは大変嬉しく思います。けれど、どうしてそこまで私のことを気にかけてくださったんですか?」
私がフィルディス様とエミリオ様と知り合ったのは二年前――正確には二年と少し前のことだ。
二年前の冬、ルミナスに魔物の大群が押し寄せた。
ルミナスの北西部に広がる大森林に生息していた魔物たちが、国境を侵して一斉になだれ込んできたのだ。
原因はわからない。
その冬は例年より寒さが厳しかったから、食料不足に陥った魔物が人間を餌として認識したのかもしれない。
辺境伯の報告を受けた国王は大慌てで軍を起こし、討伐隊を編成した。
その中にはフィルディス様やエミリオ様もいた。
私はルミナス救護団の一員として現場に駆けつけ、負傷者の治療に当たった。
人と魔物との激しい戦争の中、私たち三人は交流を深めた。
白い息を吐きながら、フィルディス様やエミリオ様と交わした言葉。
夜空の下で互いの生存を喜び合い、笑い合った記憶は色あせることなく、宝物として私の心に刻まれている。
半年にも及ぶ戦争が終わると、華々しい戦果によって、騎士見習いだったフィルディス様は正式に騎士となった。
エミリオ様は魔導『士』から魔導『師』に格上げされた。
二人は宮廷で働き始め、私は以前と変わらず聖女として各地を飛び回る生活を送った。
王宮に行ったときに何度か二人と顔を合わせたけれど、それも片手で足るほどの回数だし、言葉を交わした時間は長くても五分程度。
それなのに、どうしてフィルディス様は私を気にかけてくださったのか。
長い付き合いの友人ならともかく、私とフィルディス様がまともに交流したのは戦場での半年間だけなのに。
もしかして、そのたった半年間の思い出をフィルディス様は大切に胸に抱いていてくださったのだろうか。私と同じように。
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