02:さよならルミナス神聖王国

 一体どこから駆けつけてきたのか、二人の人物が息を切らして立っている。


 一人は宮廷魔導師の頂点に立つ《護国の大魔導師》。

 中性的な顔立ちをした、金髪碧眼のエミリオ・クレセント様。


 もう一人は漆黒の髪に、深い海を思わせる青い目のフィルディス・クレセント様。

 彼は《剣聖》と讃えられる剣の達人。年齢はエミリオ様と同じ十八歳。


 系統は違えど、二人とも頭に『超』がつくほどの美形である。


「何事だ、お前たち。待てとはどういうことだ」

 国王は不快そうに片眉を上げた。

 

「謁見の許可を得ていないにも関わらず、この場に足を踏み入れた無礼をお許しください。しかし、聖女リーリエが冤罪を着せられ、国外追放の憂き目に遭いそうになっていると聞き、居ても立っても居られず参上した次第です」

 肩で息をしながら、フィルディス様は国王を睨みつけた。射殺さんばかりの強い眼差しで。


「冤罪ではない。証人がいる」

「その証人は嘘を言っています。リーリエが毒を盛ったなどという戯言を陛下は本気で信じておられるのですか? リーリエがそんなことをするわけがありません!」

 フィルディス様の怒声は、私の胸を震わせた。


「フィルディスの言う通りです。どうか再調査をお願い申し上げます」

 エミリオ様は玉座の前に進み出て跪いた。

 フィルディス様もエミリオ様の隣で跪き、頭を垂れる。


 ……フィルディス様たちは私の無実を信じてくださった。

 三年間の頑張りは決して無駄ではなかった。

 私を見て、評価してくれた人がここに二人もいた。

 涙が零れそうになり、私はぐっと喉の奥に力を入れてから口を開いた。


「フィルディス様。エミリオ様。私のためにわざわざ駆けつけてくださってありがとうございます。お二人のおかげで私は救われました。しかし、もう十分です。どうか私のことは見捨ててください」

 私のせいで二人が国王の不興を買ってしまったら大変だ。


「下がれ、二人とも。お前たちが何を言おうとリーリエの追放は決定事項だ。余の意に逆らうというなら、相応の覚悟はあるのだろうな? クレセント孤児院がどうなっても良いのか」


 フィルディス様たちは王都にあるクレセント孤児院の出身だ。

 連帯責任として罰を与えようにも、彼らには血のつながった家族がいないから、代わりに孤児院を潰すと脅している。

 建物の取り壊しならまだましで、そこにいる孤児たちを見せしめとして鞭打つつもりなのでは――想像だけで身体が震えた。


「私たちを育んでくれた孤児院が無くなってしまうのは大変残念ですが、孤児たちも馬鹿ではありません。聖女を助けるために行動した結果だというのならば納得してくれることでしょう。行き場を失った孤児たちに関してはルーシャ公爵が責任を持って面倒を見てくださるはずです」

 エミリオ様は動じることなく、顔を伏せたまま答えた。


 ああ良かった、エミリオ様はこうなることを見越して先手を打ち、ルーシャ公爵に孤児の保護を頼んでおいたのね!


 ルーシャ公爵家はこの国の三大公爵家の一つ。

 その影響力は強く、いかに国王と言えどないがしろにすることはできない。

 そんなことしたら多くの貴族を敵に回し、政事が立ち行かなくなる。


「……小賢しい真似を……ええい、何を案山子のように突っ立っている、衛兵! さっさとリーリエを拘束せぬか!」

 八つ当たりのように、国王は衛兵を怒鳴りつけた。


「はっ!」

 衛兵たちは動こうとして固まった。

 フィルディス様が素早く立ち上がって剣を抜き、兵士たちの行く手を阻んだからだ。

 リーリエに近づけば殺すと青い目が言っている。


「…………っ」

 兵士たちはフィルディス様の放つ気迫に圧倒されて動けない。

 平民という不利を跳ねのけ、十六歳という異例の若さで騎士叙勲を受け、一年後に《剣聖》と認定されたフィルディス様の剣の腕は本物だ。

 その気になれば瞬殺されると兵士たちもわかっているのだろう。


「何のつもりだフィルディス!!」

 国王は肘置きを拳で叩いて怒号を上げた。


「ご覧の通りです。リーリエを罪人扱いするなど許せません。これが陛下のご意志だというのなら。騎士ではなく、フィルディスという一人の人間として。私はもう陛下に従うことはできません」

 フィルディス様は剣を鞘に納め、剣帯ごと外して床に置いた。

 その剣は《剣聖》の称号と同時に与えられた剣だと聞く。

 国王に賜った剣を置くということは、フィルディス様は本気で反旗を翻すつもりだ。


「騎士の称号はお返しいたします。リーリエを国外追放するというなら、私もリーリエと共に行きます」

「な……何を言い出すのだ!? 気は確かか!?」

「フィルディス様!?」

 私は唖然としてしまった。


「嫌か? おれが一緒に行ったら迷惑か?」

 フィルディス様は一転して、親の機嫌を窺う子どもみたいな表情で尋ねてきた。

 兵士たちにとんでもない殺気を叩きつけていた人とはまるで別人みたい。私はその落差ギャップにドギマギしながら首を振った。


「いえ、そんなまさか! フィルディス様がついてきてくださるのなら、こんなに心強いことはありません! でも……本当にいいんですか?」

「駄目なら言わないよ」

 フィルディス様は微笑んだ。


「おい!! 何を勝手なことを言っている!?」

「国王陛下。私も《護国の大魔導師》の位を返上します」

 レニール様の切羽詰まった叫びを完全に無視して、エミリオ様もまた毅然と立ち上がった。


「国の守護結界は解除させていただきました。この一年、休みなく国を守ることを強制され続けてきましたが――これでようやく自由に魔法が使える」

 エミリオ様は不敵に笑い、歩み寄って私の左手を掴んだ。

 エミリオ様の足元に五つの輝く光が灯る。

 五つの光はまるで独自の意志を持っているかのように縦横無尽に床を走り、凄まじい速度で巨大な魔法陣を構築していく。


「!!」

 巻き添えにされては困ると思ったらしく、魔法陣内、あるいは魔法陣の近くにいた兵士たちは慌てて後退した。

 逆に、フィルディス様は当たり前みたいな顔で私たちに近づいてきた。


「……エミリオ様も私と一緒に来てくださるんですね……」

 どうしよう。

 国王の御前だというのに、泣きそうだ。

 国を捨ててまでついてきてくれる人が二人もいるなんて、夢みたい。


「もちろん。王宮の守護結界はなかなかに強力だけど、そこは腕の見せ所。力ずくでぶち破って長距離転移してみせるよ。手に拘束具をつけられて、罪人用の馬車で揺られるリーリエなんて見たくないからね。任せといて」

 エミリオ様は私の手を握ってウィンクした。

 長距離転移は超高難易度の魔法だと聞く。

 それを使いながらウィンクする余裕があるなんて信じられない。さすがは国一番の大魔導師だ。


「お二人とも、悪い冗談はお止めください!! 《剣聖》と《護国の大魔導師》が国を捨てるなど、そんな勝手が許されるわけがないでしょう!? お二人とリーリエの間に何があったかは存じ上げませんが、お二人はその女に誑かされているのですわ!! 騙されないでくださいませ!!」

「お前たちは国防の要なのだぞ!? 自分の立場がわかっているのか!?」

 悲鳴じみた声で言ったエヴァに続いて、真っ青な顔で言ったのはレニール様。

 大臣たちもレニール様と似たような顔色をしている。


「エミリオ、いますぐそのふざけた魔法陣を消して結界を張り直せ!! 国の守護結界がなくなってしまっては、魔物たちがいつ侵入してくるか――」

「お言葉ですが。身を粉にして尽くした者に汚名を着せて捨てる国など、いっそ滅んでしまったほうが良いのでは?」

 エミリオ様の冷たい物言いにレニール様が絶句した。


「なんとか陛下がご再考くださればと思っておりましたが、しょせん神聖王国とは名ばかりの、金で爵位が買えるような国。期待するだけ無駄でした。私もフィルディスもこの腐った国には何の未練もないのですよ」


「待て、待たぬかエミリオ!! わかった、リーリエの追放処分は取りやめにしてや――」

「残念ながら手遅れでございます。それでは失礼致します、国王陛下」

 慌てふためき、椅子から立ち上がった国王様にエミリオ様は恭しく頭を下げた。


 直後、完成した魔法陣は私たち三人を飲み込んで強烈な光を放った。

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