虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~
星名柚花
01:その追放、ちょっと待った!
「リーリエ・カーラック。王太子の婚約者エヴァ・カーラックを毒殺しようとした罪で、貴様を国外追放処分にする」
ルミナス神聖王国の王宮内で最も絢爛豪華な謁見の間。
丸々と肥え太った国王はたくさんの指輪がついた指で顎髭を弄りながら、気だるげにそう告げた。
巨大なシャンデリアの下、玉座の前に跪いている私は耳を疑った。
一週間前に王太子レニール様から婚約破棄を言い渡されたばかりだというのに、今度は国外追放?
エヴァが三日前の茶会で何者かに毒を飲まされたという話は聞いている。
でも、その犯人が私?
私は激しく動揺して右手を見た。
金髪碧眼の美青年レニールは厳しい目で私を睨み、エヴァの肩を抱いている。
腰まで届く豊かな金髪の巻き毛。
神秘的な菫色の瞳。
堂々と晒された額で水色に輝く、八枚の花弁を持つ花の紋章――《レムリアの聖紋》は聖女の印。
華奢で、人形のように愛らしく、見る者の庇護欲を掻き立てずにはいられないエヴァ。
一年前に聖女として覚醒した一つ年下の妹は、レニール様の隣で怯えたような顔をしていた。
何故そんな顔で私を見るの?
「……お言葉ですが、陛下。王宮で茶会が催された三日前、私は東の村で奉仕活動に従事していました。全く心当たりが――」
「白々しい嘘を吐くな。証人がいる以上、いまさら何を言っても無駄だ」
髭が抜けたらしく、国王は自分の指に息を吹きかけた後、息子と同じようにギロリと私を睨んだ。
「…………」
発言権を奪われた私は唇を噛んだ。
勝ち誇ったようなエヴァの視線を感じる。
恐らく、エヴァが適当な使用人を買収して嘘の証言を言わせたのだろう。
カーラック男爵邸でも何度か似たようなことがあった。
五年前、母が亡くなってすぐに娘のエヴァを連れてやってきた父の後妻のアビゲイルは、仕事のために家をあけがちだった父に代わって男爵邸に君臨する女王となった。
使用人の噂話から察するに、アビゲイルは母の存命中から父と関係があったらしい。
アビゲイルは父の愛人で、エヴァは私の異母妹だったのだ。
私は男爵の長女であるにも関わらず、使用人のように扱われ、虐められた。
エヴァが怪我をしたら私のせい。エヴァが熱を出したら私のせい。エヴァが癇癪を起こしたら私のせい。
お気に入りの靴やドレスは全部エヴァに奪われた。母の形見の首飾りさえも。
私が泣いて訴えてもアビゲイルは聞く耳を持たず、それどころか私の頬を張った。
黙りなさい、全てお前が悪いのよ!――とにかく万事がその調子だった。
忙しい父のためを思い、半年は我慢した。
しかし、私が紅茶に虫を入れたことにされ、紅茶を顔にぶちまけられたことで、とうとう我慢の糸が切れた。
食べ物を粗末にしてはいけない、それは亡き母の教えだった。
長い出張から戻ってきた父にこれまでの仕打ちを話し、助けを求めると、父は面倒くさそうに私の手を振り払った。
――私を煩わせるな。
目の前で閉められた扉に絶望した私はそれ以降、アビゲイルとエヴァの顔色を窺って過ごす日々を送った。
使用人たちはみんな愛らしいエヴァの虜で、アビゲイルの味方。
毎日が惨めで、悲しくて、辛かった。
転機が訪れたのは三年前の春。
庭掃除中に怪我をした鳥を見つけ、なんとか治らないかと女神に必死で願ったそのとき、私の額に《聖紋》が浮かび上がった。
神聖力の強さは色に現れるのだが、私の《聖紋》は最高位の金色――救国の大聖女と同じだった。
私の額を見てアビゲイルは仰天し、大喜びで教会に連れて行った。
袋に入った金貨を嬉しそうに抱え、一度もこちらを振り返らない背中。
それが、私が記憶している継母の最後の姿だ。
「聞けば、貴様はエヴァを叩き、足を踏みつけ、顔に熱い紅茶をかけるなどして散々虐げてきたそうではないか」
それは全て私がエヴァにやられたことだ。
ドレスに汚水をかけられたこともあるし、真冬の池に突き落とされたことだってある。
水中で必死にもがく私を見てエヴァが上げた笑い声は、いまでも耳にこびりついて離れない。
「貴様を大聖女と信じ崇めている愚民どもも、貴様の数々の悪行を知れば手のひらを返して石を投げるだろうな。何が聖女だ。この悪魔め」
国王は冷たい眼差しで私を突き刺してから、レニール様たちに顔を向けた。
「レニール、並びに聖女エヴァよ。これが最後の機会だ。リーリエに言いたいことがあるのなら言うが良い。発言を許す」
「ありがとうございます、国王陛下。こんなことになって本当に残念ですわ、お姉さま。でも、全てお姉さまが悪いんですよ。聖女の力を失って、新たにレニール様の婚約者となった私に嫉妬する気持ちはわかりますが、毒殺しようとなさるなんて酷いわ」
エヴァは拗ねたように、薔薇色の唇をほんの少しだけ尖らせてみせた。
「全くだ。こんなに愛らしいエヴァを殺そうとするなど信じられぬ。婚約破棄に踏み切ったのは正解だったな。貴様のような女を王家の一員として迎え入れるなど、私にとっても国民にとっても悪夢だ。もはや顔も見たくない。父上、どうかこの女を《黒の森》に送ってください!」
《黒の森》は隣国との国境に広がる魔物の巣窟。
そこに送られるということは、死ねと言われているに等しい。
「ああ、お可哀想なお姉さま。どうか最期を迎えるそのときまでに己の過ちに気づき、悔い改めてください。その汚れた魂が救われるよう、私は敬虔な女神の信徒として、あなたを慕う妹として、心から祈っています」
エヴァは胸の前で手を組み、真剣な表情で目を閉じた。
「自分を殺そうとした相手のために祈るとは、なんと優しい……やはり君こそ真の聖女だ!」
レニール様は感極まった様子でエヴァを抱きしめた。
……なんなのだろう、この茶番劇は。
目の前でいちゃつき始めた二人を見て笑いたくなったけれど、私の表情筋は固まったきり動かない。
侮蔑。嘲笑。憐憫。
様々な感情を乗せた視線が私の全身に突き刺さる。
みんな見ているだけで、庇ってくれる人は誰もいない。
「……これが……三年もの間、国のために必死で尽くしてきた者に対する、この国の仕打ちなのですね」
聖女となってからというもの、私はルミナスのために懸命に尽くした。
過酷で知られる『ルミナス救護団』の一員となり、自国はもちろん、ときには他国にも行って負傷者を癒した。
私が《聖紋》を失ったのは、莫大な神聖力を消費しきってしまうほど働いたせいだろう。
人の役に立とうと頑張って、頑張って、頑張り続けて。
頑張った結末がこれなの?
「何を言うか。三年に渡る奉仕活動の実績。それと、貴様の助命を乞うエヴァに免じて温情をかけてやっているのだぞ。慈悲深い妹に礼の一つも言えぬのか。貴様の性根はどれだけ腐っているのだ」
なぜ自分を陥れた犯人に礼を言わなければならないのか。
あまりにも馬鹿馬鹿しくて、私は唇だけで小さく笑った。
その態度が不快だったらしく、国王は鼻を鳴らし、丸太のように太い腕を振った。
「罪人リーリエを拘束し、《黒の森》に追放せよ!」
「はっ!」
国王の命に応じ、兵士たちが動き出したそのとき。
「――お待ちください!!」
――バンっ!!
音を立てて謁見の間の扉が開き、全員がギョッとしてそちらを見た。
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