第22話 2度目の読み合わせ

春景は勝俵蔵の案内で中村座の稽古場を訪れた。稽古場の木の床は年月を重ね、艶が増している。役者たちは既に座り、手元には脚本が握られていた。緊張した面持ちの春景を横目に、俵蔵が声を張る。


「おい、集まってくれた諸先輩方。今日はこいつが書いた芝居の読み合わせだ。舞台でどう化けるか、しっかり味を見てやってくれ!」


役者たちの視線が一斉に春景に向けられる。春景は深く頭を下げた。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。この台本が皆様の手でどのように命を吹き込まれるのか、とても楽しみにしております。至らない点が多いかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


その丁寧な挨拶に、團十郎が口を開いた。


「堅苦しいな、若ぇの。まぁ、それだけ真剣ってことだろ。いいぜ、やってやろうじゃねえか!」


隣の半四郎も微笑みながら頷く。


「こちらこそ楽しみにしていました。この若葉という役、とても興味深いです。早く演じてみたくて仕方がありません」


春景は二人の暖かい反応に少しだけ気が楽になった。


團十郎がまず口を開き、左近の台詞を力強く語り始める。


『この刀は主君の仇を討つため、我が身に託されたるものなり。汝、重之、その奸計、断じて許さぬ!』


その圧倒的な声量と迫力に、稽古場の空気が一変した。春景は目を見張る。台本で読んでいた言葉が、團十郎の口を通じて命を宿し始めたのだ。


続いて、半四郎が若葉の台詞を語る。声は柔らかくも芯があり、その一言一言が登場人物の心情を繊細に描き出していく。


『兄上、若葉も共に参りまする。この命、左近様とともに尽くす覚悟にございます』


半四郎の言葉には役者としての経験が滲み出ており、若葉の清らかさと覚悟が鮮やかに伝わってくる。春景は思わず息を飲んだ。


台本が進むにつれ、役者たちの演技はますます熱を帯びていった。重之役の役者が悪役の陰湿さを滲ませて台詞を語ると、稽古場には重苦しい空気が漂う。その雰囲気を切り裂くように、團十郎が力強く台詞を叫ぶ。


『貴様の如き奸賊、ここで斬る!』


その声に、場にいる誰もが引き込まれた。


一通り読み合わせを終えると、団十郎が手を挙げた。


「春景よぉ、この左近が重之に斬りかかるとこの台詞、ちょいと長ぇな。これじゃ刀を抜く間に客の緊張が緩んじまうぜ」


春景は即座に応じる。


「指摘ありがとうございます。確かに、もっと簡潔にするべきですね。早速修正してみます」


團十郎は満足げに頷いた。


「分かればいいんだよ。それでこそ劇が締まるってもんだ」


次に半四郎が丁寧な口調で提案する。


「若葉の台詞なのですが、左近様との関係をより深く描くため、少し言葉を変えても良いでしょうか。この場面、もう少し兄への信頼感を強調できると思います」


「大和屋さん、ありがとうございます。ぜひその方向でお願いいたします」


俵蔵も軽く笑いながら口を挟んだ。


「春景、あんまり難しいこと考えなくていいんだ。役者に託すつもりで書け。こいつらは舞台で魅せる術を知ってる」


その言葉に春景は目を見開き、深く頷いた。


読み合わせが終わると、俵蔵が手を叩いて締めくくる。


「まぁ、まずまずってとこだな。これから舞台用に練り直していくんだが、悪ぃもんじゃねぇ。お前、なかなかやるじゃねぇか」


團十郎が笑いながら春景の肩を叩く。


「いい芝居になりそうだ。俺たちに任せとけ。客を泣かせるも笑わせるも、役者の腕の見せ所だ」


その言葉に、春景は胸が熱くなるのを感じた。


「成田屋さん、大和屋さん、本日は本当にありがとうございました。舞台が完成するのを心待ちにしております」


半四郎も穏やかに微笑む。


「私も若葉という役を演じるのが楽しみです。素敵な脚本をありがとうございます」


役者たちがそれぞれ帰り支度を始める中、春景は稽古場を後にした。その背中は、自分の物語が舞台へと息吹を与えられる喜びに満ちていた。

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