第23話 満員大入り

春景が書き上げた芝居「山王権現守護誓」の初日が訪れ、中村座は熱気に包まれていた。芝居小屋の入口には「大入り」の札が掛けられ、観客が列を成している。春景は勝俵蔵に連れられて裏手の楽屋へ向かった。


楽屋では役者たちが最終確認をしていた。団十郎は左近役の衣装に身を包みながら、刀を手に演武の確認をしている。半四郎も若葉役として美しい衣装を纏い、台詞を静かに反芻していた。俵蔵が肩越しに春景を振り返りながら、短く声をかける。


「いいか、若ぇの。お前の台本がこれから命を吹き込まれる。しっかり目に焼き付けておけよ」


春景は深く頷き、気を引き締めた。


芝居小屋の中では、美鈴と宗右衛門も席についていた。宗右衛門は隣席の観客に声を掛けている。


「この芝居、うちに居候してる者が書いたんですよ。」


美鈴は父の言葉に微笑みながら舞台を見つめた。


「きっと素晴らしいお芝居になると思います。春景さんの努力が、役者さんたちの力でどんな形になるのか楽しみですね」


宗右衛門も小さく頷き、正面を向き直った。


拍子木の乾いた音とともに幕が上がる。初めの場面では左近と若葉が山王権現の神前で誓いを立てる場面だ。団十郎が左近として堂々と舞台に立ち、その凛々しい姿が観客を圧倒する。


團十郎が力強く台詞を口にする。


『この左近、山王権現の加護を受け、奸賊を討たん!この誓い、天地が崩れようとも揺るがぬ』


観客席からは「待ってました、成田屋!」と掛け声が飛び交い、熱気が高まる。


続いて登場する若葉役の半四郎は、清楚で鮮やかな衣装に身を包み、台詞の一言一句を観客の心に染み渡らせた。


『兄上、若葉も共に参ります。たとえこの身が散ろうとも、左近様をお守りするそのお役目、務めまする』


その健気な演技に、客席から溜息が漏れた。


中盤、重之が登場する場面では観客席がざわめき立つ。重之を演じる役者は冷酷な表情と堂々たる立ち居振る舞いで悪役としての存在感を放つ。


『山王権現と、さる物に頼るくらき者どもよ、この重之が全て踏み潰さむ!』


その挑発的な台詞に、観客は口々に「悪ぃ奴だ!」と応えた。


舞台は激しい立ち回りへと突入する。左近と若葉が力を合わせて重之に挑む場面は、刀の交わる音が小屋中に響き渡り、観客を息を呑ませる。


團十郎が大声で叫ぶ。


『奸賊め!汝の悪行、ここに終止符を打つ!』


重之が挑発的に笑いながら応じる。


『いとをかし!ならば、その手、見せさせむぞ!』


舞台は手に汗握る展開で、観客の視線は一点に集中した。


最後の場面、重之が左近の一太刀を受け倒れる場面では観客から拍手が巻き起こった。左近と若葉が神田明神で勝利を報告する場面では、半四郎が涙ながらに台詞を語る。


『この若葉、左近様と共に重之討ち果たし、山王権現のご加護を受けしこと、心より礼申し上ぐ』


観客は感動に包まれ、舞台が終わると同時に割れんばかりの拍手と「成田屋!」「大和屋!」の掛け声が響き渡った。


幕が下りると、春景は舞台裏に急いで駆け込む。団十郎が肩を叩きながら近づいてきた。


「若ぇの!いい芝居だったな。お前の台本、骨があるじゃねえか」


半四郎も上品な笑顔で声を掛ける。


「春景さん、若葉を演じられたこと、感謝しております。お客様の反応がこれほど良いのも、脚本の力です」


俵蔵も笑いながら言葉を添える。


「よかったな。初舞台でこれだけの大成功だ。次はもっと面白いもんを書けよ!」


春景は深く頭を下げ、感謝の意を伝えた。


芝居小屋の外で待っていた宗右衛門と美鈴の元へ向かうと、宗右衛門が上機嫌で声をかけてきた。


「拓真、いや春景先生って呼ぶべきか。お前、大したもんだな!」


美鈴も微笑みながら言葉を添える。


「本当に素晴らしい舞台でした。春景さんがここまでの物語を紡ぎ出すなんて、感動しました」


春景は少し照れながらも、胸の中に未来への希望をしっかりと刻んだ。

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