第19話 初めての読み合わせ
拓真が書いた脚本が実際に舞台で上演されることが決まったとき、彼の心は一つの大きな達成感に包まれていた。しかし、その達成感を一瞬にして打ち砕いたのは、勝俵蔵の冷静な一言だった。
「良い出来だ。しかし、これで終わりではない。」
その言葉は拓真にとって、脚本家としての本当の試練が始まる合図だった。俵蔵は続けて言った。
「お前が書いた言葉が、実際の舞台でどのように生きるか、役者たちがどんなふうにそのセリフを身体で表現するか、それを見てからが本番だ。」
拓真は言葉に詰まった。まさか、自分が書いた脚本が舞台にかけられるとは思ってもみなかった。だが、その上演に向けて新たな課題が立ちはだかっていることを悟った。脚本は単に言葉で成り立つものではなく、舞台という空間と、そこで演じる役者たちによって、初めて命を吹き込まれるのだ。
その後、舞台が設定され、役者たちが集まり、拓真の脚本の読み合わせが行われることになった。初めて見る自分の言葉が声となり、舞台の空間に響くその瞬間に、拓真は深く感動した。だが、同時に一つの不安も感じていた。脚本がどのように演じられるか、どんな反応があるのか、思い通りにいかないのではないかという不安が胸に湧いてきた。
読み合わせが始まると、役者たちが拓真の書いたセリフを一言一言、丁寧に声に出していく。彼らはセリフを自分のものとして受け入れ、その感情を身体に宿らせていく。拓真は、その様子をじっと見守っていた。役者たちの動きや表情が、脚本の中で自分が描いた人物像にどう重なるのか、すぐにはわからなかった。しかし、徐々にその動きがリアルな感情に変わっていく様子を目の当たりにし、拓真は思わず息を呑んだ。
しかし、全てが順調に進むわけではなかった。あるシーンで、役者たちの感情が過剰に表現されすぎているのを、拓真はすぐに感じ取った。特に、クライマックスの場面で感情の爆発を描いたセリフが、演技として強調しすぎてしまい、セリフ本来の意味が伝わりにくくなっていた。
拓真はそのことを言うべきかどうか悩んだが、すぐに俵蔵が近くに寄ってきて、静かに言った。
「お前、見ての通りだな。セリフの力が強すぎて、役者の感情がセリフに飲み込まれている。感情を無理に引き出す必要はない。」
拓真はその言葉をしっかりと受け止めた。勝俵蔵はその後、演技の修正点をいくつか示し、役者たちとともに場面を何度も繰り返した。その後、もう一度そのシーンが繰り返されると、役者たちの演技は格段に自然になり、セリフと感情が見事に調和し始めた。
その場面を見守る中で、拓真は深い学びを得た。脚本は役者の演技や舞台の空間と調和してこそ、生きた言葉になることを実感した。勝俵蔵の指摘と修正が、拓真にとってどれほど重要な意味を持つものだったかを、改めて思い知らされた。
読み合わせが終わると、拓真は勝俵蔵に感謝の気持ちを込めて言った。
「ありがとうございます。まだまだ未熟ですが、少しでも役者の演技に合うように、脚本を修正していきます。」
俵蔵は少し口元を緩めながらも、冷静に答えた。
「お前の脚本は良い。ただ、まだ足りない部分がある。感情を無理に引き出すのではなく、自然に表現させることが重要だ。次回からそのことを心がけるといい。」
拓真はその言葉を胸に刻み、舞台に立つ役者たちと再度向き合った。自分の脚本をもっと深く、もっとリアルに表現できるように、彼はこれからも努力を続けていくことを決意した。
数日後、再度舞台での読み合わせが行われた。役者たちの演技はさらに洗練され、拓真の脚本は舞台上でさらに輝きを増していった。拓真はその様子を見ながら、少しずつ自分の成長を感じ取った。脚本を書くことが全てではない。舞台でその脚本をどのように演じてもらい、どのように受け取ってもらうかが、真の試練だということを、拓真は深く理解していた。
俵蔵が最後に言った言葉が、拓真の心に響いた。
「これでお前の脚本は舞台にかけるに足るものとなった。だが、ここで満足してはいけない。お前はもっと高みを目指せる。」
拓真はその言葉に、強く頷いた。これからも学び続け、舞台に立つ役者たちとともに、さらに素晴らしい作品を生み出していくと、心に誓った。
そして、拓真の脚本は実際に舞台に上がり、役者たちの演技によって観客に届けられることとなった。その瞬間、拓真は脚本家として一歩を踏み出したのだった。
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