第18話 「個性」を際立たせる

拓真が勝俵蔵からの課題を解決するまでの過程は、試行錯誤の連続だった。しかし、それは決して無駄ではなく、彼を着実に成長させ、脚本家としての道を開く大きな一歩となった。


最初に俵蔵から与えられた課題は、登場人物の「動き」を重要視することだった。俵蔵は脚本において、セリフのやり取りだけではなく、そのセリフが発せられる瞬間に登場人物がどのように体を使い、どう立ち、どこに視線を向け、どんな表情を浮かべるのかを深く考えろと指示した。言葉だけでは伝わりきらない感情や意図が、体の動きによって表現されることを強調したのだ。


最初は拓真もその意味がよくわからなかったが、舞台での役者たちの動きや仕草に注目するうちに、その重要性を実感し始めた。役者がセリフを発する際の体の使い方、微妙な視線の変化、ひとつひとつの動作に意味が込められていることに気づき、拓真は自分の脚本でもそれを表現しようと決心した。


数日後、彼は自分なりに修正を加えた脚本を俵蔵に見せた。登場人物たちが発するセリフの前後に動きや間を取り入れ、その動きが感情を引き立てるよう工夫したつもりだった。しかし、勝俵蔵はじっくりと脚本を読み、こう言った。


「悪くはない。しかし、まだ動きが硬い。もっと人物の心情に寄り添って、その心が動く瞬間を体全体で表現しろ。例えば、怒りのあまり手が震える瞬間や、喜びで顔がほころぶ瞬間。それらの動きが、セリフを補完するのだ。」


拓真はその言葉に驚き、同時に強く影響を受けた。自分が想像していた以上に、動きというものには深い意味があるのだと実感した。そして、さらに脚本を練り直す決意を固めた。


その後、拓真は中村座の舞台に足を運び、役者たちがどのように動いてセリフを発しているのかを細かく観察した。特に気をつけたのは、役者が感情を表現する瞬間の動きだった。たとえば、怒りを感じた登場人物が拳を握りしめる瞬間、その体の動きがセリフとどのように合致しているかを確かめた。拓真は役者たちの微細な動きから多くの学びを得、次の脚本に活かすことを決意した。


数日後、再び修正を加えた脚本を俵蔵に見せると、彼は内容をじっくりと読み終えた後、こう言った。「今度はだいぶ良くなった。登場人物が感情を動きとして表現する力が増した。ただし、今度は少し過剰だな。抑えた動きで、感情が自然に伝わるようにしてみろ。」


拓真は再びそのアドバイスを受け入れ、動きを控えめにすることを意識しながら、脚本に取り組み続けた。過剰すぎる表現ではなく、人物の感情が自然に動きとして表れるよう工夫を重ね、無駄を省いた表現を目指した。


その後、俵蔵は新たな課題を出した。それは「登場人物の背景をもっと深く掘り下げ、彼らがなぜその動きをするのか、心の内面をもっと具体的に描け」というものであった。拓真はこの課題に対しても大いに悩んだ。彼の脚本では、登場人物がなぜそのように行動するのか、その動機が曖昧だったのだ。人物一人一人の過去や心理をもっと掘り下げ、その上で行動を決定する重要性に気づいた。


拓真はさらに登場人物たちの背景を深く考え、彼らの過去や経験に基づいた行動を描くことを心がけた。それによって、人物が取る行動に説得力が生まれ、物語がより一層リアルに感じられるようになると確信した。


再度、修正を加えた脚本を俵蔵に提出したところ、彼は今度こそ満足そうに頷いた。


「良いぞ、だいぶ良くなった。しかし、ここからが本番だ。今度はそれぞれの登場人物に個性をもっと強調してやれ。人物ごとに独自の言葉遣いや仕草があるだろう。それを脚本でしっかりと表現しろ。」


拓真はそのアドバイスを受けて、各登場人物が持つ「個性」を脚本の中で際立たせることを目指した。それぞれの人物が持つ特異な視点や行動様式が、物語に色を加え、彼らをより魅力的にすることに気づいた。


最終的に、拓真が提出した脚本は、俵蔵から「完成形に近い」と評されるほどになった。登場人物たちの動きが感情を強く伝え、背景がしっかりと描かれ、個性が鮮明に表現されていた。俵蔵は拓真にこう言った。


「今回は、だいぶ良い。だが、作品作りに終わりはない。常に新たな挑戦をし、次に向かって進んでいけ。」


拓真はその言葉を胸に、新たな挑戦に向けて脚本家としての歩みを続ける決意を固めた。

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