第17話 一歩前進

拓真は脚本を完成させたとき、満足感よりも不安が先立っていた。彼が目指しているものが、果たして正しいのか、理解されるのか。そんな思いを胸に、脚本を手に取ると、勝俵蔵の家へ向かった。


家に到着した拓真は、静かな広間に通された。勝俵蔵は既に座っており、手に取った巻物に目を通していた。拓真は一歩前に進み、低く頭を下げた。「先生、こちらが私が書いたものです。」


俵蔵は顔を上げ、拓真をじっと見つめた後、冊子を受け取った。その目は鋭く、深い思索に沈んでいるようだった。静寂の中、ページをめくる音が耳に響く。拓真はただその音に耳を傾け、胸の鼓動を感じながら、心の中で次第に焦りが募っていく。


何も言わずにページをめくり続ける俵蔵に、拓真は口を開く勇気が出ない。しばらくしてようやく、口を開いた。


「うん、面白い。」


その一言に、拓真は思わずほっと息をついた。


「ただな。」


俵蔵は続けた。


「面白いけれど、まだ磨きが足りない。」


拓真は目を見開き、すぐに身を引き締めた。


「どの部分でしょうか、先生?」


「まず、登場人物だな。」


俵蔵はしばらく考え込み、言葉を選ぶように話し始めた。


「お前が描く登場人物には、どうしても一貫性が欠けているように感じる。それぞれのキャラクターが、物語の進行にどう貢献しているのかが不明確だ。」


拓真はその指摘を受けて深く頷く。確かに、自分が描いた人物たちは、それぞれの役割が不明確で、物語の中で一貫していない部分があった。登場人物の心情や行動の動機が、もっとしっかりと表現されなければならないと、彼は改めて感じた。


「そして、言葉遣いだ。」


俵蔵は続けた。


「台詞に無理があるところが見受けられる。無理に華やかな言葉を使おうとして、自然さを失っている。」


拓真はその指摘を聞いて、息を飲んだ。確かに、時折、自分が意図していた以上に堅苦しくなっている部分があった。舞台で使う言葉が、あまりにも形式的になりすぎていたのだ。


「言葉は自然でなければならない。」


勝俵蔵は自分の言葉を強調するように続けた。


「それぞれの登場人物がどんな人物で、どういう環境で生きているのか。その背景がきちんと見えるような台詞を選んでいかなければ、観客には響かない。」


拓真はしばらく沈黙して、勝俵蔵の言葉を噛み締めていた。その指摘は、まさに自分が不足していた部分であり、重要なアドバイスだった。人物の背景、そして台詞の自然さをもっと深く考えなければならない。


「そして、もうひとつ。」


俵蔵は少し身を乗り出し、真剣な表情で話し始めた。


「お前が書いた脚本、舞台感覚が足りない。お前、舞台の上で何が行われるのか、その構造をよく理解していない。」


拓真は驚き、思わず口を開きかけたが、勝俵蔵は先に言葉を続けた。


「舞台はな、ただセリフを並べるだけの場所じゃない。物語を語るだけじゃなく、登場人物の動き、照明、小道具、そして音楽までが一つになって、初めて物語が成立するんだ。」


俵蔵は指を立てて、拓真に向けて強調した。


「お前が書いたものには、そうした舞台の一体感が欠けている。舞台の上で何がどう動くのか、どの場面でどんな感情が起きるのかをもっと意識しなければ、観客の心には響かない。」


拓真はその言葉に深く反省した。確かに、舞台における動きや小道具、音楽の使い方に関して、全く考慮していなかった。それに気づいた今、物語をどう「見せるか」についてもっと意識を持たなければならないと強く感じた。


「分かりました、先生。」


拓真は静かに答えた。


「舞台全体を意識して、もう一度見直してみます。」


俵蔵は少し微笑んだ。


「それでこそ、お前も一人前だ。もう少しだな、拓真。」


拓真は自分の足りなさを痛感しながらも、勝俵蔵からの言葉を力に変えて、再び脚本に向き合う決意を新たにした。自分が書いたものがまだ未完成であることを認め、その未完成の部分をどう直していくかが、これからの課題だと感じた。


俵蔵の言葉が、拓真にとって大きな意味を持つものとなり、彼は次に何をすべきかを明確に理解した。そして、これからも舞台を学び、書くべき物語をさらに深めていこうと心に誓った。

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