第7話 立役と女形の二大巨頭

タイムスリップから数日が経ち、拓真は宗右衛門の家での生活に少しずつ慣れてきていた。江戸の町の喧騒や生活リズムは、現代に生きていた彼にはどこか新鮮でありながらも、非日常の連続だった。宗右衛門の家は温かく、商人としての繁忙さを抱えつつも、穏やかな雰囲気が漂っている。家の中は清潔であり、食事の香りや、忙しそうに歩き回る宗右衛門の姿が、拓真には次第に居心地よく感じられた。


その日も、いつも通り仕事の手伝いをしていた拓真は、昼下がりに宗右衛門が帰宅する音に気づき、顔を上げた。宗右衛門は玄関で一息つくと、微笑みながら拓真に声をかけた。


「拓真、今日は少し特別な来客が来るぞ。」


拓真は手に持っていた箒を脇に置き、興味津々で顔を上げた。


「特別な……どなたですか?」


「中村座の役者の方々だ。江戸では有名な方々だから、ご挨拶しなさい。」


拓真はその言葉に驚き、胸がざわめいた。


間もなく、外から威勢の良い声が響いた。


「宗右衛門さん、いるかい?」


「おや、来たようだな。」


宗右衛門は立ち上がり、扉を開けると外に向かった。拓真はその後ろに続き、扉の隙間から顔を覗かせた。


現れたのは、堂々とした体格の男だった。市川團十郎、江戸の町で知らぬ者はいないという役者だ。背筋を伸ばし、陽気な笑みを浮かべながら中へ入ってきた彼に、拓真は一瞬気圧された。


「こいつがその坊主か?最近お前んとこで世話になってるって噂の。」


團十郎は拓真をじっと見つめる。拓真はその強い視線に少し緊張しながら、丁寧に頭を下げた。


「拓真と申します。」


その仕草に、團十郎は少し驚いたように首をかしげた。


「へぇ、どことなくお堅い挨拶だな。どこかのお武家様の坊ちゃんかと思っちまうぜ。」


宗右衛門がその場を取り繕うように微笑む。


「いえいえ、そういう方ではありません。ただ、少しばかり風変わりなところがあるだけですよ。」


そのやり取りに続いて、柔らかな物腰のもう一人が家へ入ってきた。彼は岩井半四郎、團十郎と共に中村座を支える若手の看板役者だ。


「おや、君が拓真さんか。聞いてた通り、面白い雰囲気の人だね。」


拓真は少し戸惑いながら、半四郎の目を見つめる。


「面白い?」


「ああ、悪い意味じゃないよ。君の目には、なんていうか……遠くを見るような、不思議な力を感じる。」


その言葉に、拓真は息を飲んだ。彼が抱える“未来”という秘密を知らないはずの半四郎の言葉が、なぜか核心を突いているように思えたからだ。


團十郎がにやりと笑みを浮かべて拓真に声をかける。


「なぁ坊主、お前、歌舞伎って見たことあんのか?」


「一度だけ……」拓真は少し迷いながら答えた。


「それはいけねぇな。歌舞伎のことを知りたきゃ、もっと見ねぇと損だ。明日、もう一遍、中村座に来な。俺たちの芝居を見せてやる。」


拓真は目を輝かせる。


「本当ですか?」


「ああ、もちろんだとも。お前さんにも江戸の粋ってやつを教えてやらぁ。」


その後、團十郎と半四郎はしばらく宗右衛門と談笑し、芝居の準備や江戸の世情について語り合った。その間、拓真は耳を澄ませて話を聞いていた。目の前の役者たちが自分とは全く異なる世界に生きる存在でありながら、どこか親しみを感じさせることに不思議な気持ちを抱いていた。


彼らが語る舞台裏の話や江戸の最新の流行には、拓真の興味が尽きることがなかった。どんなに大きな役者であっても、彼らの生活には喜びや苦労、努力が詰まっている。そんな一面を垣間見た。

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