第5話 宗右衛門の疑問
食事が運ばれる前、拓真は宗右衛門と静かに話をしていた。
「それで、お前さんは、どこから来たのだ?」
宗右衛門は拓真の顔をじっと見つめながら尋ねた。
拓真は少し驚きながらも、咄嗟に答えた。
「私は江戸の外から来ました。拓真と言います。商家の息子でして、今は旅をしている途中です。」
宗右衛門は頷きながら、
「商家の息子か。江戸の町では商人として生きることもなかなか大変だろう。だが、どうしてここまで来た?」
拓真は少し考え、静かに言った。
「父が病気で商売を休んでいる間、私は自分の道を見つけようと、色々な町を巡りながら勉強をしていました。そして、様々な出来事があって、ここにたどり着いたというわけです。」
宗右衛門は目を細めて聞き入りながら、
「なるほど、どこから来たにしても、この町で新しい出会いがあったということか。商家の出身なら商売の知識もあるだろう。だが、これからどうするつもりだ?」
拓真は少し間を置いてから答えた。
「実は、私は物語を作るのが好きで、いずれ物語に関わる仕事をしてみたいと思っています。まだ勉強中で未熟ですが、町で舞台を見たり、色々な人の話を聞いているうちに、その世界にもっと触れてみたくなったんです。」
宗右衛門は驚いた様子で拓真を見つめた。
「物語か…。商家の子がそんな道を選ぶとは思わなかった。しかし、面白い道だな。江戸の町には様々な芸があるが、物語を作るというのはまた別の話だ。」
拓真は微笑んで言った。
「はい、経験は足りませんが、物語で人々の心を動かせたらと思っています。」
宗右衛門は少し黙って考えた後、ゆっくりと言った。
「人々の心を動かす力が物語には確かにある。」
拓真は少し照れながら続けた。
「実は、歌舞伎にも興味がありまして。舞台で人々を楽しませるという部分に、物語の力を感じるんです。」
宗右衛門は目を見開いて少し驚いた様子で、
「歌舞伎か…。それは確かに江戸の芸の中でも華やかで、人々を引きつける力があるな。しかし、私のような商家の者にとっては、あまり縁のない世界だ。ただ、木綿問屋の仕事も、歌舞伎とは無縁ではないこともある。例えば、歌舞伎の舞台に使う衣装や小道具には、上質な木綿が必要だろう。江戸の商人としては、そんな物品を扱うこともある。」
拓真は興味深く耳を傾けながら「そうなんですか?」と尋ねた。
宗右衛門は頷き、続けた。
「そうだ。例えば、歌舞伎の役者たちは、衣装や小道具にこだわる。木綿や絹などの素材が、その舞台の雰囲気や豪華さを決める重要な要素になっている。私も木綿を扱う商人として、時折そのような注文を受けることがある。歌舞伎は芸術の一環として、商人にも関わりがある、とは言えるだろうな。」
拓真はその言葉に興味を持ち、「なるほど、歌舞伎の背後にも商人の手が関わっているんですね。」
宗右衛門は軽く笑みを浮かべながら、「そうだ。舞台の華やかさには、多くの裏方の努力がある。その一端を担うことができるなら、歌舞伎の世界も面白いかもしれん。ただし、その道を歩むのは簡単ではないぞ。」
拓真はその言葉に感謝し、心の中で少し決意を新たにした。
その後、宗右衛門はしばらく考え込んでから、拓真に向かって静かに言った。
「お前さんのような若者が歌舞伎の世界に足を踏み入れようというのなら、少し手助けできるかもしれん。衣装や小道具を扱う商人の中には、舞台の制作にも深く関わっている者が多いんだ。お前さんがもし本気でその道を目指すのなら、紹介できる。」
拓真はその言葉に驚きと感謝の気持ちを込めて答えた。
「本当にありがとうございます。もしご縁があれば、その道を学んでみたいと思います。」
宗右衛門は頷きながら微笑んだ。
「お前さんが本気であれば、歌舞伎の世界も悪くない。その世界の厳しさも知ることになるだろうが、同時に多くの学びもあるだろう。まずは、ここでゆっくり休み、よく考えることだ。」
拓真は心の中で新たな決意を固め、宗右衛門に感謝しながら、その言葉を胸に刻んだ。これから歩むべき道が、少しずつ見えてきたような気がした。
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