第2話 会心の出来

数週間後、ようやく一つの作品が形になった。タイトルは「舞台の花~義理と情けの間に~」。拓真はそれを劇団のスタッフに提出したのは、まだ街の喧騒が始まる前の、早朝のことだった。これからの公演に向けて準備を進めることになった。


彼は自宅で朝食をとりながら、自分の作品がどう受け入れられるのかを考えていた。これまでの自分なら、きっと自信を持って堂々とした態度で臨んだだろう。しかし、今回は少し違った。


「うまくいくのか、俺の作品は。」


彼の心の中で、確信と不安が入り混じっていた。歌舞伎の伝統を現代に再構築するという試みは、自分の能力を超えた挑戦だった。仮に失敗すれば、その後の舞台での仕事に大きな影響が出るかもしれない。しかし、彼はその不安を振り払い、スタッフとのミーティングの時間を迎えた。


「藤井さん、来てくれてありがとう。少し脚本を見たけれど、とても面白そうだね。」


スタッフの白石がまず口を開いた。彼女の言葉には明らかな興奮が滲んでいた。


「本当ですか? 僕もまだ自信がないんですけど…。」


拓真は少し照れながら答えるが、白石は彼を励ますように微笑んだ。


「大丈夫。演劇に新たな風を吹き込むことが大事なんだよ。これまでの作品とは違う要素を取り入れているけれど、その伝統性や革新性が今の時代にはぴったりだと思う。」


拓真は少し胸を撫で下ろした。彼女の言葉には、本当に救われる思いがした。だが、スタッフ全員が賛成してくれるわけではないだろうと、拓真は疑心暗鬼であった。


その日の夕方、拓真は再び劇団の稽古場に足を運んだ。スタッフと話し合った内容を元に、舞台のセットや衣装が準備され始めている。役者たちは、台本を手に取り、次々にセリフを練習していた。拓真は、そんな光景を見守りながら、心の中でこれからの舞台に思いを馳せる。


「これが本当に演劇になるのか…」


拓真はふと、自分の目の前に広がる舞台を見つめた。歌舞伎の伝統や根底にある考えを踏襲しながらも、それを現代的にアレンジすることができれば、観客に新しい感動を与えることができるはずだ。しかし、成功の保証などどこにもない。自分がどれだけその挑戦に情熱を注いでも、最終的な判断は観客の反応で決まるのだ。


その日の稽古では、初めて役者たちが実際に演技を披露した。拓真は、その様子を客席から静かに見守っていた。台詞の言い回しや動きが、彼の思い描いていた通りに表現される瞬間に、胸が高鳴った。もちろん、完全に満足するような出来ではなかったが、それでも確実に進展していることが感じられた。


「まだまだ、だな。」


拓真は小さく呟きながら、自分のノートを取り出し、次に改善すべきポイントをメモした。役者たちは一度立ち止まって、拓真の指示を待つ。拓真が立ち上がると、スタッフたちが集まり、次にどんな変更を加えるべきかについて議論を始める。


その後、数週間にわたって稽古は続いた。拓真の脚本は、役者たちの演技によって何度も修正され、新たなアイディアが生まれた。次第に、舞台の形が整い、拓真はその成長を実感していた。


やがて、初日を迎える日が来た。


「ついに…」


拓真は舞台の準備が整う中で、自分がどんな気持ちでいるのかを考えていた。脚本家として、演出家として、彼の中で感じるプレッシャーは計り知れなかった。だが、それでも舞台を作り上げることに、確かな誇りを感じていた。


「見てろよ。」


初日、公演の幕が上がった瞬間、拓真は深呼吸をして静かに立ち上がった。舞台の上では、役者たちが精一杯の力を込めてセリフを放ち、動きが洗練されていった。観客の反応も次第に熱を帯び、舞台が進むにつれて会場の空気が変わっていった。


観客席からは時折感嘆の声が上がり、拓真の胸には安堵と興奮が入り混じっていた。自分の手掛けた舞台を目にした瞬間だったが、確かに感じられる手ごたえがあった。脚本の中で描かれていた義理と人情、そして現代と過去を織り交ぜたストーリーが、観客の心に響いているのだ。


公演が終わった後、拓真は舞台裏でスタッフや役者たちに囲まれながら、胸の中で自分の成果を噛み締めていた。


「お疲れ様でした。素晴らしい舞台だったよ。」


白石が言うと、役者たちも続けて称賛の言葉を掛けてくれる。その瞬間、拓真は初めて自分が目指していたものを手に入れたような気がした。今までの努力が報われたように思えて、彼の心は満たされていた。


その夜、拓真は一人、自分のアパートに戻った。デスクに座ると、何気なく手に取った歌舞伎の本を読むと、これからも歩み続けるべき道が、少しだけ見えた気がした。


拓真は小さな笑みを浮かべながら、机の上に目を落とした。


「次は、もっとすごい舞台を作る。」


そう心に誓いながら、彼は新たな創作の世界へと歩みを進めていった。

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