2 飛法院

飛法院の試験に合格し、林朱は飛法院の生活を送ることになった。

書生しょせいのような紫の服に、上等な筆を茶色の高価な筆箱にしまい、黒の陰陽いんようと呼ばれる模様のかんざしをつける。

これで、飛法院生の姿が完成だ。


「行くよ、林朱。いや、ー紅守」

「はい、兄さん」


紅守は優等生で、信念を曲げず、学業真っ直ぐ取り組み、ちょっぴりドジで、親近感も湧くー

そんな完璧な男性だ。

林朱とはかけはなれた設定ゆえ、キャラ作りに少しだけ戸惑いうが、生きていく最終手段だから仕方がない。


紅守は戸惑いない足取りで馬車に乗る。

(父さま…)

悠超の両親が紅守の両親となってくれたため、家族構成を聞かれたときは困らない。

ついてきてくれた王淋は名を変え、紅 歴信こう れきしんとなった。

歴信は榜眼ぼうがん(2位)、紅守は状元じょうげん(1位)と高位で合格できたため、とりあえずよかった。


新たな林朱の生活が、今幕を開けたー


◆◆◆


李縁りえん


とある学生が、自分の名を呼ぶ。

いちいち名前を覚えているはずもなく、誰だかわからない。と、いうか左目がだいぶ見えなくなってきてるため、誰だかわからないのだ。


「誰だ?…」

「わからないか」


呆れたように言われ、ショックを受ける。

これは力が強くて失った目ゆえ、大事にしたい。

隠す必要もないし、隠したくない。

誰かが左に立つ。自分の左目になろうとしてくれいているみたいに。


彭 輪俊ほう りんしゅん。覚えてないか?」

「覚えてる…」

「よかった…」


安心の吐息が混じると同時に、不安も入っている気がする。


「どうして来た」


唯一の友に冷たく言うと、友は苦笑いした。


「君はいつもそうだね、私がいるに。ほら、行こう?今日は入学式だ。先輩として出席するんだろう?」

「でも…この目では…感覚が…」

「感覚なんてなくとも、私に捕まっていればいい。君の目は誇りだ、そうだろ?」

「ああ、そうだな…」


行こう。そう言うと、彭輪俊が自分の左腕を掴んでくれる。友がいてよかったと、初めて思った瞬間だった。


◆◆◆


入学式は簡易で行われる。早く授業を開始しなければならないからだ。

これに驚きを隠せなかった紅守は、榜眼で合格した歴信にしがみつく。


「なんですか?」


敬語しか使えない、という妙な設定にした歴信は紅守にしがみつかれて、とても緊張している。

なぜ敬語しか使えない、という妙な設定にしたのかというと、入学してからも紅守ー林朱に敬語を使えるからだ。

敬語を外してみたらおかしなタメ語になったので、これは駄目だ、と思った家族がこういう設定はどうか、と提案した。

提案した結果、歴信ー王淋は賛成し、そういうことになった。

歴信が周りにおかしく見られないことを祈る。


「歴信。私たち、こんな凄いとこで入学式を行うの?」

「はい、そうですよ。紅守」


完璧に役を演じている素振りは、周りから見ても王淋ではなく、歴信になっている。

これでは誰が見ても気づかない。

自分も完璧にしないと、とやる気が入った。


「入学式を始めるー」


遠くから響く学院長の声が、紅守たちにも聞こえた。

入学式の始まりである。


「軽く話をしよう。この国には魔術という法術から生まれた悪が使う術が存在する」


学院長は階段の上にある椅子いす手から黒の光を出し、皆に見せる。

周りの生徒がザワつき始めると、女性の先生が静粛に、と周りを沈める。


「それでは続きを。そこで我慢できなくなった先帝さまは、法術を使い、民を守ろうとした。だが、ひとりではどうにもできなかったため、この学院を作られた。君たちに覚えていてほしい、これだけは。この学院は民を守るためのものであって、決して遊びではないということ。そしてー」



学院長は口を閉じ、数秒くらいでまた開ける。


「この国の安寧は、いつでも祈っていいということを。…わかったか?」

『はいっ!』


1年生全員で返事をした。


「よい返事だ、ではまたどこかで」



学院長が去ったあと、何個か注意事項を覚えさせられ、入学式は終えた。

では、ドキドキの部屋発表である。

この学院は寮制であり、ふたりで同じ部屋を使う。どうせなら、事情を知っている歴信と同じ部屋がいい。ー現実は理想とはほど遠かった。

(誰っ?この苑 蒼法えん そうほうって人…)


「すみません、僕と同じ部屋の方ですよね?名前は確か…紅守さん!」


ほんわりとした柔らかい声に、優しそうな顔つき。癒しになりそうだ。


「苑 蒼法さんですか?」

「はい、苑 蒼法です。これからよろしくお願いします」


蒼法はぺこりと愛らしげに頭を下げ、にこりと微笑む。


「こちらこそ、よろしくお願いします。蒼法さんのような優しい方でよかった〜!」

「そう言ってもらえて、僕も嬉しい。さ、行こっか、紅守さん」

「うん!」


紅守は返事をし、蒼法の隣を歩く。

癒しになりそうだと思ったのは間違いで、もの凄く強い人、と思ったのは少し先の話ー









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る