第1章 飛法院

1 婚姻の儀から脱走します!!

目太理亜メタリアに嫁がなければならなくなった胡 林朱こ りんしゅ。だが、なんと兵を飛び越えて婚姻の儀をなんとか回避しようとしている。その理由は、父の仇である似尼議ニニギには絶対に嫁ぎたくないから。

嫁ぐものなら死んでやる!そう、思っている。


ことが発覚したのは2刻前。

2刻前には婚姻の儀が行われていた。だが、林朱は替え玉を使い、婚姻の儀を回避した。

なんとしても回避したい、その思いから。


「公主!公主ッ!」


追いかけきたのは護衛の王淋。彼には、これからも護衛をやってもらうつもりだ。


「王淋…。ごめんなさい。私のせいでこんなこと…。私がいなければ、あなたは栄耀栄華を描けるに…」

「栄耀栄華?はっ。そんなもの、なくともいい。お姫さまがご無事でなければ、俺は生きた気がしません。ですので、これからもおそばにおいてください。咎められれば、俺が林朱さまを連れ出した、と仰ってくだささい。それで丸く収まる」

「王淋…」


もうこれ以上、王淋に頼れば王淋が潰れてしまう。

なぜなら、これまでも林朱に変わって罰を受けてきたからだ。


「王淋、私ね?私は王淋に好きに生きてほしい。私に囚われず」

「囚われず?囚われてませんよ。だって俺は、好きで生きてるんですから。本当に」


涙が出てくる。本当に信頼できる人は、王淋ひとりだ、と。


「わかった、それでは私たちの荷物を持ってきなさい」


ー姫さま、大冒険ー


これからどうやって生きようか、これからどうやってお金を貯めようか、それが問題だ。

とりあえず、親戚であるこう家に身を寄せる。すると、大歓迎してくれた。


「兄さま…」

「君は大胆だねえ、目太理亜からの縁談がいやで、ここまで逃げてきた。私はそれで正解だと思う。君がどうであれ、君のことが大好きな弟、胡 彬因こ ひんいんは怒らないだろう」

「ありがとうございます。でも、兄さまはなぜ、正解だと思ったんですか?」

「ん?私かい?」


林朱は頷く。

林朱が身を寄せた家にいるこの者は義理の兄、紅 悠超こう ゆうちょうだ。

紅家は紅淑妃こうしゅくひを輩出した名家であり、皇太子派である。なので、林朱の見方だ。この国には皇太子派と非皇太子派とある。

皇太子派の代表は紅家。非皇太子派の代表は李家となる。家は最大の敵、といった方がいいだろう。


「最大の敵、李家と繋がっていり目太理亜は、行けば必ず殺される。だから、私は行かなくて正解だったと思うぞ、林朱」


その言葉に驚き、林朱の口からは何も出ない。

(そんな、ことが…)

父が生きてる際、皆に可愛がられてきた箱入り娘なので、何も知らない。ー恥ずかしい。


「恥ずかしいです、兄さま。何も知らなくて…。叔母さまにも、叔父さま迷惑かけてしまう…」


そんな自分が恥ずかしい。


「恥ずかしくない。ただ、これから知ればいいだけだ。君はしばらく紅家に身を寄せたらいい。叔母さまだって、嬉しいと思うよ?」

「叔父さまは?」

「叔父さまは…どいうかな。まあ、でもよろしく」


信頼できる人がいて、本当によかった。



◆◆◆


僕は何を彷徨ったか、世間知らずの林朱に飛法ひほう院を進めてしまうところだった。

(進めてはいけない、あそこだけは…。いや、進めても、僕が守ればいいだけ。でもまもりきれるか?たった僕だけで…)

ふたつの選択が自分を迷わせる。だが、結論は勧める、に至った。心配だ、生きていけるか。


「林朱」

「どうしたの?兄さま」


用意された林朱の部屋に入り、とりあえず飛法学院を勧める。


「兄さまはとある男子校に通っている」

「…男子校?私は入れないわ…」


見当がついたのか、林朱は先のことを言う。


家は代々、皇帝を輩出はいしゅつしてきた。それは知ってるね?」


この国では、皇帝は各家から選ばれ輩出される。

林朱の実家、胡家は数々の皇帝を輩出してきた。これは、誰もがしることであり、その家の誇りである。


「はい、もちろん」

「魔術を使う者ー」


数秒待ち、悠超は続きを言う。


「黎家の存在も…?」

「黎家の存在も、もちろん知ってます。黎家が民を脅かしているということも…」


黎正れいせいという法士ほうしー術を使い、民を助ける者がいる。

だが、その者は魔術を使い、民を脅かす。

その存在が許せなくなった初代飛法学院学院長が、紅家から輩出された。その者の名を紅 悠烈こう ゆうれつ

自分は2代目の紅悠烈になるのだろうと確信され、紅悠烈の名の1部をもらったらしい。


「そうだね。それで、見過ごせなくなった私たちは法術を使い、民を守ってる。守ろうとしたのは誰か、わかるかい?」

「紅悠烈…ですか?」

「いかにも。紅悠烈だね。そこからできたのが、飛法院と呼ばれる学校。…入ってみないかい?」


***


運命が動き出したかと思った。

女に飽きた林朱は、男をやってみたいと思ったから。

だから、ちょうどよかったのだ。


「兄さま、やってみます」


凛々しい顔をし、林朱は頷く。

そして悠超は唖然とした。


「君が行きたいと言い出すなんて思ってなかったから、とても驚いた。叔母さまと叔父さまに許可をもらわないといけないから、ちょっと待っててね」

「はい」



3刻後、悠超は戻ってきて結果を話す。


「兄さま、どうだった?」

「許可はもらえた。けど、名前は変えなさいって。いいかい?それでも」

「はい。生きていけるなら、どんなところでも構いませんし、どんなに名前を変えられようが構いません」

「強いね、君は」


全然強くない。

だって、母からもらった大切な名前を変えるなんて、心臓から何か飛び出しそうだ。ーつらい。

(でも、生きていく最後の手段だと叔母さまと叔父さまは考えられた)

強く、生きていかねば。


しゅ…」


持ってきた紙を広げて、悠超が囁く。

守ー

そう綺麗な字で書かれた紙には、我が子のように可愛がってくれる叔母と叔父の手跡がある。

上は叔母の文字、下は叔父の文字。

それぞれで書いてくれた温かい字。

それが伝わり、涙が出てくる。泣いている場合ではないのにー


悠超がにこりと笑ってくれた。それに安心し、林朱は微笑む。


「大丈夫。実は僕も飛法院に入学してて、君も守れるから」

?」

「君の護衛、王淋も行くことになったんだ」

「王淋も…」


林朱は固まる。まさか、王淋まで来てくれるとは思ってなかったから。


「ありがとうございます」

「さてと、お勉強頑張ろうか」


ありがとうございます、は無視されて、悠超は自分の世界に行く。


「は、はい」

「まずは四書五経ししょこきょうの暗記と、術の鍛錬はいいとして…。寿恵ジュエも身につけととっか」


寿恵はどんな術でも結界を張り自分を守れるという最強のワザだ。

寿利を身につけていたらたくさんの者から優遇され、将来何かと役に立つ。


「はい!」

「飛法院は生易しいところじゃないよ。1年を通して試験を受け、やっと合格できるんだから」

「わかりました、頑張ります!」

「それがどこまで続くか、お手並み拝見といたそうか」


高みの見物のように、悠超はにやりと笑った。

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