真・体調伝

椰子木二太郎一

真・体調伝






「⸺シッ!!!!」


 大柄にして筋骨隆々。旧き好き『強さ』を体現した外見の男がポ〇キーを大きく振る。


「……………………」


 それを避けるは銀色の鶏冠だ。高さ三メートルは有ろうかという巨大な鶏冠は男の背後にテレポートし、武器の吊革をその背中に打ち付ける。


「ア"ッ"⸺」


 強かに肺を後ろから叩かれた男は覚えず声を漏らすが、しかしそれで終わる男ではない。


「⸺とでも言うと思ったKA!!!!」


 刹那、男は炎となった。


 比喩ではない。男という存在を構成する質量せいしエネルギーが全て熱エネルギーと光エネルギーに変換されたのだ。


 質量を全てエネルギーに変換した場合、その量は実に体重*光速^2。


 体重三トンを軽く超える男が完全にエネルギー化した場合、その量は数値で表す事すら憚られるめんどい


 太陽にも匹敵する(計算してないから実際の所は知らん)熱量と神にも匹敵する(実は髪はタンパク質で出来ている)光量が金属で構成されし鶏冠を融かさし尽くさんと炸裂する。


 だが悲しいかな、鶏冠を構成する金属はアップリウム、これを融かすには負の数の平方根で表される様な温度が要る。幾ら太陽に匹敵する高熱を叩き出そうにも彼を融かすには至らない。


「……………………」


 が。


 神にも匹敵する光量で目を眩ませる事には成功したらしい。その隙に通常フォーム『ノーマルフォームズ』に戻った男はポ〇キーから半濁点を取って投げ付ける。


 カァン。


 °は鶏冠の表面で跳ね、その侭どこかへと消えた。後には目眩から復帰した鶏冠のみが残る。


「…………?」


「ハッハー、残念だったな!」


 男は勝ち誇った様子で宣った。


「ポ〇キーから°を取ったらどうなるか。それが判らぬお前ではあるまい」


「……………………、!!!!」


「そう、そう、そうそうそうそうだ⸺」


 ポ〇キーから半濁点を取り去る意味。それを解した鶏冠が後退る。しかし、男は止まらない。


「それはな⸺」


 男はポ〇キーから半濁点を取った物体、


「⸺伏字を使う必要が無くなるんだよ!!!!」


 即ち『ホッキー』を鶏冠に突き立てた。


 勝負は、決した。


 ホッキーになんて、勝てる訳無よぉ…………




      ◊◊◊




 さて、何を隠そうこの男がタイトルにもなっている主人公『体調・体調』である。名前の読みは『からだしらべて・からだしらべる』だ。


「うっしこれで四五四五連勝音符」


「……………………」


 鶏冠の名前は『千夜都・斷誌』という。『ちよと・だんし』だ。え? 何? 女子の学級委員長が掃除をサボる男子に言ってそう? 存じませんねぇ……


 千夜都は数年前にこの街、『第九七ヴィルヴェンツェリオンカルパルラ=エッツィ=イヤァァァァァン♥帝政王国』の最も辺境に有る『大いなる神の都グランド・メロン州』に引っ越してきた外人だ。体調とはそれ以来の長めの付き合いになり、女風呂で鉢合わせて以来こうして毎日の様に模擬戦をしている。これまでは体調の全戦全勝だ。


 千夜都はアップリウムで出来た鶏冠なので喋れない。なので模擬戦が終わったら直ぐに解散だ。「またな〜」と手を振り、体調は家へ歩いた。


 大いなる神の都グランド・メロン州は確かに辺境に有るが、しかしそれは田舎である事を意味しない。発展度合いで言えば首都である『公都ゴッカーン』にも勝る。辺境なのに田舎らしさを感じさせない都市、それが大いなる神の都グランド・メロン州だ。


「ただいまー」


「お帰りなさーい♡」


 ドアを開ければ、愛しき彼氏が出迎えてくれる。


 彼氏の名前は『部下』という。読みはその侭『ぶか』。短くて呼びやすいのがセールスポイントだ。そんな部下は今日は裸エプロンでツェルパーヤナナナを作っていた。


「お前……裸エプロンって…………」


「どう? 似合ってる?」


 モジモジを顔を赤らめて言われれば『似合ってるぜ! 最高に愛してる!!』以外の答えは返せない。


 ツェルパーヤナナナが完成するや否や二人で寝室デートと洒落込み、一時間しっかり堪能した後、二人は食卓に落ち着いた。


「ふぅ……はぁ……それで何、話って?」


 未だ息の上がっている部下に、体調は神妙な面持ちで切り出した。


「アクメルちゃんに、告白しようと思ってな」


「⸺、そう、アクメルちゃんに…………」


 アクメルちゃんは体調の家の隣の隣の隣の向かいの向かいの隣の隣の隣の隣に住んでいる女の子だ。とってもキュートなラブリーさが特徴で、大いなる神の都グランド・メロン州で彼女の事を敵視せぬ女は居ない。後無乳。


「あぁ。今日で、千夜都の奴に記念すべき四五四五勝を上げたからな。この連勝を持って、俺はアクメルちゃんに告る」


「⸺⸺⸺⸺」


 体調の決意に塗れた顔を見て、部下は少し悲しそうな顔をした。


 が。


「うん、頑張ってね!」


 それを虚勢の裏に押し込んで、部下は体調を応援した。


「あぁ⸺勝ってくる」


 体調がその事に気付く事は、終ぞ無かった。




      ◊◊◊




 善は急げ。体調は直ぐにアクメルちゃんの家へ向かった。


「済みませんもう赦してください何でもしますからーっ!!!!」


「はぁい、何ですかぁ?」


 コンコンと玄関ドアをノックすると、アクメルちゃんの姉が出迎えてくれる。アクメルちゃんの姉は妹に全ての美しさと可愛さを持って行かれてしまっている為、コイツに用は無い。


「アクメルちゃんをお願いします!」


「はぁーい、アクメルちゃんねぇ。オイアクメルちゃん客だぞとっとと来んかァッ!!!!」


 酷く怯えた様子でアクメルちゃんがやって来た。


「はぁい、アクメルちゃんですぅ……、誰です貴方?」


「好きです付き合ってくださァい!!!!」


「はい悦んで!」


 こうして、大いなる神の都グランド・メロン州に一組のカップルが誕生した。




      ◊◊◊




 光陰矢の如し、と言ったのは誰だったか。


 ここでは矢よりも疾く、光の如く過ぎ去って貰おう(光と光を掛け合わせた激上手駄洒落。褒めて宜いのよ? チラチラ)。


 体調の千夜都に対する連続勝利数が一万を超え。


 部下がツツツェヒーヤナヤナヤナを作れる様になり。


 半年振りに《覇王》の座が空き。


 そして。


「御免ね……私、着床したの」


「えっ」


 アクメルちゃんの姉が、NTRれた。




      ◊◊◊




「誰だ!? 相手は、誰だ!?!?」


「御免……言えない」


 体調は愛しき、否『かった』とすべきか。愛しかった彼女に声を荒らげる。しかし彼女⸺アクメルちゃんの姉は回答を拒否した。


「何故だぁっ!! 何故だ何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故だぁっ!!!!」


「その方が面白そうだから。他に理由が要る?」


「糞ッ……!!!!」


 合理性と正当性と論理性に溢れた理由に体調はうんこと唱える事しかできない。


「ならば宜いッ!! お前の浮気相手如き、俺個人で見付け出してくれるわ!!!! フハハハハ!!!!!!!!」


 体調は開き直って豪快に笑った後、その勢いをその侭に外へ駆け出していった。


「……………………」


 アクメルちゃんはそれを黙って見送り、背後を振り返った。


 そこには"影"が有った。どす黒い負の感情に因り純黒に染まってしまった体を持つ男が居た。コ〇ンの犯人(未判明)を数倍驚々しくした様な風体だ。


 男(かすらも判別できない)は体調がまだ部屋に居た時からそこに居た。体調はそれを不思議に思いはしなかったし、指摘もしなかったし、アクメルちゃんの姉への怒気が強過ぎて話し掛ける事も無かった。アクメルちゃんの姉には、それが一層彼の負感情を増大させた様に思える。


「で、どうするの?」


「⸺赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない赦さない」


 "影"は最早呼吸すらも忘れてしまっているのではないかと錯覚する程に怨嗟の声を吐き続けていた。


 その反応に今は彼は会話をする気は無いらしい、とアクメルちゃんの姉は嘆息した。




      ◊◊◊




 明くる朝。


 千夜都はいつもの模擬戦場へ来ていた。


 体調より早く来るのは千夜都の日課だ。この暇な時間、体調にどうやって勝とうかと勝利への道を考えるのが途轍も無く途方も無く楽しい。特に今日は新たな武器を調達したので、それを使った新戦法を編み出し中だ。


 おっと、新武器の戦い方に就いて思いを馳せている間に体調が到着した様だ。


「お早う」


「…………………………………………」


 千夜都は声で答える代わりに体を揺らして応答した。


「突然の事で済まないんだが」


 今日初めて会う体調は、昨日別れた時と較べて大いに疲れており、数歳老けて見えた。


「今日は止めにしないか?」


「⸺」


 その言葉に、千夜都は言葉を失った。


 これまで一万一四五一.四回、一度も休む事無く続けてきた模擬戦。それを今日で終わりにする、と体調は言った。その事が、千夜都にはどうしても信じられなかった。


「理由は……言えない。これを言うと、俺はとても惨めな気分になるんだ……でも、」


 体調は一度そこで言葉を切る。


「全てが終わった後には、必ず全てを話す。だから」


 今は、と続けようとした体調だったが。


「体調ッ!!!!!!!!」


 それを千夜都が遮った。


「えっ、お前、喋r」


 言い終えるよりも早く、千夜都の新武器⸺プリ〇ツ(注:プリケツではない)が炸裂する。


 奇襲に体調は戸惑ったが、それでもズボンに差していたポ〇キーを抜いて応戦。しかし、


 本気を出した千夜都は強かった。


 体調が右脚で蹴りを放つ⸺阻まれる。左拳で頬を狙う⸺避けられる。これまでは意図的に避けてきた、急所である股間を狙う⸺そもそも無い。体調の有りと有らゆる攻撃は全て阻まれ避けられ潰された。


 そして。


 千夜都が半濁点を取り、その辺に放った。


「ぁ⸺」


 既にボロボロだった体調は、その意味を識っていた。


「⸺フリッツ!!!!」


 『プリ〇ツ』から半濁点を取った物、即ち『フリッツ』。


 ドイツ語に於いて『フリードリヒ』の短縮系として非常にポピュラーな名字であるそれは、瀕死で死に掛けの体調に襲い掛かる。


「ぬわーーっ!!!!」


 体調は抵抗できなかった。


 フリッツの一撃をモロに食らい、死ぬ。


「本当はぁっ!!!!」


 千夜都は物言わぬ骸となった体調に叫び掛ける。


「本当はぁっ、話し掛けるのは貴方に勝ってからにしようって思ってた! 私に負けて驚いて、更に私が喋って二重に驚く貴方が見たかったから!!」


「……………………」


 体調は何も言わない。しかばねのようだ。


「でも!!!! 貴方が余りにも馬鹿過ぎたから、今喋っちゃった!! 私の計画をどうしてくれんのよ謝りなさいよこの粗チン!!!!」


「…………………………………………」


「それで本題! 貴方が如何に馬鹿なのかに就いて!!」


 千夜都は側面から腕を生やし、胸の前で組んだ。忘れてるかもだけどコイツ銀色の鶏冠(三メートル)だよ。


「アンタが浮気されたって事ぐらい知ってる! その犯人を探している事もね!! そりゃぁ、アレだけ派手に探し回ってたら幾ら私が引き篭もりオタクのチー牛でも気付くわよ」


「……………………」


「そして、私はアンタが誰に浮気されたのかは知らないけど、その浮気相手は知ってる」


「!!」


 体調の目が驚いた様に見開かれた。


「アンタ、あれだけ愛されておいて愛されっ放しっていうのは流石の私でも引くわよ。あんだけ身近に居るのに」


「宜い? 本当に大事な相手っていうのはね、隣の隣の隣の向かいの向かいの隣の隣の隣の隣なんて遠くじゃなくて、もっと近くに居るの」


「物凄く近くで愛されておいて、それを貴方は蔑ろにした。今回に限っては完全に貴方が悪いわよ、体調」


「…………………………………………」


 千夜都の糾弾に、体調は徐ろに立ち上がった。


 浮気相手が誰だかは、もう判っていた。


「はい、私からは以上! とっとと行った行った!! ⸺可愛い彼氏が、待ってるわよ」


「…………、あぁ! アリガトな、千夜都!!」


 体調は言うが早いか、走り出していた。


「……………………」


 千夜都はその逞しく頼もしい背中を物悲し気に見詰める。


 ふと、彼女の横に人影が有った。高さ三メートルである千夜都と比較して尚『低い』とは言えない背丈を持つ彼に、千夜都は話し掛けられる前に話し掛けた。


「えぇ、解っているわ。彼に勝ったら、っていう約束だったものね」


「では⸺」


「でも、もう少しだけ待って頂戴」


 千夜都は人影に我侭を言った。


「彼の往く末を、見届けたいの」


「⸺、御意」


 影は下がった。


 千夜都の瞳には、悲壮な決意が在った。




      ◊◊◊




「部下ァッー!!」


 体調は絶叫しながら家のドアを蹴り破る。


「あ、お帰りなさい! 今日は初めてニメオフヨオホオニマオホオを作ってみたの」


「お前だろ!!!!」


 部下の言葉を無視して、体調は叫ぶ。


「アクメルちゃんの姉をNTRたのは、お前だろ!!!!!!!!」


「⸺⸺」


 体調の断言に、部下は押し黙った。


「おっと、『証拠は?』なんて訊かせねぇぜ。よくよく考えてみれば考える必要すら無かったんだ。その事を、千夜都が気付かせてくれた」


「……………………」


「当然理由も予想は付いてる」


 体調は人差し指を二本立てた。


「だが、お前から聴きたい。お前の口から、お前の言葉で、お前の声で」


「……………………からだしらべてぇ」


 部下の口から泣きそうな声が漏れた。体調は彼を安心させようと肩を叩く。


「うん、うん」


「からだしらべてがぁ……!! アクメルちゃんの姉をぉ……!!」


「うん、うん」


 体調は、部下の独白を相槌を打つ以外の反応をせずに聴いた。


 曰く、犯行の動機は『嫉妬』らしい。『傲慢』『強欲』『色欲』『怠惰』『憤怒』と、後何か一つと共に七大罪の一つに含まれる感情。部下は、それを抱くという大きな罪を犯してしまった。


「⸺済まなかった」


 全てを聴き、その一つ一つの言葉に秘められたニュアンスを咀嚼し味わった体調は、そう謝った。


「本当に済まなかった。全ては俺の所為だ。俺が、お前の気持ちに気付けなかったから。俺のどん臭さの所為で、お前に罪を犯させてしまった。何度でも言おう、済まぬ」


 体調は一呼吸の間で二度謝った。


「ッ……! からだしらべてぇ…………!!」


「本当に、済まなかったと思っているし、反省もしている。⸺だから、やり直させてはくれないか? もう一度」


「……………………!!!!」


「頼む。⸺この通りだ」


 体調は弱点の腹を晒す服従のポーズを執った。


 そこに彼の想いの全てが含まれていた。


「からだしらべてぇ……!! あ、当たり前だよ! わ、私の方こそ、浮気なんてそんな…………」


「だから、俺の所為だって言ってるだろ」


「からだしらべてぇぇ……!!!!」


 部下は抑え切れずに泣き出した。


 体調は元の姿勢に戻り、彼の背を何度も何度も、いつまでもいつまでも摩る。


「からだしらべてぇ……!!」


「部下…………」


 そして二人は熱い口付けを交わした。


「⸺、話は付いたみたいね」


 そして、それを見詰める者が一人。


「あぁ、千夜都か。お前にはもう一度礼を」


「⸺然様なら」


 体調の言葉を遮って、千夜都はサヨナラを告げる。


「えっ、それってどういう⸺」


「⸺もう、貴方と会う事も無いでしょう」


 そして、千夜都は消えた。


「あ……待ってくれ、待ってくれ千夜都!!」


 体調は一瞬前まで千夜都が居た所に駆け寄る。だが、空気は彼女の硬く冷ややかな触感すらも残してはいなかった。


「千夜都……」


「? どうしたの、体調?」


「どうって、千夜都が、消え……」


 千夜都が消える瞬間は、部下だって見ていた筈だ。


 だから体調は、部下の口から出た言葉に、言葉を失った。


「⸺『ちよと』って、誰?」




      ◊◊◊




 ⸺一ヶ月後。


 空位だった《覇王》の座にアップリウム鶏冠『千夜都・斷誌』が就いた事が世界に知れ渡る。


 ⸺そして。


 体調の、千夜都を取り戻す闘いが、始まる。



 ⸺始まる。






      ◊◊◊





「じゃぁな、行ってくる」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 朝日が眩しかった日の深夜。


 体調は遂に《覇王》⸺千夜都を連れ戻す為の旅に出た。本当は今朝出たかったのだが、別れを思うと寂しく、部下と半日も寝室デートと洒落込んでしまった。


「済まんな……俺が強欲なばっかりに」


「いえいえ。⸺大事な、人なんでしょう?」


 部下は以前、体調が浮気をした節に、嫉妬の余りその浮気相手をNTRた。


 今回は女を取り戻しに行くという再び部下の逆鱗に触れても可怪しくはない行為をしに行くのだが、部下はそれを笑って認める。


「貴方がそれ程までに言う相手ならまだ赦せますし。あのどこの馬の骨とも知らぬ女と違って」


「そうか……。では、行ってくる。朝飯にノオネツネツ)タソホヒネコオノトヲ?メユコムソユトスムケ?ツを作っといてくれ!!!!」


「はい悦んで!」


 部下が余りにも可愛くて、この侭ではまた寝室デートと洒落込みたくなってしまい物語が進まず作者の睡眠時間が激減してしまうと危機感を抱いた体調は走ってその場を後にした(ここで作者は親の機嫌が悪いのを目敏く察知し早目に就寝した)。


 翌朝、作者は体調を街の外へ出した。


 覇王城は偉大なる神の都グランド・メロン州からは徒歩一〇分弱の距離に有る。赤子でも無事に単独歩覇されてしまう様な近さだ。


 しかし、体調はトラブルに遭遇した。


「へっへっへ、ここは通さねぇぜ」


「一昨日来やがれだぜぇ」


「ここで会ったが一〇〇〇年目ェ……」


「ウホッ! 好いポ〇キー……」


「我らはここを根城とする盗賊団『カマセイッヌズ』だ。命が惜しくばお前のバナナを置いていけ」


 運悪くも偉大なる神の都グランド・メロン州の臍の上のたん瘤と呼ばれる盗賊団『カマセイッヌズ』に捕まってしまったのだ。


 相手は三人。腹話術を使い人数を多く見せる卑怯な戦術を使っているが、体調には効果覿面だ。


 尤も、相手が三人だろうと五人だろうと体調には関係無いが。


「我々は貴方方のバナナが欲しいのです、てな」


 この程度の相手如きにポ〇キーを使うのは勿体無い。


 体調は右眼の封印を解き放ち、左眼からビームを放って彼らを壊滅させた。


「……………………」


「一昨日来やがれ、てな」


 一昨日来ようが体調が産まれた時に来ようが彼らの運命は変わらなかっただろうが。体調の右眼の封印⸺邪気眼ビームアイは産まれ付きである。


 物言わぬ彼らの骸に興味は無いので捨て置いて、体調は行程を再開した。




      ◊◊◊




「何者かがカマセイッヌズを斃した様ですな」


「そうね」


 覇王城、その最上階⸺の数センチ下。


 そこのバルコニーに、銀色の鶏冠と男が居た。


 銀色の鶏冠に関しては最早言う事は有るまい。問題は男の方だ。


 この男はラー・スボス。千夜都を《覇王》の座に縛り付ける悪い奴だ。悪役だ。詰まり体調に斃される(読者の興味を惹き付けて止まない激上手ネタバレ)。


「但し、あの三人は四天王の中でも弱い方……残りの一人が今バカンスに出掛けている今、対応可能なのは覇王様しか居ない。覇王様が直接相手をされるのら最早アイツに未来は有るまい。私は定時退社させて頂きます」


「……えぇ」


 ラーには幼馴染の妻と明日で三歳になる娘が居る。幾ら《覇王》の側近であろうと余り遅くまで拘束するのは忍び無い。千代都はラーに退社を許し、彼は明日が誕生日である娘のサプライズをどうするか考えながらのうのうと帰宅した。


「…………………………………………」


 一人残された千代都は、順調に行程を勧めてくる体調を独り見詰めていた。




 ※注:上の文で、『一人』『独り』という表現を使い分けた事に特に理由は有りません。悪しからず。




      ◊◊◊




「これが……覇王城…………」


 体調は圧倒されていた。


 覇王城、その威様に。


 世界最高の城は我であると傲慢に主張する様な、


 世界全ての富を集めた様な強欲を感じさせる、


 しかしそれで居てここの主人は怠惰であるとも痛感させ、


 何でも宜いから食べたいという暴食を想起させ、


 何でも宜いから抜きたいという色欲を召喚し、


 高い山に嫉妬を重ねていそうな、


 後はなんだ、取り敢えず憤怒な、


 城がそこにあった。


 尤も、深夜の帳に隠されている所為で何も見えないが。体調が圧倒されているのも何と無くである。


「うし、行くか」


 何と無くの圧倒など有って無い様な物。体調は遠慮無く城門(見えない)をポ〇キー砲で爆破しようとした。


 が。


 ドヂューン……


 と、何かが墜落してきた。


「……覇王城は二〇二七年にUNESC〇世界無形文化遺産に登録される予定の重要施設。壊される訳にはいかないわ」


「そうか、そりゃ悪かったな」


 無人の覇王城に唯一つ残る鶏冠⸺千代都だ。


「解りさえすれば宜いわ。鍵は開けてあるから、普通に入ってきて」


「了解」


 体調の答えに満足したのか、千代都はバルコニーへと跳び去った。


 体調は改めて城門を爆破し、悠々と不法侵入を果たす。


 只の外見でさえあれ程体調を圧倒した覇王城。門の内側にはどれ程素晴らしい庭園が広がっているのかと思いきや、中は闇ばかりで見ていても何も面白くなかった。取り敢えず爆破して、体調は城の本丸へ突入する。


 城は無人だった。こんな豪華な城だというのに静寂が溢れ返っていて、体調は困窮する民への侮辱を感じた。アフリカでは今も一分に六〇秒の時間が流れているのだ。しかし何だ、この覇王城の贅沢さは。こんな豪華なのに、誰も居らず静かだなんて! 体調は怒りを露わに城内を爆破して回った。これで少しは騒がしくなり、困窮する民も報われるだろう……と。そして、この城に使われているリソースが爆破で解放されればそれは困窮する民の地域=リソースが薄い地域に自動的に配分されるので、それは間違いではない。


 暫し感情の侭に爆破を繰り返す機械(感情なのにロボとはこれ如何に)と化していた体調だったが、ふと人の気配を感じて背後を振り返った。


 そこには正門(跡形も無い)から入ってきたのだろう数人の人間(よく見えないが、多分)が居た。


「緊急事態に緊急出社、オレオレ詐欺レッド!」

「イケメンフェイスであの子をスティール、NTRブルー!」

「眠気で前口上を忘れたド忘れを起こす怪人イエローよ!」

「……………………………………………………………………………………(『返事がない、屍の様だ。居留守グリーン!』の意)」

「迷った貴方にイケナイ囁き、悪魔ピンク♡」

「根も葉もない噂を流して人の人生を破滅させるぞ、イヤナヤツホワイト!」

「居るだけでクラスの雰囲気を陰湿にさせる、陰キャパープル!」

「ひあめそとると?たそと?のとそ?さと?のつつゆゆそつるやゆつろるつれうれ、混乱オレンジ!」

「あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ、高笑いアッシュ!」


「「「「「「「「「「一〇人合わせて!! 社畜戦隊モーイヤジャー!!!!」」」」」」」」」」


 彼らの名乗りを聴いて、体調は戦慄した。


 そこには邪悪が有った。社畜戦隊モーイヤジャーは、世界の有りと有らゆる悪意の坩堝であった。オレオレ詐欺、NTR、ド忘れ、居留守、悪魔、イヤナヤツ、陰キャ、混乱、高笑い。これだけで世界の悪意の全てを語れる。特に陰湿なのは陰キャだ。書く度に陰キャである作者の精神HPを奪う。世界の創造主たる作者に対しなんたる不遜だろうか。死ね「ぐわーーっ」「い、陰キャパープルー!! この野郎ッ!!!!」。


 奇襲に因って仲間を殺された怒りからオレオレ詐欺レッドが突撃する。奇襲の担い手たる体調(こうして責任をナチュラルに他人に押し付ける手際の良さに全米が尊敬の目を向けざるを得なくなった。ぱちぱちぱちぱち)は何が何だか解らず取り敢えず反撃に出る。カマ……何とか噛ませ犬sの時とは違い、今回は相手に相当の実力が見えたのでポ〇キーを抜いての応戦だ。邪気眼ビームアイは置いてきた、これからの戦いに付いて来れそうになかったからな……


 ポ〇キーがオレオレ詐欺レッドの腹部を貫く。しかしそれをオレオレ詐欺レッドは物ともしない。箸を差し込まれた豆腐の様に破れるオレオレ詐欺レッドの体。朝起きたら目の前に蚊が居た程度の驚きを見せる体調にオレオレ詐欺レッドは不敵に微笑む。


「これがおいどんの第一の権能[豆腐フィジカル]! おいどんの身体能力は豆腐未満でごわす!!」


「そうか。なら食ってやる!!!!」


 オレオレ詐欺レッドの腰に手を回そうとする体調だったが、それは彼の仲間に因って妨害される。


「さぁ、貴方は今何をしようとしたんでしたっけ?」


「…………あれだ、どこのスーパーが牛肉が安かったか思い出してた」


「チッ。ド忘れしないか」


 体調家の家計は部下の肉体労働♂に因って支えられている。彼の負担を少しでも減らす為、体調家は一日に一周は世界中のスーパーを周りどこのスーパーが一番安いのかを記録しているのだ。海外渡航費を考えれば完全にやらない方がお得な節約術である。


 ド忘れという卑怯な術で体調を落とそうとしたド忘れを起こす怪人イエローは自らの手には負えぬとばかりに戦線を離脱、帰宅する。空いた穴は高笑いアッシュが埋めた。


「あーはっはっはっはっ!!」


「ふんんー!!」


 高笑いアッシュの高笑いに体調は鼻笑いで応じる。勃発する高笑いと鼻笑いの決戦。


「あーはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」


「フンッ!!!!」


「おーほっほっほっほっほっほっ!!!!!!!!」


「フンヌー!!!!!!!!」


 戦いは一昼夜続き、そして。


「あー……。……君は、本当に良い笑い手ラッファーだね」


 産まれ持った高笑いの才能に因り、ラフィングバトルでは常勝無敗だった高笑いアッシュ。


 いつしか勝つ事は当たり前になり常識になり、戦いに意味を見出せなくなっていた。


 しかしそれを口にすればラフィングバトル界隈は消滅してしまう。彼は表向きは楽しがった。愉しそうに高笑いするスキルも身に付けた。ラフィングバトル界隈は彼が支えている。その意識こそが、彼に大して面白くもない高笑いを続けさせた。


 圧倒的強者、常に期待の斜め四五度上二メートル先を往く。そんな彼に、世界は憧れた。彼もまた、その憧れに応え続けた。


 しかし、それももう限界だった。人間という生物はいつまでも詰まらない事を続けられる様には出来ていない。早ければもう明日にでも、高笑いアッシュは異世界に高跳びでもしそうな有り様であった。


 攻めて、好敵手を⸺。その望みは、限界に瀕して初めて叶う。


 体調・体調。高笑いアッシュに初めて黒星を付けた男。黒星を付けられて、高笑いアッシュは安心した。あぁ、もうやらなくて宜いんだと。あんな詰まらない事は、もう止めて宜いんだと。面倒事は全て若いのに任せれば宜しいのだと。


 高笑いアッシュは、敗北して、救われた。


「あぁ……」


 彼の目から涙が零れる。高笑いアッシュはそれを止めようとするもしかし涙は止めどなく流れ続け、軈てそれは海に


「神話キャンセル!!!!」


「あははははは!」


 折角新しい神話が始まるという所だったのに、体調が高笑いアッシュを成仏させてしまった為それは成らなかった。


 神話は珍しい、とても学術的好奇心を唆る現象である。それを潰した体調に、社畜戦隊モーイヤジャーのやる気が数倍に膨れ上がる。


「畜生! こんな所でリセットされて黙るかよ!!」


 体調は大挙として襲ってくる六人を同時に迎撃した。


 オレオレ詐欺レッドのオレオレ詐欺を有りもしないパスワードを要求して弾き。


 NTRブルーのNTRを涙して受け容れ。


 居留守グリーンの居留守を強盗紛いの行為で見破り。


 悪魔ピンクの悪魔の囁きを耳を穿って聴き流し。


 イヤナヤツホワイトの噂を証明し。


 混乱オレンジの混乱に乗じて窃盗を繰り返し。


 体調は戦い続けた。終わりの無い修羅の道を歩み続けた。歩み続け、そして。


 カランカラン、と。


 終にその手からポ〇キーを取り落とした。


「…………………………………………」


 膝を突き、最早喋る気力すら無い体調。六人は、勝利を確信して各々の得物を突き付ける。


 しかし⸺


邪気眼ビームアイモード不可逆暴走オーバーラン


 刹那、彼の左眼が炸裂した。


 それは置いてきた筈の邪気眼ビームアイだった。見捨てられ、一度は絶望の深淵に沈んだ筈の邪気眼ビームアイ。しかし、彼女は体調の窮地に絶望の深淵を乗り越えて駆け付けたのだ。モード不可逆暴走オーバーランとかいう訳解らん力を引っ提げて。邪気眼ビームアイマジヒロイン。


 突然なる左眼の炸裂に、六人の内半分は死んだ。残りの三人、則ちオレオレ詐欺レッドとNTRブルーとイヤナヤツホワイトはブラジルまで退避して何とか難を逃れる。それ程までの威力が、邪気眼ビームアイモード不可逆暴走オーバーランには有った。ガチで何なのこれ。


 しかし、モード不可逆暴走オーバーランはその名の通り不可逆の力である。一度使えば最後、元に戻る事は叶わない。


 己の中で邪気眼ビームアイが消えて往くのを感じる。体調は敢えてそれを引き止める様な事はせず、静かに彼女を見送った。誰よりも、それこそ部下よりも長く彼の近くに居た邪気眼ビームアイ。彼女を弔うには、数年は喪に服す必要が有りそうだ。


 しかしそれも今の事が終わってからの話。体調は立ち上がる。幾らオレオレ詐欺レッド達が強者であろうと、ブラジルから戻るのには時間が掛かる筈。その内に、やる事を全て片付けてしまおう。


 ……が。


「⸺、ぁ」


「残念だったな」


 ポ〇キーを掴んだ手が、それを再び手放してしまう。


 当然だ、彼の胸は細長いレーザーに貫かれているのだから。


「可怪しいとは思わなかったか?」


 下手人は、ニヤニヤと笑いながら言う。


「名乗り上げた社畜戦隊モーイヤジャーの数は九人。しかし人数は一〇人。一人分の差が有るとは、思わなかったか?」


「……、ぁ」


「それに気付かなかったのが貴様の運の尽きだ。今ここで、死ね」


「……………………」


 ドサリ、と。


 体調は前のめりに倒れた。


「……おっと、名乗ってなかったな。俺の名前は『クウキウスイトランスペアレント』だ。クラスの人数を数える度に数えられ損ねて『あれ!? 一人足りない!?』を引き起こす男だな」




      ◊◊◊




 声が、聞こえる。


『負けないで』


 儚い、消えてしまいそうな声だ。


『⸺負けないで』


 声は何か、同じ事を言い続けている。


『⸺⸺負けないで』


 それはとても懐かしい、安心を齎す声だった。


『⸺⸺⸺負けないで』


 体調の事を大事だと思っている、体調に取っても、大事な人の声。


『⸺⸺⸺⸺負けないで』


 もう、声は儚くない。はっきりと、聞こえる。


『勝って、一緒に帰ってきて』




      ◊◊◊




 ここで、読者の皆様には大事な事をお伝えしなければなるまい。


 先程、作者は親の機嫌が悪いのを察知して早目に寝たと書いた。あれは嘘だ。実は寝てなんかない。日付は既に変わった。もう立派な夜更かしだ。


 何度でも言おう、御免なさい。


 そして、お休みなさい。




      ◊◊◊




「ぅ……ぅーむ…………」


 さて、作者が就寝した一一時間後。


 起床し朝食を食べ、少し勉強した作者は執筆を再開した。


 気絶する直前が直前だ。余り好い目醒めを体験できなかった体調は後頭部を掻きながら上体を起こす。


 場所は社畜戦隊モーイヤジャーと激戦を繰り広げ、邪気眼ビームアイが死に、クウキウスイトランスペアレントにやられたあの廊下⸺ではなかった。見知らぬ小部屋だ。どうやら、気絶中に運び込まれたらしい。殺されなかった理由は⸺それを考える事こそ時間の無駄という物だ。体調は傍に置かれていたポ〇キーを拾い上げ、取り落とさない事に些細な感動を覚えつつ立ち上がった。


 部屋は石で出来ていた。壁も、床も、天井も全て重厚感の有る暗い石だ。壁の或る面には扉が有り、体調はそれをつついてみるも、返ってきた感触から只の飾りである事を見抜いてしまった。脱出の目を絶たれた体調は、まぁこの侭放置という事は無いだろうと楽観して、高い所に有るランプにポ〇キーを投げ当てる遊戯に興じた。


 そして年月は過ぎる。


 扉が開かれたのは、体調の感覚で二九.八七四七五年と一三.四七九九四四六ヶ月が経ってからだった。


「はぁ、折角バカンスを楽しんでいたのに、はぁ。僕を呼び戻すなんて、君も罪な男だ」


 ハリボテだった筈のドアを開けて中に入ってきたのはもやし男だった。


「お前は……」


「残された唯一の糱人モヤシアンにして四天王最強、モヤモヤモヤシ」


 あんまりな名前に体調は顎を落とした。


「付いて来い。覇王様に命令されたから、お前を傷付ける様な真似はしないよ。⸺多分」


 体調は彼を信ずるべきか否か、迷った。


 この部屋に居ればいつの間にか飯が出るし、トイレはその辺にすれば勝手に掃除されるし、シたいと思えばティッシュとオカズが出る(但し、体調はティッシュを使わない派である)し、寒さを感じればオフトゥンも出る。ここに居れば一生を怠惰に過ごせるのだ。果たして、ここを出ていくメリットは有るのだろうか。


 思考が加速する。一秒が一年にも加速された様な感覚。脳細胞が限界を超えて動き、体調の禿頭から流れ墜ちる汗は軈て海と


「ううぉぉぉぉぉ神話キャンセル行きます行きます行きます!!!!」


「神話をキャンセルするなんて、愚かな人間も居たモンだね。⸺付いて来い」


 どうやら、長きに渡る孤独で頭がイカれていたらしい。この部屋に残るかどうか、それは本来悩むべきではない事なのだ。別にここでなくとも、家に帰れば部下が彼を怠惰にしてくれる。同じ怠惰になるならば、敵の居城ではなく自分の家でなるべきだ。


 ドア枠を潜った先は部屋とは違い黒い高級感の有る通路だった。あんまりな変わり様に体調は顎を落とす。モヤモヤモヤシはそんな彼を気にする事無く先に行き、勝手に話す。


「ここは《神秘の間》。有りと有らゆる真理に就いて知る事ができる」


「爆破して宜い?」


「駄目に決まっているだろう。殺されたいのか?」


 尊大に威張る彼だが、正直噛ませ犬sの皆様と同じぐらいの強さしか感じられない。社畜戦隊モーイヤジャーの一〇人の方がもっと強かったぐらいだ。邪気眼ビームアイはもう無いが、ポ〇キーさえ有れば彼に遅れを取る事など有り得ない。


 しかし通路は複雑であり、彼無しだと迷う事待った無しである事は簡単に予想が付いたので、体調はモヤモヤモヤシに嫌々従った。


 右に四八七四回、左に五回、上に三回曲がった所で、彼らは大きな部屋に出た。


「ここに君を連れてきた事で僕の仕事は終わりだ。バカンスに戻らせてもらうとするよ」


 そう言って何の説明も無くモヤモヤモヤシは消えた。何なのアイツ。


 部屋は大きい割に物は殆ど無かった。壁に装飾など有る訳も無く、というかそもそもランプや電灯も無い。有るのは中央に鎮座する台座と、その上の青白い物体だけだ。


 その物体の色はscratchで言えば色50、鮮やかさ100、明るさ100な色だった。形は球形とも正八面体とも付かず、本来全く別物である筈の二つの立体の両方の特徴を持っている様であった。体調は漠然と正八面体が男を、球形が女を表しているのだろうなと思った。大外れである。


 青白く輝くそれに、体調は明かりに引き寄せられる蚊の如く歩み寄った。


 そしてそれに、触れる。


「…………………………………………」


 何も無かった。


 何だよコレ、と体調は憤怒を覚えて台座に蹴り付ける。


 と。




 ⸺体調隊長、五式覇道回路戦車の設置、完了しました。


 ⸺後は七式陽光覇散型覇術装置の設置さえ終われば完了であるな♡


 ⸺休んでる時間は無いのである♡ 皆の者ぉ、戦意はどうである♡かあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?


 ⸺千夜都は強敵である♡ それは幾度も敗れたこの私の身に最も染みているのであろうである♡ 今宵こそは、絶対に斃してやるのである♡


 ⸺ミー達はぁ! トゥナイットゥ! 遂ぬぃ! 千夜都を斃ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっす!!!!!!!!


 ⸺ミーはぁ、負けませぇーん! お前達もぉ、精々負けない様に頑張れおるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!


 ⸺この時を待っていた……! 食らぇい!


 ⸺部下ァァァァァァァァッー!!!!!!!!


 ⸺あぁ、俺もだ、部下! 俺も、お前の事が好きだった……!


 ⸺済まんよぉ、済まんよぉ、助けてやれなくて…………!!!!


 ⸺……。…………。……………………。


 ⸺待ってろよ……覇王!


 ⸺部下の仇は……必ず取る!!!!!!!!




「ぬっ……ぬわーーーーーーーーっ!!!!!!!!」


 痛い。


 頭が、痛い。


 流れ込む記憶の奔流。忘れていた、否忘れさせられていた記憶の渦。何故、どうして、一体何で忘れていたのか⸺決まっている、千夜都の覇術[記憶消去デリート]だ。


「お、俺、わ、私、お、おたし? 私は、俺は……」


 頭の中でせめぎ合う二つの記憶。"俺"と"私"。千夜都は斃すべき宿敵だ、否救うべき大切な人だ。どっちだ。正しいのはどっちだ。どっちもだ。この世界は、千夜都の覇術の上で成り立った仮初の世界に過ぎない。なら正しいのは"私"⸺? 馬鹿言え、"俺"も現実に有る。どっちも正しくて、片方だけが正しいなどと決め付ける事ができない。どちらもに思い入れが有り、どちらにも嫌な事が有る。接近-接近型であり回避-回避型でもある葛藤。いやこれは葛藤と呼べるのか? 葛藤というよりかは二つの異なる自己の主導権の奪い合い、言わば複数人格の人格同士の戦争だ。そう、戦争なのだ。どちらかがどちらかを攻め滅ぼすまで終わらない、永遠の闘争。ならばする事は一つ⸺戦え。そうだ、戦うんだ。"私"が"俺"にローキックを打つける。"俺"はそれを避けてお返しの右ストレートを。"私"はその拳を掴んで投げ、"俺"は受身を取ってその勢いで"私"を投げ返す。同じ者同士、同じ経験に思考回路。両者の争いに、果たして決着は付くのだろうか。そもそも決着とは何か。片方がもう片方の記憶を完全に脳外に排出する事なのか、片方がもう片方を伝聞記憶として処理する事なのか、それとも両者がそれぞれを受け容れる事なのか。判らない、判らない、解らない。勝利条件が不明瞭になれば当然争いは止まり、後には頭を抱える二人の体調が残される。停滞が訪れる。答えは出ない、二人とも動かない。今はどちらも隙だらけで、どちらか動いた方の勝ちが確定する状況であるのに、どちらも動かない。動くとすればそれは完全に、一プランク時間のズレも無い同時になるであろうが。ならば、少しでも早く動くべきではないか! 矢張り二人は同時に同じ結論に達し、殴り合いを始める。技も術も防御も無い、単純な殴り合い。鼻血を流し、片目を潰し、歯を半分程欠かせ、片腕は動かず、真面な構えを執る事すら侭ならず、そしてそれを認識する思考すら失って、それでも彼らは残った片腕で殴り合う。殴って殴って、何の為に? 自分が残る為に。相容れない"俺""私"を排除する為に。殴り合って殴り合って殴り合って殴り合って、腕は潰れてしまった。それがどうした、まだ頭が有るじゃないか。頭を打つけ合う。衝撃に目が眩み星が見えるが、視覚に頼った戦い方は疾うの昔に捨てている。相手は曲がりなりにも自分なのだから、自分が予測した場所に居るのは当たり前だ。だから、視覚は要らない。最低限の勘を導き出す脳さえ残っていれば宜い。頭突き合って頭突き合って頭突き合って、遂に頭が割れる。危うく中身が零れ掛けて、二人はとうとう頭突きを止めた。頭はもう使えない。ならば足だ、相手を蹴っ飛ばせ。相手の腰の辺りを狙って蹴って、バランスを崩して転倒してしまった。起き上がろうにもそれに必要な腕は潰れている。二人は倒れた姿勢の侭動く事ができなくなった。動けない動けない動けない、勝てない。勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない勝てない勝てないかてない。残れない残れない残れない残れない残れない残れない残れない。この侭では消えてしまう。それは嫌だ。積み重ねてきた物を、喪い無くしてしまうのが嫌だ。大好きな物や人をもう『大好きだ』と想えなくなるのが嫌だ。だから、相手より一プランク時間でも早く立たなければ。だというのに、体が動かない。立たなければ、立たなければ、立て立て立て立て立て立て立て立て立てたてたてたてたてたて。いまたてば、かてる。あいてはまだたっていない。なぜならじぶんがまだたっていないのだから。おなじそんざいなのだから、じぶんがたつまであいてはたてない。……? そしたら、あいてよりもじぶんがさきにたつなんて、ふかのうではないか? あいてがたつのとどうじにじぶんがたち、じぶんがたつのとどうじにあいてがたつのなら、ふたりがたちあがるのはかんぜんにどうじで、かたほうがせんずることなどありえない……いや、むだなしこうはよせ。かて、かつんだ。そのためにたつんだ。『……………いで』あぁ、あきらめないさ。おれわたしはかつんだからな。『…………ないで』あぁ、わたしおれはあきらめない。あきらめないぞ。きえてたまるか。『………わないで』あぁ、あきらめ……? 『……そわないで』『…らそわないで』『あらそわないで』






『同じ"自分"でしょう?』






































































































 ⸺ぁ。








































































































      ◊◊◊




「……………………」


 千夜都は待ち構えていた。


 誰を? それは愚問だ。体調に決まっている。彼女が待ち恋い焦がれる相手は彼以外に有り得ない。


 先程から、下階では激しい戦闘音が聞こえていた。体調とモヤモヤモヤシ、そして社畜戦隊モーイヤジャーの生き残りことオレオレ詐欺レッド、NTRブルー、イヤナヤツホワイト、クウキウスイトランスペアレントだろう。彼らには悪いが、千夜都は体調の勝利を確信していた。記憶を取り戻し、単純に倍の経験を得た体調に彼らで敵うとは思えない。


 現に、今壁を突き破ってクウキウスイトランスペアレントが部屋に突っ込んできた。


「ぐぁっ! かっ、はっ!!」


 幾ら彼の空気が薄かろうと、これだけ派手に入って来られれば気付く。息も絶え絶えの彼は壁に減り込み、部屋に入らんとしている何かを酷く恐れている様であった。


 カッ、カッ、と。


 硬質な足音を立てて、クウキウスイトランスペアレントの仇が最上階の数センチ下に乗り込んでくる。


 大柄にして筋骨隆々。旧き好き『強さ』を体現した外見の男。


 からだ調しらべてからだ調しらべる⸺或いはたい調ちょうたい調ちょうの、登場だ。


 しかし、その体は至る所に裂傷を刻んでいる。オレオレ詐欺レッド達の奮戦の証⸺ではあるまい。引っ掻く様な傷の数々は、彼が二人の"自分"の間で揺れ動き、その果てに刻んだ自傷、その結末だ。


「よぉ、千夜都である♡」


「……体調」


 千夜都は、彼がからだ調しらべてたい調ちょうの混ざり合った不安定な状態であると察した。


 からだ調しらべてたい調ちょう、二つの記憶の間で揺れた彼がどちらを選んだのか⸺それは、まだ判らない。


「⸺貴方は、どっち?」


 だから、訊く。


 判らない事は訊く。実に当たり前で理に適っている事だ。


「⸺、『どっちか』である♡か?」


 体調はその質問をしっかりと咀嚼して、


「⸺、愚問だな」


 そう結論を下す。


「今の自分は"俺"であり"私"である♡ 今やからだ調しらべてたい調ちょうは同一の存在。最早両者の間に違いなど無い。"俺"は"私"、"私"は"俺"である♡」


「……………………、そう」


 体調の下した結論は、千夜都に取っては完全に予想外であった。両者の同化など、有り得る事ではないと決め付けていた。


「……じゃぁ、私をどうするの?」


 からだ調しらべてに取って、千夜都は救うべき大切な存在。


 たい調ちょうに取って、千夜都は部下を殺した、復讐すべき相手。


 同化という結論を出した彼が千夜都の処遇をどうするのか⸺それは完全に未知数であった。


「⸺、愚問だな」


 千夜都の質問に、体調はまたもその結論を下す。


「⸺お前をボコした上で救い出すに、決まっているのである♡!!!!!!!!」


 体調はポ〇キーを抜き放ち、全力の突撃を敢行する。


「⸺面白い!!!!」


 千夜都は体調の結論に一頻り笑い、プリ〇ツを構える。


「⸺ならば全力で相手してやらねばなるまい!!!!!!!!」


 大上段からの斬り付け。


 それを両手でプリ〇ツを構えて防ぎ、獰猛に笑う千夜都は体調に足払いを掛ける。


「⸺ぬぅん!!!!」


 体調は電流態へと返信してそれを回避。その侭千夜都の中に流れようとする。


 しかし哀しいかな、アップリウムは金属でありながら絶縁体でもあるという大変貴重な物質だ。大した影響を与える事はできずにその目論見は頓挫する。


「糞……ッ!!」


 失望している間も攻撃が止む事は無い。


 実体に戻ったその一刹那後、プリ〇ツが体調の腹を狙う。体調はターンで回避を試みるも、丁度腎臓の辺りを貫かれてしまう。


「ッラァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 雄叫び。


 吼えに吼えて、体調はその体を全てエネルギーに変換する。


 彼の体重は85.682[kg]。それを全てエネルギーに変換した場合、その量は有効数字を五桁として7.7007× 10^9[J]。


 20℃の大気x[kg]を7.632× 10^6/x[℃]暖かくする事のできる熱量だ。


 詰まり、概算で幅15[m]× 奥行き15[m]× 高さ3[m]教室の気温を八七〇〇度程上げる。


 は?


「⸺」


 凄まじい熱量。覇王城のパーツというパーツ、それを構成した物質という物質が酸化する、燃える、焦げる⸺否、事態はそれに収まらない。


 全てが⸺融ける。


 計算が面倒なので具体的な範囲は示さないが、まぁ、多分覇王城は無事では済まないだろうので、覇王城は全焼ならぬ全融したと述べておく。


「ヒュゥッ、ヒュゥッ」


 破壊若しくは融解ならぬ融壊の後。


 そこには肩で息をする(気管が肩に繋がり肩に穴を開けて呼吸しているのではなく、肩を大きく上下させて息をしているの意)体調と、それを耐え抜いた千夜都のみが残っていた。


「⸺壊したぞ」


 尤も、融点数千万度を超えるアップリウムで構成された千夜都を融かすには足らなかったが。


「⸺覇王城を、壊したのである♡!!」


 尤も、体調の目的は千夜都を直接害する事ではなかったが。


 彼の目的は覇王城の破壊だ。


 そう⸺


「UNESC〇のふてぇ文化遺産だったか? ンなモン知らねぇよである♡ これが壊れれば、『覇王』なんて役職も消えるだろうからよォ!!!!」


 そう。


 覇王最大のシンボルである、覇王城。


 世界最高の城は我であると傲慢に主張する様な。


 世界全ての富を集めた様な強欲を感じさせる。


 しかしそれで居てここの主人は怠惰であるとも痛感させ。


 何でも宜いから食べたいという暴食を想起させ。


 何でも宜いから抜きたいという色欲を召喚し。


 高い山に嫉妬を重ねていそうな。


 後はなんだ、取り敢えず憤怒な。


 そんな覇王城は、世間から見て最も判り易く解り易い覇王のシンボルなのだ。


 それが壊れれば、世間は一度は混乱するも、それ以降は緩やかに覇王その物を忘れていくだろう。


 そうすれば、《覇王》は消える。


「オマケに異世界から来た植物を荒らす悪者ってのも世間の記憶から消えているのである♡ 《覇王》を消せば、お前がそこに拘る理由は無くなるからなァ!!!!」


「⸺、ぁ」


「おいおい何か言ったらどうである♡かぁ? さっきの灼熱に喉も焼かれちまったかぁ? おっとぉ、お前に喉は無かったである♡な!!!!」


 ガーハッハッハと、愉快豪快に笑う体調。


 そんな体調を、千夜都は震えながら見詰めていて。


「……? おいどうした?」


「………ね」


 千夜都は俯いて顔に影を落とし、何事かを呟き続けている。


「…………? おいおい何なんである♡か」


「⸺死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」


 それは怨嗟であった。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。この城は私の思い出だったの。今は亡き父上様との、ラーとの、ヌウニタネナユナとの、オレオレ詐欺レッドとの、NTRブルーとの、ド忘れを起こす怪人イエローとの、居留守グリーンとの、悪魔ピンクとの、イヤナヤツホワイトとの、陰キャパープルとの、混乱オレンジとの、高笑いアッシュとの、クウキウスイトランスペアレントとの、ザッコとの、ヨーワとの、ヴスとの、モヤモヤモヤシとの、思い出の場所であり塊なの。彼らが死んでしまったのは、まぁ宜いわ。戦いの中で死ぬのなら彼らも本望だろうから。⸺でも、思い出まで奪うのは許さない。赦さない。勿論、貴方や部下との思い出も同じくらい大事よ? 同じくらい大事だから、赦せないの。貴方、部下との思い出の場所を爆破されたら、その爆破犯を赦せる? 無理でしょう? 私に取って彼らは恋愛の相手じゃなくても、親であり、家族であり、友人であった。在った。それを奪われて、私がどう思って、何を感じて、どの様な物を覚えているか、貴方に判る? ⸺判らないし、解らないでしょう。そのさ《・》が。当然ね、貴方はっ《・》のだから。喪ってないから、平気な顔して、『お前の為だー』とか叫びながら奪えるのよ。この泥棒が。まだ解らない? えぇ解らないでしょうね。だから例示してあげる、私のここでの思い出を。⸺或る日、オレオレ詐欺レッドとNTRブルーは私の為にパンケーキを作ってくれたわ、赤と青の縞々模様の。可笑しいわよね、だって混ぜたら陰キャパープルの色になっちゃうからとか言うのよ? 別に宜いじゃない、私は紫色というだけで彼を連想したりはしないわ。⸺或る日、ド忘れを起こす怪人イエローの悪戯でクウキウスイトランスペアレントが茶色に染まってしまった事が有ったわ。彼の最大の強みは空気に溶け込み相手に悟られず動き回れる事。そのアドバンテージが、全て消えてしまったの。慌てて当然よね。彼はラーに助けを求めて、結果悪魔ピンクが茶色を吸収したわ。悪魔ピンクを見て少し茶色いなとか思わなかった? その時からよ。⸺或る日、ザッコとヨーワとヴスが城を出て行くと言ったわ。修行をしたいんだって。父上様は賛成したわ、少しは世界を見て回るのも好いって。モヤモヤモヤシは反対したわ、寂しくなるって。ふふっ、彼も可愛い所が有るわよね。寂しいなら一緒に行けば宜いのに、彼には《神秘の間》の管理という大仕事が有ったから、それが無理だと思ってたのね。父上様はそれぐらいなら許してくれるのに。結局、ザッコ達は外の世界へ行ったわ。直ぐそこだけれどね。元々盗賊だったっていうヌウニタネナユナに教えを乞うて盗賊になったわ。とっとも小物な三人だったから、よく似合っていると思ったのを憶えている。⸺或る日、居留守グリーンと混乱オレンジが共謀して高笑いアッシュを嵌めたわ。高笑いがウザかったらしい。でもアレは流石にやり過ぎだった。高笑いアッシュは数年間生死の境を彷徨って、イヤナヤツホワイトの看病が無かったらどうなってた事か。まぁ、この事件のお陰で高笑いアッシュとイヤナヤツホワイトの距離が縮まって、結婚に繋がったのだから悪い事ばかりではなかったのだけど」


 他にも、或る日、或る日、或る日或る日或る日。


 そこには、沢山の思い出が有った。


「…………………………………………」


 彼女の叫びを聴いて、体調は沈黙した。


「どう、解った? 貴方が壊したのは、只のUNESC〇何とか遺産じゃない。私という鶏冠の思い出の沢山詰まった、言わばメモリよ。それを、私の為私の為だなんて言いながら、そんな訳無いでしょう?」


「⸺有るである♡」


 体調は沈黙を止める。


「俺が、この建物がそんな大事な物だとは知らず、また知ろうとする努力も気配りも足らなかった事は事実だ。⸺だが、矢張りこの城は壊されるべきである♡た」


「⸺!! 何で!!!!」


「⸺過去にしがみ付いてんじゃねぇ!!!!!!!!」


 体調は怒鳴る。雄叫ぶ。


「なっさけねぇである♡!!、 それがあの広場で俺を斃した女か? そんな訳無ぇである♡!!!! 俺を斃した女が、過去に縛られなきゃ生きていけねぇ弱い女だって事は、絶対に無ぇ!!!!!!!!」


「ッ⸺」


 その気迫に、千夜都がたじろぐ。


「過去に何の意味が有るである♡!?!? あ、御免今の無し無意味って事な無ぇよな。でも! 過去ってのは今や未来を犠牲にしてまでしがみ付くべきな物である♡か!?!?!?!? 断ッじて否だ!!!!!!!! 過去ってのはなぁ、より好い未来を作る為に有るのである♡!!!!!!!! 絶ッ対に、今を縛って未来を制限する為じゃぁ、ねぇんだよ!!!!!!!!!!!!!!!! 過去じゃなくて未来を見ろである♡! 後ろじゃなくて前を向け!! これまで歩いてきた、その記憶を元にこれからを歩くんである♡!!!! 過去なんて、少し忘れちまったなぁって時にだけ振り返れば宜いんだよ!!!!!!!!」


 千夜都が、パーツの無い顔をハッとした表情にする。


 それは、今まで忘れていた大事な事に気付かされた様な顔だった。


「父上様……」


 いつか、父がヌウニタネナユナに怒鳴っていた事を思い出す。


 ⸺過去過去過去過去過去過去過去過去って、うるッせェんだよ!! 鳥かおまいは!!!! ンな事より大事なのは未来だろうが! 過去ってのはなぁ、未来の為に有るんだよ!!!!!!!!


 覚えず、涙が零れた。


「ぁ、あぁ………ッ!!!!」


「泣くなっ、女々しいである♡ッ! ⸺お前はそんな女じゃ、ねぇだろうがよ」


「あぁッ…………!!!!!!!!」


 決壊する。


 今まで、『父に継ぐ事を頼まれたから』という実に後ろ向きな理由で、表面上は積極的に、しかしその裏では嫌々やっていた覇王業。その知らぬ間に溜まっていた鬱憤が、ストレスが、激情が、全て出る。排出される。


「うっ、うぅ…………ッ!!!!」


 無い膝を降り、無い手で目を拭う。


 その様は、完全に一人の女の子であった。


「⸺なぁんだ、弱いんである♡」


 そんな彼女に、漸くその事に気付かされた体調が歩み寄る。


 そして、その頭を優しく撫でた。


「よく今まで気張ってきたな、只の女の子の癖に。ほらほら」


「ッ!! ぎゅゔにやざ、」


 『急に優しくしないでよ』。そう言いたかったが、止まらぬ涙と嗚咽がそれを許さない。


 千夜都は、体調に撫でられながら、気が済むまで、泣き続けた。


 泣き続けた。




      ◊◊◊




 それはそれとして、からだ調しらべての目的を達した後はたい調ちょうの目的を達しなければならない。


「本当は逆が好かったである♡が……まぁ仕方無かろう」


 体調はポ〇キーを構える。千夜都もそれに合わせてプリ〇ツを構えた。プリケツではない。


 合図は要らなかった。


 轟! と音がした一刹那後には、二人の姿が掻き消えていたからだ。


「見せてやろう、我がポ〇キーのニューフォーム……半濁点移動!!」


 体調のポ〇キーから半濁点が取れた⸺かと思えば、それは少し右にズレた地点に固定された。


 即ち『ホ°⚪︎キー』である。


 ホ°⚪︎キー形態にする事の最大の利点は伏字⸺武器の力を制限する封印を小さくできる事だ。伏字が小さくなるという事は封印を弱めるという事に他ならず、詰まり武器の強化が望める。


 封印を完全に取っ払うホッキー状態と比して威力には劣るものの、一撃必殺のあちらと違いこちらは継続的に用いる事ができる。


 それは、体調が長期戦を意識しているという事であった。


 たい調ちょうからだ調しらべてが融合し、最強のコンディションを誇る今の体調の最強の一撃ですら、千夜都を斃し切るには足らないと、理解していたのだ。


「⸺シィッ!!!!」


 大きなホ°⚪︎キーの横薙ぎが千夜都を襲う。千夜都はそれをバックステップで回避しつつ、着地直後に地面を蹴ってプリ〇ツを体調の腹に突き刺そうとする。


「ギイェアァ!」


 体調は脚と足をドリルに変形し、地中に潜る事でそれを回避した。


 地中一万二七五六キロメートルまで潜行した体調は地面を飛び出しブラジルの人々を驚かせた後改めて地面に飛び込み、一万二七五六キロメートルの助走で以て千夜都を抹殺せんとする。


「ッ!?!?」


 しかし地面を潜って碌に速度が出る筈も無い。体調の攻撃は頭で千夜都の足元を小突き彼女を驚愕させるに留まった。


「ッッッラァ!!!!」


 足を元に戻した体調は強烈な蹴りの連撃を放つ。千夜都はそれを体を捻り、変形し、幽体化し、時には融解しながら避け続け、或る時遂に体調の足を掴んだ。


 攻守交替の時間だ。


 千夜都はその鶏冠の体形を活かしてグルグルと回る。当然、足を掴まれる体調は振り回される形になる。


「ううぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?」


 体調は地面に叩き付けられる。衝撃にホ°⚪︎キーを手放してしまいそうになったが、何とかそれだけは堪えた。


 一方、衝撃で体調を手放してしまった千夜都はプリ〇ツを構え、彼の攻撃に備える。


 ⸺戦いは、まだまだ続く。




      ◊◊◊




 ⸺クウキウスイトランスペアレントは、その戦いを茂みの中から見ていた。


 体調に蹴り飛ばされ玉座に叩き付けられていた彼だが、何とか体調大爆発の難を逃れていたのだ。生来の空気の薄さに因り存在を忘れられていたのも大きい。


 隠れる茂みを探すのに精一杯だったので千夜都が涙を流すシーンは見れていないが、それでも二人の壮絶な戦いは眼に映っていた。


 ⸺何というか、凄かった。


 クウキウスイトランスペアレントの語彙力ではそれしか言葉が出ない。


 周囲の被害を気にせず戦う二人は、クウキウスイトランスペアレントには眩しかった。コソコソと風景に溶け込んで、コソコソと背中を刺す事しかできない彼には。


「あぁ……」


 そういう戦い方をする人種が世界には居て、人口の大部分を占めているらしいという事は知っていた。自分がマイノリティだと知っていて、だけど寧ろそれが個性だと言い聞かせて、心の奥底に隠していた。何を?




 憧憬を。




 誰しもが目の釘止めを避けられないくらいに、派手な戦いへの憧れを。




 今までは問題無かった。空気の薄いクウキウスイトランスペアレントの事はあんまり話題に登らなかったし、誰もその心の奥底には踏み込んで来ようとしなかった。千夜都ですらだ。


 だから、今までその憧れは無問題に隠せられた。


 でも。


「あ、あぁっ、ぁぁ……」


 こんな戦いを見せられて、魅せられてしまってはもう隠せない。


 クウキウスイトランスペアレントの心に封じ込められていた憧憬が今、溢れ出す。


「ぁぁ……ぁぁ、ぁぁ…………」


 ぁしか言えない。彼の頭は憧憬に支配されているから。


 その憧憬は、脳の全てを、繰り広げられる激闘を記憶に刻み込む事に費やしているのだから。




      ◊◊◊




「ッアァッ!」


 実の所、体調は苦戦していた。


 千夜都のプリ〇ツの攻撃は苛烈にして精巧だった。回避は可能だが、受けるとなるとルートを変えられるし、食べようとすれば不味いのだ。


「クッ、疾風態!」


「それはさっき見たわ!」


 一〇〇〇の風になって歌おうとするも、千夜都のプリ〇ツに一万の破片に刻まれてしまったので不可能だった。


 既に、体調は切札を一つ残して切り切っている。


 残りの一つは向こうが切札を切らないと使えない以上、体調に打つ手は無い。


「ウクッ……」


 ⸺邪気眼ビームアイが生きていれば、と何度思った事か。


 自分の為に死なせておいて酷いとは思うが、それでも。


 右眼に封印を、左眼に発射口を感じるだけで、どれ程心強く感じられるか。


「えいっ!」


「うがあっ!」


 強かに顎を打たれた。脳が、震える。体調は突如として〇テルギウスに憑依され⸺ではなく、物理的に震えたのだ。所謂脳震盪である。


「うりゃ!」


「うげひっ!」


 強かに胸を突かれた。何か大事な事に気付いた⸺のではなく、物理的にだ。すんごく痛い。


「雑ァ魚雑ァ魚!」


「ゾクゾクッ……!?!?」


 辛辣な言葉に胸を刺された。物理的にだ。プリ〇ツを、胸に挿入されてしまった。体調の胸の処女は、もう戻らない。


 既に、体調はボロボロだった。


「……………………」


 既に立っている事すら難しい。よろよろと千鳥足で繰り出される攻撃はどれも稚拙で、回避受けどころかカウンターすらも簡単だ。


 体調の勝ち目は唯一つ。


 千夜都が、切札を切る事だけ。


 しかし、どうして千夜都が今のちょんと突いてしまうだけで死んでしまいそうな彼に切札を切れるだろうか(反語)。


「……………………」


「…………あの、ここで負けられると、私の気不味さが半端無いのだけれど」


 千夜都の微妙そうな声も、体調には届かない。


 彼の生命力は、既に耳に割く余力が無い程にまで消耗している。


「……………………」


 いや、その言い方は正確ではない。


 『耳に割く余力』ではなく『動く余力』だ。彼はもう、真面に動く事すら侭ならない。


「……………………」


 やり過ぎた、と千夜都は閉口した。


 生物学的に命を喪う事は無いだろうが⸺それでも、彼のたい調ちょうとしての命は喪ってしまうも同然だろう。一体どうすれば……と千夜都が焦り出した時。


「⸺貴方!」


 そんな、二人称が聞こえた。


 誰、などと迷う筈も無い。


「部下!?」


「貴方!! ⸺頑張ってください!!!!」


 驚愕する千夜都を他所に、部下は体調へ声を掛け続ける。


「負けないでください! 勝ってください、貴方!! ⸺勝って、帰ってきてください!!!!」




 ⸺想いは、いつだって、力だ。




 そして、力は空気を通して伝わる訳ではない。




 ⸺想いは、胸から胸へと、直接伝わる。




「……ぉ、ぉお…………」


 体調の声帯が動き始める。


 だらんと下がった侭止まっていた腕が、上がる。


 彼の眼に、光が灯る。


 部下に因り戦う力を取り戻し元気一〇〇倍となった彼は、ホ°⚪︎キーを振り翳し前へ歩む。


 ⸺勝利へと。


「……漸く、見れる顔になったわね」


 千夜都は、その闘気に満ち溢れた顔を見て、良しとなされた。


「⸺食らうが宜いわ。貴方が呉れた、最強の技」


 千夜都は、遂に切札を切る事を決める。


「これに耐えたら、貴方の勝ちよ。⸺フリッツ」


 ⸺プリ〇ツから、半濁点が分離する。


 即ち、フリッツへとなる。


 ⸺フリッツの、全世界のフリッツ氏の信念が込められた一撃が、体調を襲う。


「⸺」


 純白の光の奔流が、体調の胴体を強かに打ち据えた。




 体調は、吹き飛ばされた。


 部下は、その光景を見ていた。


 千夜都は、確信していた。




 ⸺軈て、光が晴れる。


「貴方!」


 最初に声を上げたのは部下だった。


 体調は、覇王城の残骸に打ち付けられていた。


 そして、


「あ……」


 生きていた。


 挙げられた右手に、思わず部下の声が漏れる。


「⸺貴方の、勝ちよ」


 千夜都はフリッツを下ろし、体調を称賛した。


 一方の体調は、


「……ぁ、だ…………」


「?」


「……むぁだ…………」


「……?」


「⸺まだ、勝ってねぇ!!!!!!!!」


 雄叫びと共に跳び上がる。


 着地と共に足を挫きつつも、彼はその右手に掴んだ物を堂々と掲げる。


「まだである♡! まだ、俺は勝利の鍵を手に入れただけだ!! まだ、私は勝ってねぇである♡!!!!」


 体調の右手に掴まれている物。


 それは⸺千夜都が投げた、半濁点だった。


「それが……どうしたの?」


「あぁ、俺は勝つさ、もうな。でも、まだ勝ってないである♡ まだ勝ってない相手に、勝ったとか言うんじゃねぇ」


「わ……解ったわ」


 体調の気力に押されて、千夜都は取り敢えず頷いた。


「⸺私は、これから最後の切札を切るである♡」


 体調はそう宣言した。


 ⸺即ち、千夜都が切札を切らないと使えない切札を、漸く切るのである。


「俺の新技、覚悟して食らうが宜いさ」


 千夜都は神妙に頷いた。


 体調はホ°⚪︎キーをポ〇キーに戻し、それと半濁点を組み合わせた。


「…………?」


 それでどうなるの、と千夜都はパーツの無い顔を不可思議で埋めた。


「宜いか? 半濁点ってのは、半分の濁点だ」


 体調はポ〇キー+°をガチャガチャと調整しながら説明する。


「だから、半濁点を二つ合わせりゃぁ濁点ができるである♡」


 調整を完了した彼は、出来上がった物体を千夜都に向ける。


 彼女は、既に彼の言わんとする所を理解していた。


「即ち⸺最強」


 ⸺半濁点が付いていないので、伏字にする必要が無くなる。詰まり、武器本来の力を封印する物が無くなる。


 それに加え、半濁点の力を失っていないどころか一つ分余分に得ている。


 詰まり⸺これは、単に封印を解除しただけであるホッキーよりも、強い。


「食らうである♡ ⸺ボッキー」


 断じて勃起ではない。


 ボッキーの先端から放たれる極太で真っ直ぐな純白の塊は、一直線に千夜都へ向かう。




 ⸺勝負は、決した。




 ボッキーになんて、勝てる訳無いよぉ……




      ◊◊◊




 体調は七年の入院となった。


「いやぁ、足を挫いただけなんだがなぁ」


「挫き方が悪かったのよ」


 でも流石に七年は無いだろう。


「医者の言う事は絶対よ。ほら従った従った」


「あいあいである♡」


 何たって医者は覇王よりも偉いのである。


 尤も、覇王は消えたが。


 ⸺あの戦いの後、千夜都は皆の記憶を元に戻し、その代わりに覇王の記憶を消した。


 皆覇王の事は忘れたが、千夜都の事は思い出したのである。当然、部下も。


「只今戻りました」


 買い出しに行っていた部下が病室に戻ってきた。買ってきたトイレを体調に与え、体調は礼を言ってそれを頬張る。なんとヴィジュラン一〇〇〇星の店の超高級品だという。美味しそうなので千夜都も少し分けてもらった。不味かった。


「千夜都さんとのお話は済みました?」


「いや、それがまだなんだ。⸺今度は、お前に隠さずに、堂々としたいである♡からな」


 体調は部下に心持ちを伝えた後、千夜都の方に向かい直った。


「千夜都」


「……はい」


 千夜都は、銀色の鶏冠はこの後何を言われるのかを察し、顔を赤らめてモジモジしつつ返事をする。


「結婚してくれ」


 そして、体調の差し出した結婚指輪に体中を赤くした。赤い鶏冠の出来上がりである。


「い、宜いの?」


「あぁである♡」


「部下も?」


「えぇ。よくよく考えれば、この人は私一人で独占するには大き過ぎますから。二人で丁度良いぐらいじゃないですか?」


「……私、アップリウムだけど」


「大丈夫だ。⸺無機物に発情するなんて、お前を口説くより容易いである♡ 俺はバイ⸺否、全ての概念をも超越して勃起できるスーパーマンだからな」


 何それ、と千夜都は吹き出した。


 丁度良く緊張も解れた所で、千夜都はその結婚指輪を手に取った。


「⸺その求婚、謹んでお受け致します」


「⸺おぉっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 体調は大歓喜した。


 その時に暴れ過ぎて、入院期間が一〇〇年伸びた。


 ⸺退院後。


「おめでとう、貴方」


「好かったわね」


「……………………」


 部下と、千夜都と、邪気眼ビームアイの亡霊と。


 三人の彼氏彼女に囲まれて、体調は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。






































































































 ⸺そして。


「糞ッ、糞ッ、糞糞糞糞糞ォッ!!!!」


 臭い言葉を吐きながら、暗いトンネルを歩むクウキウスイトランスペアレントが独り。


 ⸺彼は、ボッキーの影響で右腕を喪っていた。


 ボッキーの一撃は彼の隠れていた茂みをもその範囲に含んでいた。何とか命だけは取り留めたが、それでも右腕が再び動く事は、無い。


「糞がァ⸺!!!!」


 彼は、慟哭していた。


 憧れている。戦いに。コソコソとした戦いではなく、多くの人の心を掻き立てる様な、激しい戦いに。


 しかし、それが彼にはできない。生まれ付き空気の薄い彼にはコソコソとした戦い方しかできない。


 それに、彼は慟哭していた。


「糞ァッ! 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞⸺」


 ⸺想いは、力になる。


 誰かを想う真っ直ぐな気持ちは、真っ直ぐな力に。


 そして、自らを憎む気持ちは⸺


「糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞」


 ⸺他者を憎む力へと。


 クウキウスイトランスペアレントの透明な体に色が付く。色は濃くなる。赤と青が混じった様な色だ。


 空気が薄い者の成れの果ては、大抵は決まっている。


 ⸺陰キャである、と。


「糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞⸺」


 ⸺余りにも強すぎるとして、作者直々に手が下った規格外、陰キャパープル。


 ⸺彼が、世界に、再降臨した。

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真・体調伝 椰子木二太郎一 @coconat_21

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