「永遠」

 不死の妙薬になるかもしれないガラスケースの中の少年を巡って、参加者たちは目の色を変えて入札し始めた。


「3億1千ドル!」


 はじめに勝負に出たのは、女優の首藤美由紀しゅとうみゆきだった。


「女優はね、いつまでも若いままでいたいのよ! 不老不死なんて夢のまた夢、というところね」

「それならこっちは3億5千ドル!」


 続いて台湾の実業家、林玉慧リン・ユイフェイが畳みかける。


「新規事業として製薬会社というのもアリだな、美術品よりいい投資になりそうだ」

「そんな不純な動機で負けてられるか、3億6千ドル!」


 収集家のウェイス・ゴロンドリナも負けていられない。


「欲しいものは何だって欲しい! 不老不死のおまけつきだと!? 黙っていられるか!」

「不純な動機はどっちだ!? 3億8千ドル!」


 デザイナーのフレイム・エイブがひときわ大きな声で入札する。


「俺はヴァルクの絵に関してはうるさいぞ。彼が一時的にでも成功したのは、この天使のモチーフを描いてからに他ならない。それを知ってから、俺はずっとこの天使を追い求めてきた。今目の前にあるのが、芸術の神の化身だ。いくら出しても惜しくはない!」


 参加者たちは入札をしていくが、メイキーはただその場に立ち尽くすばかりだった。


「どうしたんですか? 入札されないのですか?」

「だって、不老不死って、あいつ、つまり……」


 化け物。


 その言葉をメイキーは押しとどめる。確かに、メイキーは少年の美しさに魅入られていた。しかし、その少年を所有する権利を金で買うという行為にメイキーはおぞましさを感じていた。


「これって、人身売買とかにならないのか?」

「相手は百年も姿の変わらない化け物ですよ、人間と同じ法律が適用されるとは思えませんね」


 オーレリアンはじっと少年を見つめる。少年は力なく椅子に縛り付けられているばかりだった。


「もしかしたら、本当にただの人間の子供かもしれませんよ」

「それを落札したら、僕はどうなるんだ?」

「さあ」


 メイキーが躊躇している間に、オークションは進んでいた。


「4億ドル、4億ドルだ!」


 ウェイスが声高らかに叫んだ。


「この際金に糸目はつけん。不老不死の秘密さえわかれば、後はいくらでも金は手に入る! まずはモノを手に入れないとな!」


 ウェイスの提示した金額に、他の3人は悔しそうな表情を浮かべる。


「4億ドル、さあ他にいませんか?」


 宮津は入札をしないメイキーをじっと見る。すると、メイキーの後ろでオーレリアンが宣言した。


「8億ドル。どうですか、どなたか出せますか?」

「ちょっと、何勝手なこと言ってるんだオーレリアン!?」


 メイキーが慌てる。いきなり倍の金額をふっかけられて、ウェイスも他の3人と同様悔しそうな表情を浮かべる組へ回った。


「ご心配なく。今はただ、あの子をケースから出すことだけを考えましょう」

「え、確かに可哀想だし……って、でもだからってあいつを金で買うっていうのは」

「買うのではありません、ケースを開けるために金を支払うのです」


 いつも付き従っているオーレリアンが急に強気になったことで、メイキーは不吉な気配を感じる。


「でも、さすがに急に8億ドルは用意できないぞ」

「いいからあなたは黙っていてください」


 宮津は他の参加者の表情を見比べる。先ほどまで息巻いていたウェイスも8億ドルに対抗する気がなくなったのか、血が出そうなほど唇を噛みしめている。


「それでは8億ドルで、メイキー・ストーン様に落札です!」


 宮津はオークションハンマーを高らかに鳴らした。その瞬間、メイキーは8億ドルの工面とこの少年の処遇についてどうすればいいのか頭を抱えることになった。


「おい、心配するなって言ったって限度があるだろう」

「マスター、今すぐ彼の拘束を解いてくれ。私が彼の所有者だ」


 混乱しているメイキーを余所に、オーレリアンは宮津に迫っていた。


「事前に小切手を、と思いましたが……外に出すくらいならいいでしょう。正式な身柄の引き渡しは後日支払い後に行いますからね」


 宮津はオーレリアンの勢いに押されて、ガラスケースの蓋を開ける。それから椅子の拘束を解き、少年をケースの外へ出した。


「長いこと彼はこのままです。生命活動は見られますが、呼びかけや刺激には一切反応を示しません。ここ数十年は食事もとらずに、ただぼんやりと座っているだけです。一体竹村の手によって何をされていたのかわかりませんが……」


 宮津は少年をオーレリアンに託す。オーレリアンの腕の中で、少年は弛緩していた。オーレリアンは少年を抱え直し、ぼんやりと見開かれたままの瞳をのぞき込む。


「ようやく見つけ出した、ファン


 それからオーレリアンは少年に深く口づけをした。宮津を始め参加者たちが目を白黒させている間に、色をなくした少年の頬が薔薇色に染まる。


「あれ、ここは……兄様、どうしてここに?」


 少年が口を開いた。少年に兄と呼ばれたオーレリアンは、今度こそ微笑んで少年を抱きしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る