「我が生涯」

 後日、メイキーはオーレリアンを伴って指定された場所へ出向いた。するとリムジンがやってきて、二人を乗せて別の場所へ移動すると告げる。車に乗り込むと窓が塞がれており、どこを走っているか判別ができなくなった。


「場所も秘密なのか、いよいよ秘密のオークションらしいじゃないか」

「しかし、これが誘拐だったらどうするつもりなんですか」

「虎穴に入らずんばなんとやら、だろう?」


 オーレリアンの心配を余所に、メイキーの心は最後の竹村コレクションに躍っていた。しばらくしてリムジンが止まって、車の扉が開かれる。勢いよく飛び出したメイキーの前に、例のオークションマスターを務めた男が待ち構えていた。


「確かに、メイキー様で間違いないですね」


 オークションマスターは宮津みやつと名乗り、ここは讃岐製薬の秘密の研究所であることを告げた。研究所の位置情報を取得したり、オークションに参加する中で知り得てしまったことを口外したりしないことを一筆書かされ、メイキーはオークションへの正式な参加を認められた。


 それから宮津は、メイキーとオーレリアンを待機場所と思われる部屋に案内する。そこには、メイキーも名前を知っている大物ばかりが既に顔を揃えていた。


 先日のオークションで未発表作を落札したデザイナーのフレイム・エイブ氏。

 IT業界を中心に世界中で目覚ましい活躍をみせている台湾の実業家、林玉慧リン・ユイフェイ氏。

 ブロードウェイを皮切りに各所で大成功を収める魅惑の女優、首藤美由紀しゅとうみゆき氏。

 私設の美術館を持ち、古今東西の美術品を集めている収集家のウェイス・ゴロンドリナ氏。


「そして僕たちを含めて、5組というわけか。錚々そうそうたるメンバーだ」

「流石、竹村コレクションに集まってくる人物は格が違いますね」


 参加者たちは名のある者たちらしく、各自はそれぞれが秘書や恋人などを連れてきていた。首藤美由紀が恋人らしい男と腕を組んでいるところをどう見逃すかを参加者たちが考えていると、オークションマスターの宮津が語り始める。


「それでは、全員お集まりになられたでしょうか」


 全員が一斉に宮津に視線を向ける。


「ここにお集まりの皆さんは、先日行われたオークションにて、価値ある美術品をたくさんお買い上げ頂きました。そこで、ここで本当に竹村コレクション最後の逸品をお目にかけたいと思います」

「その逸品とやらも、オークションの対象なんだろうな?」


 フレイムが即座に宮津に確認する。


「もちろん。これから特設会場にご案内いたしましょう」


 それから一同は宮津に連れられ、研究所の地下へ向かう。二手に分かれてエレベーターをいくつか乗り継ぎ、研究所内の複雑な道を歩いていく。そして、ある部屋の前で宮津はようやく立ち止まった。


「こちらの部屋にあるものが竹村コレクションの、本当に最後の商品です」


 オークションハンマーを片手に宮津が部屋の照明をつけると、部屋は薄暗いまま一点だけが明るくなった。そこにある照らされたものを見て、参加者は度肝を抜かれた。


 そこにいたのは、服装を含めて先日落札されたヴァルクの未発表絵画に描かれた少年そのものだった。しかし、絵画の中ではこちらを挑発するように見つめていた力強い視線は実物にはなかった。彼はガラスケースの中でぐったりと椅子に座らされ、椅子から落ちないよう手足を拘束されていた。人形のような表情は虚空を彷徨い、意思を全く感じられなかったがその姿すら何か惹きつけられるものがあった。


「な……」


 参加者たちが絶句しているところに、宮津が前に出る。


「こちらの商品名は『永遠』です」


 宮津はガラスケースの隣に立った。


「商品、って……本物の人間の子供じゃない!」


 女優の首藤美由紀が真っ先に悲鳴を上げる。表情こそ乏しかったが、ガラスケースの中の少年は人形などではなく確かに生きているようだった。動揺する一同を前に、宮津が進み出る。


「ヴァルクの未発表の絵画のモチーフであることはみなさんお分かりでしょう。それでは、この少年が一体何者かという物語を先に申し上げましょう」


 宮津は懐から紙片を取り出し、そこに記されたことを読み上げる。


「この少年はヴァルク存命時からの姿を保っています。彼が書類の上で没したのは今から80年ほど前とされていますが、彼は見ての通り絵画の姿のままです」


 参加者たちは先日見た未発表の作品を思い出していた。ヴァルクが天使のモチーフを頻繁に書くようになる少し前の作品であることを加味すると、この少年は百年ほど姿を変えていないということになる。


「そのことについて、とても興味深いデータがあります。老化をしない彼について極秘裏に讃岐製薬で調査と実験を行いました。結論から申し上げると、彼は我々人間と違い、とんでもない不老長寿の存在であることがわかりました。ざっと計算すると、老化現象は我々の数万分の一程度であるそうです」


 オークションの参加者たちの間に緊張が走る。宮津はスクリーンを出すと、プロジェクターでネズミの写真と表を映し出す。


「ここにラットの実験結果があるのですが、彼の体液を摂取した個体は寿命が通常のラットの数倍は軽く伸びたという話です。詳しい資料が必要なようでしたら、後でお渡しいたします。残念ながら、人体実験の結果はないんですけどね……」


 宮津はプロジェクターの電源を切り、紙片を懐にしまった。参加者たちの顔色が先ほどと違うのを彼は伺う。


「つまり、こいつの血が不老不死の薬になるっていうのか!?」


 収集家のウェイス氏が身を乗り出す。宮津が大きく頷くと、参加者たちの間からため息が漏れる。


「研究の結果、血液をそのまま用いても寿命は延びるだけで不老の効果は得られなかったそうです。そこで血液を解析し、それが讃岐製薬で開発された製品に生かされているとのことです」


 実業家の林玉慧が唸るように発言する。


「それに……亡くなった元社長は随分なご長寿でしたね、まさか」

「それは、各自の判断にお任せします」


 宮津はその件については明言しなかった。しかし、元社長の115歳という平均寿命を逸脱した享年が様々なことを物語っていた。


「もし今話したことが全部嘘であるなら、私はあなた方から先日頂いた代金をそっくりそのままお返しいたしましょう。もちろん、商品をお返しする必要はありませんし、私を詐欺罪でも何でも訴えて結構です」


 参加者たちは顔を見合わせた。前回のオークションでこの場にいる5組が支払った金額は数百万ドルを超えている。その金額に見合った情報であることを宮津は提示した。


「さあ、闇のオークションを始めましょう。はじめは3億ドルから!」


 宮津の声が響き、オークションハンマーが鳴らされた。不死の妙薬を巡った法外なオークションが、こうして始まった。

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