第4話 弟子入り志願
いきなり告白まがいをしてきた式根くんは、落ち着かせるように目を瞑って大きく息を吸い込んだ。それから、くりっとした目を恥ずかしげに細める。
「……ごめんね。でも、本当にそう思うんだ。だから俺、大東さんの弟子になりたいなって」
「は?」
「だから……弟子になりたいんだ」
「意味分からん」
「君みたいな個性がほしい」
彼は真顔になった。こうすると生来のイケメンがより際立つ。私が普通の女子高生だったら、このキメ顔だけで落ちていただろう。だが生憎、私は普通の女子高生ではあるが、そういう奥ゆかしい人格ではないのだ。
「いや、キリッとされても意味は分からないからな?」
「大東さん、俺のことどう思う?」
「え」
「あ、いや、だからそういうことじゃなくて――」
式根くんはぶんぶんと首を振る。
……ていうか式根くん、さっきから際どいこと言ってきてるな。なんなんだこいつ。もしかして私に気があるのか?
「俺の、個性。どう思う?」
そんなもん知るか。――その言葉をごくんと呑み込んで、私はくっと顎を引いた。
「式根くんのことをよく知らないので、答えようがない」
「じゃあ俺が言うよ。俺さ、平凡なんだよね……」
「は?」
これだけのイケメン顔のくせになに言ってんだ、こいつ。
「成績は中の中だしさ。そりゃちょっと顔がいいかもしれないけど、そんなの上には上がいるし……」
「生徒会長選挙で二位当選したんだぞ、大したもんじゃないか」
それだけの人に信認されているってことだからな。私では立ち入ることの出来なかった領域だ。
「でも所詮は二位通過だし」
「私よりマシだろ」
「知ってる? いまの生徒会長、圧倒的な人気があるんだ。得票差だって俺とものすごい差があってさ……」
現生徒会長――それは、私と学年一位を争う男。私のライバルだ。
確かあいつの公約は、『笑顔が溢れる高校生活』とかなんとか、そういう面白みのないありきたりなやつだった。くそうっ、面白みでいったら私のストッキングの公約のほうが何倍も面白いのに! 学年の成績一位と二位の差がモロに出たのだ、……ということにしておこう。
「それでさ、会長ってやっぱりすごい人でさ……」
そこから、式根くんは会長のことを上げまくった。やれ学年一位だの、やれ頭が良いだの、やれアイデアが豊富だの、やれ面倒見がいいだの、やれ人望があるだの……。
「なのに俺、ちょっと顔がいいくらいで、そういう良さがからっきしなくて」
「いや十分あるだろ、私にご飯奢ってくれてるし……」
彼とは二年生になって一緒のクラスになるまでは話したことがなかったし(えっらいイケメンがうちの学校にいる! という噂は聞いてはいたが)、一緒のクラスになっても今日までこんなに話したこともなかった。が、今日限定とはいえ、これだけ話せば分かる。
「式根くんはいい人だよ」
「あ……」
カアアアッ、と彼の頬が見る間に赤くなっていく。
「ありがとう……。大東さんにそういってもらえて、すごく嬉しい……」
そんなに照れられると、私としてもなんだか恥ずかしくなってくる。
私は食べるのを忘れていたカツ丼のカツを口に入れた。
トンカツの衣に出汁の染みこんだ半熟玉子が載っていて、サクサクしてどろり。
その半熟玉子と来たら、生卵にあまじょっぱい醤油を入れたくらいのちょうどいい塩梅である。……ちゃんと美味しそうに食レポできないのがもどかしいが、美味しいことは確かだ。
これを人の金で食べられているのだと思うと、余計に多幸感があった。
じっとうどんを見つめながら、彼は呻くように口を開いた。
「でもさ、俺なんかより会長の方がずっと凄いんだ。それに個性なら大東さんのほうが強烈だし」
「個性が強烈って、それ褒めてんのか?」
「めっちゃ褒めてるよ!」
式根くんは叫んだ。
その大声に、周囲で学食を食べていた生徒たちがこちらを向く。
「あ」
式根くんは恥ずかしそうに、真っ赤になって俯いた。デカい男が赤くなって縮こまっているのは、なんだか面白い。
「ご、ごめん。でもあの、ほんと……、俺、大東さんのそういうところ、尊敬してて……」
パッ、と顔を上げる。形のいい潤んだ瞳が、私を真っ直ぐに見つめてきていた。
「俺、大東さんみたいになりたいんだ」
「は?」
式根くんは私に向かって丁寧に頭を下げた。ふわり、と彼の栗色の髪が揺れる。
「だから、弟子入りさせてください」
……いや、それが意味分からないんだってば。
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