第5話 式根の取り引き

「いつも遅刻して授業中の教室に堂々と入ってきて、せっかく来たのに午前中の授業はほとんど寝てて、なのに学年でも一位とか二位の成績をとって、生徒会長選挙におもしろ公約を掲げて出てボロ負けして、喋り方が変わってて、しかもそのうえ可愛いなんて。これを個性的と言わずしてなんという? ってやつだよ」


 私のこと馬鹿にしてんのか、こいつは。

 でも彼の真剣な眼差しは、とてもじゃないが馬鹿にしてきているようには見えない。

 頬がぽっと染まっているのもそうだけど、くりっとしたうるんだ瞳が私をじっと見つめてくるのだ。


 これは、どちらかというと……、恋する乙女……、的なやつに見える……。

 デカいイケメンが恋する乙女って……。ちょっと面白いじゃないか、式根くんよ。


 ……いや、他人事みたいに面白がってる場合じゃないのか? その恋する乙女の矢印の先にいるのは、私、なのか……? 別にそういうの興味ないんだけど……。


 まあでもこれだけのイケメンに惚れられるんなら、悪い気はしないけどな。


「おうどん奢るっていってるのに勝手にカツ丼頼んだしさ」


「それはいいだろ別に、私はカツ丼が食べたかったんだよ」


「そういうフリーダムなところ、すごく……」


 彼は箸を置くと、胸の前で祈るように手を組んだ。


「『師』っぽいなって」


「そこが分からないんだってば」


 私は、はぁっと溜め息をついて見せた。それからカツ丼のどんぶりを持ってご飯をかっ込む。


「わぁ、いい食べっぷり」


「褒め言葉として受けとってやる。いいか、私に皮肉は通用しないからな――」


「俺のこと弟子にしてください、師匠」


「断る。めんどくさい。だいたい生徒会長に対抗するために個性欲しいみたいなこと言うんだったらさ、その生徒会長に弟子入りでもなんでもしたほうが話が速いだろ。なんで私なんだよ」


「個性なら、生徒会長より大東さんの方が上だと思うから」


「……」


 ごとっ、とどんぶりをテーブルに置く。一気にかき込んだ丼の残りは、綺麗に残り縦に半分になっていた。

 ……ふふっ、私があの生徒会長より上、か。嬉しいこと言ってくれるじゃないか、式根くんよぉ。


「そ、そんなこと言ったって、懐柔されたりしないしないんだからなっ」


 すると、彼は眉毛を寄せて、すこし困ったような顔をした。


「大東さんって、会長のことかなりライバル視してるんだね……」


「目の上のたんこぶだからな」


 勉強だけなら私の方ができる……という自信はある。だが、現会長はとにかく要領がいい男なのだ。私は漢字の書き取りがとてつもなく苦手だから、それ以外で点数を稼ぐしかない。だが奴はきっとまんべんなく正解を稼いでいるのだろう。

 その要領のよさが憎い。勉強だけでなく、生徒会長選挙の得票数まで私の上を行きやがって。羨ましいったらない!


「あいつがいなけりゃ私は一位だ。それだけで私の高校生活はずいぶんマシなものになるはずだ」


「いや、会長の存在だけでマシになるような軽めな生活習慣じゃないでしょ、大東さんは」


 式根くんは苦笑する。


「……大東さん、遅刻でヤバいんでしょ? ってことは、内申点もヤバいよね」


「そうだけど?」


 私は開き直った。そうさ、隠せるもんじゃない。私が遅刻常習犯であることは見ていれば分かることだ。毎日毎日起きれなくて1時間目~2時間目の途中に登校してるのだから。遅刻が多いと内申点だって下げられる。つまり、私の状態は、他者から見てもヤバいのが明らかだ、ということなんだ。くそぅ、だから生徒会長になって一発逆転するつもりだったのに、まさか得票数が新記録ビリだとはな……!


「俺がさ、なんとかしてあげようか」


 やけに自信たっぷりに、蠱惑的にニヤリとする式根くんに、私は小首を傾げた。


「なんだよ、副会長って生徒の遅刻記録をちょろまかせる権力でもあるのか?」


「違う違う、そういう悪いことじゃないよ。モーニングコールしたり、一緒に登校したり、お休みコールしたりすれば、生活サイクルが整うんじゃないかって思うんだ」


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