第3話 ストッキング公約

「それでね、俺、大東さんに弟子入りしたいんだ」


 式根くんはうどんをすする手をとめ、そんなことを言ってきた。

 ――賑わう学食の、窓際のテーブルでのことである。私たちは隣り合って座って、それぞれ頼んだものを食している。


「は? なにそれ?」


「うん、そういう反応になるよね」


 私の反応など想定済みだといわんばかりに、彼はうんうんと頷いた。


「俺さ、個性ってないでしょ? だからだよ」


「話がさっぱり伝わってこないんだけど」


 私は口に運びかけていたカツの一切れを丼のご飯の上に戻した。


「だいたい、さっきから個性個性っていってるけどさ、個性ってなんだよ?」


「それ! そういうところ」


 少し頬を赤らめて――これはうどんを食べたことによる体温上昇のせいかもしれないけど――、彼は私の目を見つめてくる。


「女子なのに男みたいな話し方するでしょ、大東さんって」


「それだけで個性呼ばわりされるのはどうかと思うな」


「もちろんそれだけじゃないよ」


 彼はうどんの具の紅白かまぼこを一口パクリと食べてから、私を気遣うように、上目遣いで見つめてきた。

 自分よりはるかにデカい男に上目遣いされるなんて、なんだか変な気分である。


「……生徒会長選挙に出たでしょ、内申点目当てで」


「うッ」


「しかもボロ負けしたよね、候補者のなかで唯一得票が一桁だったっていうね……」


「く……ッ」


 私はうめくと、救いをもとめるがごとく水をゴクリと飲み込んだ。そして少し心を落ち着けてから、視線を逸らしてなんでもないことのように言う。


「なんだ、私への話って嫌味だったのか。あんたはいいよな、次点通過で副会長だもんな」


 ――そう、彼もまた生徒会長選挙に立候補していたのである。私と違って、人脈もあるしイケメンだし人格もちゃんとしているしなにより遅刻なんかしない彼だったが、惜しくも得票数は上から二番目だった。桜川高校は生徒会長選挙で二位になった奴は副会長になるっていう制度だから、彼はそのまま副会長になったんである。


 式根くん、成績は中の中らしいんだけどね。つまり私より下。生徒会長選挙に成績は関係なかったってわけだ。とはいえ生徒会長になった奴は学年一位を私と争ってる男なんだけどさ……。


「嫌味じゃないよ」


 彼は慌てたように首を振る。


「そうじゃなくて、大東さんの公約さ……、あれでよく選挙通るつもりだったな、って思って……」


「やっぱ嫌味じゃないか」


「違う違う、あー、なんて言ったらいいんだろう……」


 困ったように首を傾げる彼は、それでも言った。


「やっぱり……ああいうのも含めて、個性的だなって俺は思うわけだよ」


「ストッキングは分厚い方がいいに決まってるじゃないか……!」


 ぐっ、と箸を握りしめる私。


 私の公約はこれだった。『ストッキングは110デニール以上の黒に統一すべし。寒かったら男子も黒ストッキングを履くものとする』。

 目新しいし、普通じゃないし、しかも実用的で実現可能。

 ぜったい、ぜったいイケると思ったのに。


「なんでみんな110デニール以上のストッキングの良さに気づかないんだよ……!」


「うーん、ストッキングっていうか、タイツだよね、もうそれ」


「どっちでもいい、あんただって寒い日は足が冷えるだろ? 女子だけがストッキング履くなんてズルいって思うだろ!?」


「まあ履きたくなる日もあるけどさ……、男子だから我慢しちゃうな」


「私はその常識を打ち破りたかった!」


「生徒会長選挙で打ち破る常識とは違うんじゃないかな、それ」


「生徒の常識を打ち破るには、まず生徒会長から、だ!」


「……ほんとはさ」


 彼はうどんをずずっと啜って、それから言った。


「内申点目当てで生徒会長になるために、とりあえず目立ちたかったんだよね?」


「それはとても立派な理由だろ」


 まあ正直、公約はあとから考えた。まず最初に生徒会長になる必要があったから……。だって、遅刻日数が重なりすぎて、ヤバくてヤバくて。内申点盛って一発逆転するしかないって思ってさ……!


「だからってストッキングのデニール指定とか、男子もストッキング履けとか演説してくると思わないじゃん、普通」


「私みたいな平凡な女が生徒会長に立候補しようっていうんだぞ、目立ってナンボだろうが!」


「目立ち方が常識外れなんだよね」


「くッ……!」


 こっちの傷をグッサグサ刺しやがって。


 確かに目立つために突拍子もない公約を掲げたけど、私なりに本気だったんだ。本気でストッキングを110デニール以上に指定したかったし、男子にも110以上のデニールを履いて欲しかった。ただそれだけだったんだ……。


「……で? 私の公約がどうしたんだよ。今さら馬鹿にしにきたのか?」


「言ったでしょ、そういう個性的なところが好きだって。あ、いや――」


 さっ、と顔を赤らめる式根くん。


「ち、違う違う。そういう意味じゃなくてさ、俺じゃ逆立ちしたってできない発想をして、しかもそれをバーンって出してくところとか、見習いたいなって思ったってだけ」


「びっくりした」


 私も胸がドキドキするのを押さえられないでいた。

 いきなり告白されたのかと思ってめっちゃ焦った。しかも理由がストッキングって、なんだよそれは。



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