第2話 学食奢ってくれるってよ
昼休みになってようやく頭がすっきりしてきた私は、いつも通り財布を握りしめて購買部にパンを買いに教室を出た。
――その横に、式根航がついてくる。
やたらと背の高い彼に隣にいられると、なんだか圧迫感があった。筋肉もがっしり付いているし、何か運動をやっているのかもしれない。
「学食に行くの? ここの学食のおうどん、美味しいよね。俺、きつねうどんのお揚げが好きでさ、甘辛く煮てあって――」
「私の狙いは購買部のなんの変哲もないジャムパンだ、イチゴ味のな」
買うものを答えると、式根くんはにっこり笑って私に言うのだ。
「おうどんにしよ? 俺も食べたいんだ」
「そんな金持って来てない」
「奢るよ」
「ほんとか」
ここの学食のうどんって結構高いんだよ、それを奢ってくれるだなんて……。
私は真剣な眼で、式根くんのくりっとした可愛らしい雰囲気の目を見上げた。
「ややこしいやつなのか?」
「はえ? 何が?」
「式根くんの話ってやつ」
こいつは私に用があって、昼休みだというのにストーキングしてきている。
だから、ややこしい話を私に通すために、学食で買収しようとしているのかもしれない――そう思ったのだ。
「ああ――」
彼は少し考えるように小首を傾げる。
「ややこしいといえば、ややこしいかな」
「やっぱりジャムパンにする」
「待って待って、賄賂じゃないから」
慌てたように私の袖を摘まむ式根くん。
「おうどんは別だよ、単に一緒に食べたいってだけ。それにほら、高校生が昼食を菓子パンで済ますのって、ちょっと不健康だし」
「いま、あんたは全国の菓子パン愛好家を敵に回した」
「う、ごめんなさい」
「……まあいい、ほんとに奢ってくれるんだな?」
「うん。話聞いてもらうんだし」
「おい、賄賂じゃないって……」
「違う違う、ただ話をする場を設けたいってだけだよ、奢るのはそのための投資」
「……いいだろう」
私は頷いた。まあ、奢ってもらったからってこいつの無理難題を聞かなくちゃいけないなんて義理、私は特に感じないしな。
勝手に一人で納得して頷いていると、式根くんは嬉しそうにくすっと笑った。
「大東さんってさ、やっぱり個性的だよね」
「そんなことないと思うけど」
いたって普通の女子高生のつもりなんだけどな……自分では。
だが式根くんは楽しそうに続ける。
「喋り方とか、かなり個性的だよ。うん、やっぱり俺の目に狂いはない」
「は?」
「なんでもない。ああ、お腹減った。はやくおうどん食べよう!」
式根くんは長い足を大きく前に出し、少し大股で歩き始める。
遅れないように私も少し大股になったら、気づいたらしく彼は歩を緩めてくれた。
並んで歩く私たちを、周囲の女子生徒たちが遠巻きに見てきていることに、私はとっくの昔に気づいていた。
なかには露骨にヒソヒソと、友達と話している人までいる。
そりゃあ式根くんは大したイケメンだからね、目立つよね……。そんな人が私みたいな成績だけはいい一般的な女と一緒にいたら、女子生徒としては気にもなるだろう。
だが、だからなんだというのだ。
私にとってはただのクラスメイトが、なんだか私に話があるということで、学食を奢ってくれるというだけである。
周囲の反応を気にしてこんな美味しい話を無碍にするような奥ゆかしい人格、私は持ち合わせていない。
……彼はきつねうどんを頼む気満々だが、私は……そうだな、せっかくだからお高いカツ丼でも頼むか。人の金で食べるカツ丼はさぞかし旨かろう。
開け放たれた廊下の窓から五月下旬の爽やかな風が入ってきて、彼の栗色の髪と私の黒いおかっぱ頭を、ゆるやかに揺らしていった。
初夏の風に吹かれて、私はなんだかいいことが始まるような気がしていた。
サクじゅわしっとりな人の金で食べるカツ丼パラダイスが始まるのだ、と……。
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