天才少女はいつも眠たげ~モテ期到来・脱遅刻~

卯月ミント

第1話 居眠り天才

 惨敗した五月の桜川高校生徒会長選挙から一週間くらいたったある日の、2時間目が過ぎた教室、休み時間のことだった。


大東だいとうさんってさ、個性的だよね」


 あまりの眠さに負けて、眼鏡を外して腕のなかで寝ていた私に話しかけてきたのは――きのう、眠れなくて深夜二時くらいまで勉強してたから、もう眠くて眠くて仕方なくて――、ええと、なんだっけ? あ、そうそう、私に話しかけてきた奴の話だった。


「あ……?」


 半分寝た頭で顔を上げる。


 私の弱い視力がぼんやりと人の顔を捕らえた。目が二つ、鼻は一つに、口。典型的な人間の顔だ。着ているのは男女共用のブレザー制服だが、下がズボンだから男子生徒に違いない。


「あ、ほら。眼鏡してても可愛いけど、してなくても可愛い。両方可愛いなんて、すごいね」


 男子生徒は、たぶん微笑んだのだろう。そんな気配がした。


 なんだこいつ。いきなり人のこと口説いて来やがったぞ。私になにか頼みでもあるのか?


 分厚い眼鏡をかけて確認すると、そこにいたのはクラスのイケメン・式根しきねわたるだった。いや、嘘を言った。彼はこの高校で一番のイケメンで、桜川高校の王子様とかいわれているほどの男だ。


 サラサラした栗色の髪に、意外なほどくりっとした瞳。細部は可愛らしいのに、全体として見ると立派な男前である。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


「素がイケメンな人に言われたら、嬉しさ半減だな」


「え?」


「眼鏡をする必要のないイケメンが、眼鏡をした人を面白半分にいじるなって言ってるんだよ」


「ご、ごめん」


 しゅんとするイケメンに、私は気まずい感じになった。眠いところを起こされてムカッとしたとはいえ、ちょっと言い過ぎたかもしれない。


 私は上半身を起き上がらせると、腕を組んだ。――ちなみに私の名は大東だいとう美咲みさき。クラスで一番の天才少女をやっている。だけど学年だと二番になる。ライバルの調子が悪かったり、国語のテスト問題に漢字の書き取りがないと、一番になれるんだけどね。


「……いや、こっちこそごめん。可愛いっていってもらえて嬉しいよ……なんのつもりか知らないけどさ」


 それだけフォローして、私はまた分厚い眼鏡を外した。机の上に腕を組んで、もう一度そこに顔を突っ込んで――。


「あ、ちょっと待って大東さん! 話があるんだ」


「見て分からない? 私、眠いんだけど」


「ごめん、ちょっと俺の話聞いて。ちょっとでいいから」


「……無理」


 そのまま手の甲に額をくっつけた。すっと眠気が眼の前にやって来て、前頭葉の向こう側から寝よう寝ようと手招きしてくる。


「眠い。午前中は頭働かない。話なら午後にして」


 ほんと、勘弁して欲しい。貴重な睡眠時間を貪るのを邪魔しないで。

 こちとら遅刻しすぎて先生に勧告くらってるんだ。それで頑張って無理して学校来たと思ったら一時間目終わってたっていう。そんなヤバさ溢れる私が、いま寝ないでいつ寝るっていうんだよ。明日も遅刻したら責任とってくれんのか、こいつ。


 いやほんと、遅刻がヤバいんだよ。内申点盛ろうと思って生徒会長戦に立候補したのにボロ負けするしさ……。もう、なんなんだよ……。


「えっと、それじゃぁ……」


 式根くんの焦ったような声が、上から振ってくる。


「昼休み! 昼休みならいいよね? ねっ、大東さん!」


「ああ……分かった。昼休みね……」


 応えるのもおっくうになってきた私は、もごもごとそれだけ呟いて、また眠りの中に戻っていった。


 ところで、学校一のイケメンが、成績くらいしか取り柄のない私になんの話があるっていうんだ?

 いきなり私におべっか使って来たところを見ると、けっこうな難物な予感がするけど。


 ――特に華々しいところもなく、遅刻だらけで先生から勧告くらってる私の……成績だけは唯一いい取り立てて目立つところのない高校生活は、この人のおかげで大きくその意味を変えることになる。だがそんなこと、いくらなんでも予想なんかつかないってば。



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