第9話 堪忍袋
―葛西環那視点―
「環那! そろそろアプリ入れてくれよ! 絶対、オレとの愛称ばっちりって出るからさ!」
環那や藍星と同じ中学から進学してきた同級生、相馬 敦司(そうま あつし)が環那に声を掛けてきたのだ。
この相馬敦司という男。
環那や藍星と同じ中学出身で成績も上位5位に入る優秀な部類だ。
ただ、ひたすらチャラい。
中学、いや、小学のころから女子と見ればいっしょに遊ぼうなどと軽く声を掛けたり、まるで好意を寄せているかのような口ぶりで接するものだから、それに感化された女子たちからの人気が高い。
だからと言って男子から嫌われているわけではなく、主に彼に寄ってくる女子を目当てにおこぼれをもらおうとする取巻きに囲まれていたりする。
「ねえねえ、環那ちゃん聞いてる? そろそろオレと付き合ってもいいころじゃない? タイミングって奴?」
そして、事あるごとに環那にもちょっかいをかけてきている。
「あ、まさか藍星のこと気にしてる? あんな貧乏人、もう将来性なんて終わってるんだからさ、俺とかをキープしておくのが賢い選択だと思うんだけどね?」
そして、この男もまた藍星のことをよく思っていない。
その感情は、勉強から運動までなんでも興味ない態度でしれっとこなし、しかも顔面偏差値もそれなりに高い藍星への妬みが原因と思われるのだが、敦司本人は決してそれを認めることはないだろう。
中学時代は当時同級生であった対馬
「ねえねえ、だからまずはアプリ入れてみてよ? 絶対藍星なんかより俺の方が環那にお似合いって出るからさ! なんたって、俺は将来行政府に勤めるか議員になる可能性大なんだから!」
そしてこの男の父親はこのコロニーの議会議員であったりもする。
この男の父、相馬議員はコロニー民からの評判は決して悪くはない。
むしろ誠実な人柄と積極的な活動が高評価でなのである。
で、その一人息子である敦司はそれなりに地頭も良く、なんでも平均以上にこなすことが出来たので増長し、あまり素行のよろしくない仲間とつるんで物事を軽く考えるようになり、そして自分より高い能力を持ち誠実に生きている藍星に反感を持つに至ったのだろう。
そして環那は――
この男が大嫌いであった。
先ほどから執拗に話しかけられているにも関わらず、一言も返事どころか一瞥も返していないところからも、その嫌悪っぷりはうかがい知れるところだ。
だが、目の前の男はそんなことを一向に気にしないたちであるらしい。
そいうのも、こういったやり取りは数年前から繰り返されているのにコリを見ないと事からうかがい知れる。
ところが今日は少しばかり事情が違った。
ついさきほどまで環那と話し込んでいた友人は、あろうことかこの相馬敦司という男とは高等部に入ってから知り合ったこともあり、その軽妙な話し口と容姿を少し気に入っていたのだ。
「ねえ環那? 相馬くんさっきから話しかけて来てるけど、返事とかしなくていいの?」
「うん、いいの。」
「おいおい、いくら俺と目を合わせるのが照れくさいからって、話くらい聞いてくれよ?」
「ほら、相馬君もこう言っていることだし。それに、私も環那がアプリ入れない理由とか知りたいなって?」
「そうそう、った、そうか! 俺とマッチするのがわかりきっているから入れるまでもないってんだな? そうかそうか」
「えー、相馬君、もしかしたら私とマッチしちゃうかもよ?」
「はは、それはそれで光栄なことじゃないか?」
もはや環那はこの空気が耐えられず、トイレに行くふりをして席を立つ。
「由美子、この人のお相手よろしくね」
「はーい、その隙に私と相馬君がマッチしちゃうね?」
「おいおい、どこ行くんだよ? あ! 恥ずかしいから隠れてアプリ入れるんだろ? 大丈夫! 俺とマッチしてもみんなには黙ってるからさ! あ、由美子ちゃんでももちろん黙ってるよ?」
いつもは軽く流せるはずの相馬の言動に、付き合いが浅いとはいえ友人の由美子も乗っかったことで環那の堪忍袋はブチッと切れてしまった。
「疑似アプリ? そんなの入れてもあんたとなんか絶対マッチするはずないじゃない? だって、あなたそうやってピーチクさずってるだけで自分じゃ何もできないクズ野郎でしょ? 親が偉いだけで、あなたはただのろくでなしじゃない? そんなあなたを見てると虫唾が走るのよ。お願いだから、もう私の前に現れないで欲しいな。あ、由美子? こんな男が好きなのは別にいいけど、とりあえずそのノート返してくれる? クズに寄ってく女も好きになれないの。じゃあね。」
あまりにも頭にきた環那は、その日は由美子からひったくったノートや持ち物をカバンに入れて教室から去り、そのまま学校をさぼってしまう。
その日以降、高等部で環那は周りから少し浮いた存在となったのであった。
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