第7話 ごちそうさま
「なあ、ダンジョンに行くのをやめる訳にはいかないか?」
お隣で幼馴染で友人。
そんな葛西環那から言われた言葉。
「1年遅れでも高等部に行ってもいいじゃない。そうすれば、探索者以外の仕事だって見つかるかもしれないし‥‥‥」
環那は心から心配していってくれているのがわかる。
だけど。
「ああ、でも、やめるわけにはいかないんだ。」
そして、これがオレの返答。
「こうして、心配してくれるのは本当にありがたいんだ。これはおじさんとおばさんにも和也くんにも伝えて欲しいんだけど、オレたち兄妹は本当に、その気持ちがありがたくて仕方がないと思っている。」
「だったら‥‥‥」
「でも、やめる訳には行かないんだ。オレは、探索者を続けなければならない。申し訳ないが、こればっかりは譲れないんだ。ごめん。環那。せーかも、ごめん。」
「‥‥‥そっか。でも約束して? 危ないことは絶対しないこと! 星華ちゃんに心配かけないこと! それは絶対!」
「‥‥‥ああ、わかった。」
「よろしい。じゃあ今日は帰るね。」
「ああ、おかずありがとう。おばさん達によろしく」
「環那おねえちゃん、ありがとう。」
「うむうむ、それではまたな! 愛しい妹とその兄よ!」
「なんだそのオレが付属品みたいな言い方は。まあいい、暗いから送っていくよ」
「あら、私の家はすぐ隣よ?」
「距離はたっぷりあるじゃねえか」
そう言って、オレは環那を送っていく。
「で、わざわざ私を送るってことは、何か私に言いたいことがあるんでしょ?」
うむ、さすが鋭いなこいつは。
「ああ、おじさんもおばさんも、それに環那も心配してくれているから、すこし説明はしておかなきゃって思ってさ」
「うん、だと思った。で、星華ちゃんには聞かれたくないことなんでしょ?」
やっぱりこいつは鋭い。
オレは、わずか30mの環那の家までの道中、心の内を環那に語る。
環那は、昨年までは同じ中学でクラスメイトでもあった。
だから、オレが周囲から浮いていたこととか、相馬達から突っかかられたり嫌がらせされたりしていることも知っている。
その原因は、オレの性格に起因することも確かなのだが、やはり根本にあるのは――
「星華には、お金のことで不自由させたくない。貧乏から解き放ってやりたいんだ。」
「やっぱりね。」
「ああ、星華はあの性格だから、何をどうしても遠慮してしまう。だから、自然な感じでだんだん裕福になって、貧乏だったことを忘れてくれるようになって、友達も作って明るく毎日を生きて欲しい。」
「藍星のその気持ちは痛いほどわかる。でも、星華ちゃんからしたら、藍星がそんな風に自分を犠牲にしてまで自分のためにってのは、自分を許せなくなるんじゃないかな?」
「オレは別に自分を犠牲にしているわけじゃない。オレがやりたいからやってるんだ。」
「そういうのを詭弁って言うんだよ?」
「でも、それがオレの本当の気持ちなんだ。」
「それは否定しない。でも、他にもあるんじゃない?」
なんでこいつはこんなに鋭いんだろう。
「ああ、あるといっちゃあある。でも‥‥‥」
「でも?」
「笑うなよ?」
「笑わないよ?」
「じゃあ言う。オレは‥‥‥父ちゃんと母ちゃんはまだ生きてるって信じている。」
「‥‥‥うん。」
「だから、オレがダンジョンの一番奥に迎えに行く。ダンジョンを制覇して、父ちゃんと母ちゃんを縛り付けているナニカから解き放って‥‥‥オレのチカラで、助け出すんだ。」
「そっか‥‥‥、ずるいよ、藍星。」
「ずるい?」
「うん、ずるい。だって、そんなこと言われたら、応援しなくちゃならなくなったじゃないか」
「‥‥‥誰にも言うなよ」
「言わないよ。あと、藍星?」
「なんだ?」
チュッ
ふと環那のほうに顔を向けると、不意に環那の顔が近づいてきて、柔らかいものが頬に触れた。
「星華ちゃんだけじゃない。私も心配してるんだからねっ。でも、仕方ないから応援してあげる。光栄に思いなさい!」
「な、な‥‥‥」
呆気に取られていると、そこはもうすでに環那の家の玄関先だった。
「あらあらあら、藍星ちゃん、環那を送ってきてくれたのね?」
そして、顔を出すのは環那の母親。
「あ、お、おかずありがとうございました。いつも、とても美味しいです」
「あらあら、あんなのでよければいつでも作ってあげるわよ?」
「ありがとうございます。」
「おかずもだけど、環那もいつでもあげちゃってもいいのよ?」
「おかあさん!」
どうやらさっきのを見られていたらしい。
「おかずは欲しいですが環那はお返しします」
「あら、環那振られちゃったわね?」
「おまえら覚えてろ」
すると、環那のお父さんも顔を出す。
「おお、藍星。義理の息子よ。ビール飲んでかないか? 送り狼でもいいぞ?」
「とりあえず、どちらも遠慮しておきます」
「嫁に出すのと婿に来るのとどっちがいい?」
「今日は帰りますねー。ごちそうさまでした。」
「あらあら、わたしもごちそうさまでした」
「おかーさん!」
ああ。
ほんとうに、みんないい人だ。
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