わけありな人々:5
「オーナーも保実君も祝ってくれよ」
「風馬さん、なにかいいことがあったんですか?」
「ああ、大ありだ。新しいパトロンを見つけたのさ」
「へぇ……」
「それも金持ちの未亡人」
「年増で関取風らしいが」
笹木がちゃかすように言う。 すると風馬は、それを言うなとばかりに、おどけて彼を叩く振りをして見せる。
「金だと思えばどんなブスだろうとババアだろうと平気さ。なにしろこの俺に店を持たせてくれると約束してくれたんだ」
「凄いですね」
保実は信じられないという顔だった。
「そうだろう。なにしろ俺はいい男だからな」
「自分で言うか!」
「まぁな」
風馬は上機嫌で笑っている。みんなもつられて笑った。 だがレオンはふて腐れているし、広岡はおごってもらえずにつまらなさそうだった。
「それでは風馬さんの前途を祝して乾杯!」
オーナーの音頭で僕たちは一斉にグラスを空けたのだった。
その後、僕は笹木に案内されて三号室へと行った。
「さぁ、どうぞ。少し狭いが悪くない。こっちがバスルームとトイレに洗面所だ」
笹木の言うとおり、部屋全体も古かったが掃除が行き届いているせいか清潔感があり、居心地の良さそうな部屋だった。 笹木は僕を案内すると、ベッドの横の椅子に腰掛ける。 僕は上着をクローゼットに掛けて、バッグをその中に押し込んだ。 ベッドの横には小さな冷蔵庫があって、その上には湯飲みや急須などが置いてあった。
「笹木さんは出張で、こっちへ来られたのですか?」
「ああ、そうだけど」
「ご出身は関東でしよう?」
「なんでわかるんだ?」
「イントネーションが違いますから」
「ああ、そういうことか。俺は薬品会社の営業をしているんだ。それほど大きな会社ではないが、こっちで日本消化器学会が開かれているのでそれで来たんだよ」
「そうだったんですか。いつからここに?」
「二日ほど前からだけど」
「大変ですね」
「まぁな。それじゃ、俺は隣の部屋だから。何か困ったこととかわからないことがあったら遠慮無く聞いてくれ」
「ありがとうございました」
「貴重品はそこの小型金庫の中に入れておけばいい」
「はい」
「じゃ、お休み」
「お休みなさい」
笹木は自分の部屋へ戻っていった。
僕は彼を見送ってドアを閉めると、ドッと疲れを感じてしまった。
(しっかりしろよ……まだ、これからだ)
自分に気合いを入れて、窓の傍へと行くと、窓の外は真っ暗闇でなにも見えない。 どうやら隣のビルの壁になっているようだ。 上空を見上げると、雲の切れ間に月が出ていた。
妻子に追い出された銀行員、スキャンダルを起こして隠れているタレント、新しいパトロンが見つかったホスト。それにやけに親切な営業マン。そして過去がわからないオーナーにその甥だというスタッフ。
みんな普通の人々にしか見えない。 だが、間違いなくあの中に「カラス」はいる。 それは僕のカンだった。
はたして誰なのか?
僕は真っ暗な闇を見ながら、あらためて気を引き締めたのだった。
(2008/9/16 未完)
ホテル・マスカレード 宮川ゆうこ @sasana_u
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