わけありな人々:4

それを聞いて、笹木が驚いて言う。

「え? 明日からどうするんだ。パトロンにも逃げられたんだろう?」

 すると風馬はクスリと笑って答えた。

「それがさ。俺って運がいいんだよなぁ~。新しいパトロンができたんだ。それも大金持ちの未亡人ときている。『可愛い風馬君のためなら、なんでもしてあげる!』って、俺にもうぞっこんで、自分が面倒を見るからホストなんて辞めろっていうんだ」

「ふーん。物好きだな」

「なんか言ったか?」

「いいや……。それはよかったな」

「だろう! いずれは店を持たせてやるって約束してくれたんだ。俺って本当に運がいいよな!」

 風馬はメチャクチャ嬉しそうだった。

「ただ、その未亡人はババアなうえに、少し太っているが」

 と言って、その未亡人の歩くまねをする。それはまるで関取の土俵入りのようだった。

「金が動いていると思えば我慢もするさ」

「なるほど。それならせいぜいご機嫌を損ねないように気をつけろよ」

「ありがとう。そうだ。オーナー、みんなに酒を頼む。もちろん俺のおごりだ」

「やった!」

「君はジュースだ」

「なんだよ。オーナー、俺だけ仲間はずれか」

 レオンは文句を言うが、オーナーはそんな彼を無視して風馬に聞く。

「それじゃチェックアウトをするのかね?」

「いいや。未亡人が俺のためにマンションを探すと言っているから、落ち着く先が決まるまではここにいるよ」

「わかった。チェックアウトをするときは前日までに言ってくれ」

 オーナーは後ろの棚からウイスキー瓶を取り出す。

「笹木さんはロックでしたな」

「そうです。そういうことなら遠慮無くごちそうになろう」

「ああ、飲んでくれよ」

「私もロックで」

 広岡がそう言うと、笹木が止める。

「広岡さんは今夜はもう飲まない方がいい」

「そうしなさい、少し飲みすぎだ」

 広岡はオーナーと笹木に止められて、つまらなさそうな顔になった。

「なんだ。あんたまだ酔っぱらって愚痴っていたのか? 女房や子供のことなんかさっさと忘れてしまえ。独身に戻って気楽になったと思えばいいだろうが」

「風馬さん、君はそういうけどね。私は今まで何のために働いてきたのか……」

「女々しい人だなぁ。ところでそっちは?」

 風馬はようやく僕に気がついたらしい。

「今夜からここに泊まることになりました。宮里といいます」

「宮里君は弁護士志望だそうだ」

「笹木さん」

「本当のことだろう。さっき自分で言っていたじゃないか?」

「それはそうですけど……」

「へぇ。俺は風馬、何かあったら世話になるかもしれないからよろしくな。俺の祝い酒だ。あんたも一杯どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

「宮里さんはロックにしますか? ストレートにしますか?」

「すみません。僕はあまり強くないので薄い水割りでお願いします」

 オーナーは頷いてウイスキーをグラスに注いだ。

「宮里さんは弁護士志望なんだ?」

「ええ、そうです。今年も司法試験に落ちてしまいましたけど」

「それなら私の話を聞いてくれませんか? 私は女房から一方的に離婚を言われたんです」

「広岡さん、宮里君はさっき着いたばかりなんだから。後でいいだろう」

「でもね。笹木君」

「気持ちはわかるが、今夜はもう寝た方がいい」

「……」

 笹木に諭されて広岡は渋々引き下がった。まだ目が据わったままで、酔いが覚めているようには見えない。  こんな酔っぱらいに捕まったら一晩中、つきあわされそうだったので、僕は笹木が止めてくれてホッとしていた。

 そこへ三十前ぐらいの若い男が入ってくる。  その男はジーンズにシャツという軽装で客には見えなかった。

「保実、何処へ行っていたんだ?」

「すみません、伯父さん。電球を買いに行っていたんです。中庭の外灯が切れかかっていたので代えようとしたら、電球を切らしていたんで」

「ああ、そうだったのか。じゃ、ここを手伝ってくれ。俺はつまみを作るから」

「はい」

 保実は急いでカウンターの傍へ行く。

(この人が甥か……)

 ホテル・マスカレードは、オーナーの四方とその甥の保実の二人で切り盛りしており、他に従業員はいないということだ。  保実はまじめでおとなしそうな感じで、二人はあまり似てはいなかった。

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