わけありな人々:1

「どこのホテルも部屋が空いていなくて……今夜は野宿かと、諦めかけていたところだったんです」

「ああ、そうでしたか。それはお気の毒でしたね。確か今日は、ドームで……なんていったか……アイドルのコンサートがあると保実が言っていたような」

 オーナーがそう言うと、長椅子に座っていた男がしたり顔で付け加える。

「それに駅前のホテルで、日本消化器学会の総会も開かれているから、市内の主なホテルは満室のはずだ」

「だから、何軒廻っても断られたのか……」

「そうだろうな」

「では、ここにご記入をお願いします」

「ああ。はい」

 僕はマスターからボールペンを受け取り、慌てて宿帳に名前と住所を書いた。

「宮里さんですね」

「はい。じつはなんとなく旅に出かけたくなって、急に思い立って出かけてきたんです。僕は弁護士事務所に勤めているんですが……あ、弁護士事務所といっても弁護士ではありません。もちろん将来は弁護士になるつもりですが、今は事務員です」

 僕はオーナーに向かって、早口で一方的に話し出した。  オーナーは呆れた顔をしていたが、僕は無視した。

「せっかく事務所に三日間も有休を貰ったのに、家でゴロゴロしてばかりでは寂しいではありませんか。以前から一度、桜島を見てみたいと思っていたんです。それで夕方から慌てて用意をして、博多から鹿児島行きの特急に乗り換えるつもりで出てきたんです。ところがですよ。あんまり慌てて出てきたので腹が減っていたので、駅の一階にハンバーガーショップがあるでしよう」

「ええ」

「そこでハンバーガーを食べて、さぁ、特急に乗るぞ……と改札口へ行ったら、僕が乗るはずだった特急が出た後だったんです」

「はあ……」

「少しぐらい待ってくれてもいいじゃないですか。まったくもう融通が利かないんだから。酷いと思いませんか?」

「それでどうしたんだい?」

 男がオーナーの代わりに、興味津々という顔で聞く。

「そうしたらですよ。運の悪いことに、僕が乗り遅れた特急が鹿児島へ行く最終列車だったんです」

「なるほど」

「せっかく出かける用意までしてきたのに、今更、家へ帰るのも情けないし、ここで一泊して明日の朝の特急に乗ればいいかとそう思ったんです。ところが……」

「ホテルが満室だった」

「そうです。まったくもう……運の悪い時って重なるもんですね」

「でも、ここが空いていてよかったじゃないか」

「助かりました。部屋を探してあっちこっち廻ったのでもうクタクタだ」

「それは本当にお気の毒でしたな。では、三号室へどうぞ。今、案内させますから」

 オーナーがそう言うと、すかさず男が言う。

「三号室なら俺の部屋の隣だから一緒に行こう」

「笹木さん、すみませんね。保実はどこへ行ったんだろう? さっきまで片付けをしていたんだが……」

「保実君は俺と違って働き者だからな。忙しいんだろ。オーナー、いくら甥だからってあんまりこき使う逃げられちまうよ」

「そうですな。笹木さんも毎日、ここでダラダラしてばかりいないで、少しは仕事をしないとクビになりますよ」

 オーナーが言い返すと、笹木はばつが悪そうな顔になった。

「俺はいいんだよ。どうせたいした仕事ではないんだ。俺は笹木、二号室に泊まっている。袖振り合うも多生の縁ってな。よろしく」

「こちらこそ」

「ここは部屋は狭いし、どうかすると隣の部屋の奴のイビキまで聞こえるが、オーナーの作る料理はそこそこいけるぜ」

「部屋が狭くて悪かったですな」

「本当のことだろう」

 笹木は茶目っ気たっぷりに言い返し、彼は気のいい男のように見えた。

 彼に案内されて二階の部屋へ行こうとしたとき、若い男が凄い勢いで階段を降りてきてぶつかりそうになった。

 だがその男は僕たちを無視すると、そのままオーナーに詰め寄る。

「なんとかしてくれよ!」

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