第三話 説明会
同年代の男女が集う広場へ向かった僕と朝比奈さん、周囲を軽く見渡せば二百名近くの訓練希望者が集まっているようで、誰もが僕と同じ志を抱いているのは面構えで一目瞭然。全員が、一様に険しい顔つきで互いを睨み合っている。まるで威嚇する蟹。
暫くして説明会が始まる時間になり、奥の兵舎らしき建物から大人の男女一組が現れた。
「ようこそ集まってくれた才ある者!歓迎しよう、日本が誇る第四訓練施設へ!」
緑の軍服を纏った教官らしき女性が広場の中央に立ち、僕らを歓迎する。鼓膜に直接響く彼女の声に広場に集まった若き希望者たちが一斉に注目する。僕もその一人だ。
「元気一杯で結構、結構。まずは自己紹介から始めよう!私はこの第四訓練施設を務める『三船美佐子』だ。この三ヶ月間よろしく!後ろの大男は教官主任の鳥山だ!皆も顔を合わせる機会は多いので覚えておくように!こ奴の試験は厳しいからな!」
三船さんの言葉に空気が僅かに揺れる。僕は喉を鳴らして生唾を呑み込んけど、体育系の何人かはあっさりした様子で「よろしくお願いします!」と頭を下げる光景が目に映った。
「早速だが、今後の予定を話していこう。まずは点呼を行い、名前を呼ばれた者は手を挙げてくれ。順番に寮の振り分けを行う」
三船さんの声が響き渡り、広場に緊張が走る。前に出た教官主任の鳥山さんが名簿を持ち、ひとりひとりの名前を読み上げ始めた。
「相笠武!」
「はい!」
先頭付近から力強い返事が聞こえた。
「君は女子一寮だ。次、相倉小春!」
「はい!」
「女子二寮だ。次――朝比奈舞!」
あ行から始まった点呼は早くも彼女の名前を呼んだ。一際美しい彼女に周囲の視線が集中する。
「君も二寮だ。次――」
あれから名前を呼ばれるのを待つ、そして……。
「次、新田純之介!君は二寮だ」
「はい!」
僕の番が回ってきた、他に負けない気迫で返事をする。
「…全員欠けずに揃っているな。では、地図案内板に書かれた寮に移動するように!明日は午前七時に集合だ。…最後に一言、塔に登る先輩として君たちの決断に尊敬の念を送ろう。この場にいる者の大多数が高校を辞め、家族と離れ、平穏とは程遠い環境に挑まん勇気ある者等だ!」
二百名に及ぶ点呼は時間が掛かった。広場に静寂が訪れる。熟練の風格を放つ三船さんの瞳は、一人一人の顔をしっかりと見つめながら続けた。
「君たちは選択したこの道は容易なものではない。神の塔を甘く見た挑戦者から命を刈る地獄の番犬に食い殺されるであろう。だが、君たちは確固たる望みを持ってこの場にいる!」
彼女の迫力にゴクリと誰かが唾液を飲み込む音がする。僕も水を全身で浴びているような重圧を感じる。
「決して忘れるな。困難が訪れた時、傍にいる仲間の存在を。君たちは一人ではない。共に挑み、共に乗り越え、共に頂を目指すのだ。それが登塔者としての使命であり、覚悟だ。」
細胞が熱い、熱湯のようなものが胸へ突き上げてくる、ごうごうと音を立てる松明のように。教官の言葉はまるで心の奥底まで響き渡り、全員の士気を一層高めた。
「では各自寮に向かい、明日に備えろ。君たちの健闘を祈る…解散!」
踵を返して兵舎へ戻っていた二人の姿が消えた直後、広場に再びざわめきが戻った。
「流石に一緒の寮じゃないかぁ。っそれじゃ明日から頑張ろうね新田さん」
「うん、訓練授業で一緒だったらお手軽にね」
デカデカと敷地図が貼られた立て看板へ朝比奈さんと二人、ゆっくりと歩く。他愛もない雑談を交わしていく、数時間前に偶然出会ったばかりなのにまるで以前から友人だったかのように彼女の話は面白く、自然と笑顔が零れる。
「思っていたより広いね、ここが僕の寮か」
立て看板の前で足を止め、地図を確認する。寮は少し距離があるが、走れば十分程で着く距離。それに、寮が違くとも訓練で会えることを内心楽しみにしている。
「ここ…で合ってるよね?」
「合っている…筈よ、ほらっ看板に『新米訓練者寮、女子一練』って書いてあるわ」
二人は己が訓練期間寝泊まる寮へ向かう。二十分ほど歩き、目的地である第寮に着いた。外観からして少し古めかしいが、大きい外観の建物が四棟ほど横に並んでいる。左側の寮から女子一、女子二、男子一、男子二の順に。
「ここでお別れだね」
「そうだね。また明日、訓練広場で」
別れた僕は建物へ近づく、すると中から話し声が聞こえてくる。どうやら既に他の訓練生が集まっているようだ。建物内に入り、玄関で靴を脱ぐ。内部は外観とは対照的に、明るく開放的な空間が広がっていた。木の香りが緊張感を和らげる。広い共有空間に設置された椅子、腰掛けに寛ぐ訓練生たちが明日の予定を話し合っている。
……今まで気にしなかったが、僕の部屋はどれだ?役所で申請書を出してから余り時が経っていない。うーん、仕方ない自力で探すか。
共有空間を通り過ぎ長細い廊下を小刻みに足を運ぶ、歩きながら名札に書かれた名前を一つ一つ確認していく。
「あった…ふぅ」
『新田純之介』と書かれた名札を見つけた途端ほっとした太い息を出した。僕以外のも三人の名札が並んでいる。どうやら僕は過ごす寮は四人部屋らしい。扉を開けると、広さ八畳ほどの清潔で質素な部屋、二段ベッドが二つと学習机が四つ、窓からはつなぎ目のない神の塔が一望できる。
「僕が最後、か」
部屋の奥には、既に同居人の荷物が置かれていた。気配を感じないにさっきの共有空間に居た誰かだろう。空いた机に鞄を置いて心の中で決意する。明日からの訓練生活への期待を胸に抱きながら。
――翌日。
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