第二話 役所で手続き

『神の塔』を登るには幾つかの資格が求められる。まず、心身共に健康であることが第一条件。塔内の過酷な環境や危険な状況に耐え抜くための強靭な体力と精神力が不可欠。


 次に知識。階層内の構造、出現する怪物や罠の危険度、各階層で待ち受ける難題を突破する知識を知らず先へ進むなんて、自分で三途の川を渡る行為と同義。


 さらに最も大事な要素が、適正数値を超えること。全登塔者には特定の能力が必要とされ、それを判断する特性測定が年に数回、日本中で実施される。適正の無い者は塔に入ることすら禁じられる。


 次に、日本塔協会が発行する入塔許可証を得る為、特別な試験を受けて合格すること。三ヶ月にわたって僕が通う候補地。


 そして最後に、登塔者としての誓約を立てること。塔に挑む者は、命を賭けて試練に立ち向かう覚悟を持たなければならない。そのため、登塔者は自身の使命と責任を認識し、誓約書に署名する習わし。書いた遺書は協会が保管する。





 事前に調べた内容を思い出しながら階段を登り切った僕らを迎える歴史の重みを感じさせる建物。二階建ての外観は、何世紀にもわたり多くの登塔者たちが訪れた面影を色濃く残している。


「いよいよだね…」


 僕の呟きに、朝比奈さんは顔を見つめて頷く。


「ええ、早速中に入りましょうか」


 目の前の扉を潜れば平穏な日常と決別、命懸けの生活が始まる。僕は深呼吸をし、背筋を伸ばして役所の扉に向かった。手を触れると、冷たい金属の感触が指先に伝わる。高まる動悸を落ち着かせるよう一拍、間を置いて扉を押す。


 一歩踏み出す、内部から独特の空気が鼻を突く。整然とした石柱は、周りの壁と一体化している。地面には埃一つなく、照らす光まで規律を感じさせる。


「混んでるね。みんな訓練希望者なのかな?」


 待合所に集まった同年代の男女が目に入る。同じ目的であることは一目瞭然、闘志溢れる雰囲気が窺えた。


「今は夏休み、それに今日の応募期間を逃したら次は半年先まで待つ羽目になるから、混雑するのも仕方ないわ。それより整理券と申請書を受け取りましょ?」


 優等生らしい発言に感心しつつ、僕は彼女の後を追い自動受付機に向かった。機械に手をかざすと整理券が発行される、番号は『三十二』。待合所で僕らの順番を待ちながら、申請書を埋めていく。


 記入項目は多岐にわたる、名前、住所、特性測定の結果。希望する訓練内容の選択。一つ一つ丁寧に書き込んでいく。訓練内容は基礎体力訓練、戦闘技術の向上、特殊技能の習得などがあり、自分の得意分野に合わせて慎重に選ぶ必要があった。


「っよし、書き終えた」


 約五分が経過し、数字が切り替わる映像をぼーっと眺めていると見知った番号が映った。『三十一番、第二窓口まで』同時に隣から立ち上がる風が僕の襟元をくすぐる。


「私が先だね、一緒の訓練所に配属されると良いね」


「うん、僕こそ知り合いと一緒だと嬉しいよ」


 朝比奈さんは手を振りながら窓口に向かっていく。やがて、映像の数字が変わり僕の番になった。席から立ち上がり窓口へ向かう、そこには落ち着いた雰囲気を放つ綺麗な女性職員が待っており、僕の姿を識別するや笑顔で出迎えてくれた。


「こんにちは。本日は塔立市市役所にご来所いただきありがとうございます。私は入塔管理課の高橋と申します。早速ですが、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「こ、こんにちは!…訓練希望申請の手続きをしたくて来ました」


 僕は緊張で少し声を強張らせながら申請書と持参した書類を提出する。高橋さんは慣れた手付きで内容に目を通し、手元の箱型PCに入力していく。


「ありがとうございます。全ての情報が正しく入力されていることを確認しました。昨年受けた特性測定では合格基準点を上回っているようですね。おめでとうございます」


「こ、こちらこそ…ありがとうございます!」


 高橋さんの温かい言葉に、僕の緊張も少し和らいだ。ほっと息をつく。


「……はい、これで志願者申請が正式に受理されました。次に、こちらの資格認定証をお受け取りください。裏には今日の説明会開始時刻と寮の場所が記載されていますので、寄り道せず必ず時間通りにお越しください。時折、道を外れて違う会場に向かう方がいらっしゃいますので」


「必ず時間に遅れないよう注意します!」


「ふふ、ご武運を。命を落とせば悲しむ者たちがいる事を忘れないで」


「はい!」


 励ましの言葉は僕の心に意味と重さを持って、食い込んだ。認定証を大事に鞄へ仕舞い込み、朝比奈さんが戻ってくるまで待合所で時間を潰した。


「お待たせ、新田さん。無事に申請は済んだかしら?」


「うん!今さっき終わったところだよ。朝比奈さんも無事に終わったみたいだね!」


 手を振りながら近づく彼女へ僕も手を振り返す。無事に手続きが終わったらしく、彼女の表情は明月を模した笑顔で溢れていた。


「私の指定訓練施設は第四だったけど君は?」


「おぉ⁉僕も第四だよ!朝比奈さんと同じで嬉しいよ!」


 彼女との会話は意外にも弾み、市役所から移動している間も話題と笑顔が絶えなかった。明日から始まる過酷な教育課程に対する不安と期待が胸中を満たしていたが、朝比奈さんと話す間だけはそれを中和してくれた。




「着いたね」


 日本一の有名観光地にも引けを取らない塔立市役所から徒歩十分、天空を貫く塔付近まで歩いた僕らの眼前に立ち塞がる正門。よく見れば建物を囲む端外壁と塔が一体化している。門をくぐり抜け、施設内の案内板に従って進むと、他の訓練生たちが集まっている広場に辿り着いた。奥に見える建物は兵舎を改修した作り。先に集まった希望者達の空気はどことなくピリピリしていて、ちょっと力を入れて押せばあっけなく崩れ去りそうに思えた。


 人々の目が、新たに姿を見せた僕と朝比奈に視線が集まる。気を抜くと奈落へ蹴落とされそうだ。重い視線を感じながら、僕は決意を新たにする。困難を乗り越える強者だけが、塔を登る資格を手にすることができる――っ。


「…行こうか」


「ええ」


 僕らは互いに頷き合い、同時に一歩を踏み出した。塔の最上階に到達するには唯一無二の仲間を集め、共に挑み、時に競い、時に支え合いながら進む険しい道のり。


 草創期の時代から存在すると言われる『神の塔』。古往今来、数多の登塔者が挑戦し、誰も成し遂げなていないその頂に僕は挑む。


 希望と決意を宿した僕は集まる広場へ進む。きっぱりした足取りその一歩一歩が確実に未来へと繋がっているのだと信じて――。

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世界の中心、花咲く神の塔 名無しの戦士 @nameless_sensi

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