第一話 行きの新幹線

 意気揚々と私物が入った鞄を背負い我が家を出た僕は携帯に映る自立型思考電動人形の案内に従って目的地の駅へと続く道を歩く。少し早めに出発したお陰か静かな朝の通りが広がっている。街路樹の葉がそよ風に揺れ、小鳥のさえずりが心地よく響く。


 歩く中、道端の花壇には道端の花壇には朝露が光り、朝日が街並みを柔らかく照らしている。通りを進むと、徐々に新幹線停車駅が見えてくる。


 駅に到着した僕は、事前に日本塔組合が用意した指定席切符を改札に通し、乗降場に向かった。乗降場では、既に数名の乗客が待っていた。天井から吊るされた大きな電子画面には出発時間と行き先が表示されている。


「(同年代…?彼等も僕と同じ目的地なのかな?)」


 新幹線が到着する間、暇つぶしも兼ねて周囲の人たちに視線を移す。僕と同じ年頃の男女がチラホラと見受けられ、それぞれが多彩な表情を浮かべている。噂高い基礎訓練に緊張した面持ちの男子もいれば、友達同時で笑い合う女子たちもいる。皆それぞれに、今日から始まる寮暮らしに思いを馳せているのだろう。僕も例外じゃない。ヘマすれば無慈悲に蟻の如く命を刈り取る『塔』に登るんだ、緊張するし、恐怖も少なからず感じる。


 やがて流線型で、未来的な雰囲気を醸し出した新幹線の車両が滑り込むように到着した。扉が開き、車内から降りてくる乗客と入れ替わるように乗り込み、自分の指定された座席に向かう。車内は清潔で広々としており、とても快適そう。…っお、窓側の座席だ。


 眠気を誘うフカフカの座席に腰を下ろし、窓の外を眺めながらこれからの訓練生活について思考を重ねる。訓練内容、筆記試験、将来組む仲間達との出会い、期待と不安が混合する中、ごとりと車体が静から動へと移り変わる。窓から見える直下は視認できないほど瞬く間に後方へと流れていった。


 あっという間に都市の景色から自然溢れる田園地帯へと移り変わっていく。一時間ほど窓の外を眺めていると、反対側の窓際に座る子供の声が聞こえてきた。


 「ママ、今日は何で海の上の霧が消えてるの?昨日と一昨日はあったよね?」


 声に釣られて僕も視線を向ければ、遥か遠く見える一面の海を覆い隠す濃灰色の霧は綺麗さっぱり消失、代わりに広大な海は穏やかな青色で空と一体化している。波の綺羅星が朝日を受けて輝き、まるで無限に続く青絨毯のようだ。漂う多数の船舶がポツンポツンと確認できた。


「今日は霧晴れの儀って呼ばれる日からよ。日本領海を外国そとくにから守る霧が五日周期で晴れる悪日が『霧晴れの儀』なの」


「へぇー!そうなんだ!ねぇその霧も塔が出してるの?」


 子供特有の好奇心旺盛な質問に、母親らしき女性が微笑み優しく答える。


「学者さんの偉い人は、霧は塔が出す結界だって言っているわね。塔が日本を守るためにその霧を作っているって」


 子供は更に興味津々な様子で窓に頬をくっつけながら「じゃあ、その塔を登る人たちも凄いんだね!僕も将来、登塔者になれるかな~?」


「勿論ッ!お母さんの言うことキチンと聞いて好き嫌いしなければ必ず立派な登塔者になれる!」


 子供の希望を答えたのは母親ではなく、二人の話を聞いていた斜め前に座った同学年か一学年下の男子高校生。突如として話し掛けられた親子は驚いて目をパチクリさせるが、直ぐに子供は目を輝かせながら、「本当?じゃあ、僕も頑張る!」と元気よく答えた。

 母親も微笑みながら急に増えた男子二人の和やかなやり取りを見守っていた。




『まもなく、塔立市です。今日も新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございました。塔立市を出ますと、次は京都に停まります』


 新幹線はそのまま快適に進み、数刻が経過すれば車内放送が流れ、間もなくして速度を落ちていく。完全に停車したのを確認した後、僕は荷物を持って降車口に向かう。他の乗客たちも続々と降車していく中、僕はある人物に目がいった。


「(うわっ、凄い美人さん)」


 僕の視線は一人の女の子に釘付けになる。腰まで伸ばした艶のある黒髪をなびかせ颯爽と歩く姿はまるで絵巻から飛び出たかぐや姫。新幹線を降りて優雅に駅構内を歩く彼女の横姿に思わず引き寄せされる。その美貌は道行く人々の視線を集め、男女を問わず魅了する。


「(あの子も塔に挑む試験者かな?一緒の訓練所だと良いな)」


 僕はその軽やかな足取りで外へ歩いていく彼女の後ろ姿を見送りながら、年相応の思いを馳せた。


「おっと僕も急がないと」


 遅刻厳禁な大事に用事を思い出した僕は駆け足で改札を通り抜けて外へ出る。空を見上げれば雲一つなく冴え渡っている。そして――天を貫く白亜の摩天楼が眼前に広がった。


 日本の中心に聳え立つ塔、高さは約六百四十メートル。中へ入れば命を狙う魔物や、凶悪な罠、現代技術では有り得ない効果を発揮する至宝が幾多も出現する非常識な塔。


 そんな計り知れない存在価値を持つ塔は古の時代より欲に目が眩んだ外敵から狙われ続ける、日本の要。日本海を覆い隠す霧が晴れる日は、結界の力が一時的に弱まる日でもあるため、世界中から人が押し寄せてくる忌まわしき日。


 誰も成し遂げていない天辺に眠るとされる宝を手に入れれば惑星全ての富を得られると噂され、日本各地から数多の挑戦者たちが集い、それぞれが命を賭けて塔に挑む。ある者は自分の力を誇示するために…ある者は自らの夢と野望の為に…そしてまたある者は大切な人を守るために。


 故に日本は世界各国の羨望と畏敬を集める、誇り高き国家なのだと自負している。


 塔を中心に広がる市街地は様々な区画に分けられ、施設や店舗が立ち並び、その中心にそびえ立つ塔を囲むように位置する訓練所が幾つも点在している。




 目的地へ向かうバス乗り場に向かうと、既に他の訓練希望者らしき人たちが列を成してバスを待っている。僕も駆け足で列に加わると同時にバスが停車し、乗車することができた。間に合ったと、心の中で安堵のため息を漏らし座席に腰下ろす。


 そう言えば隣の窓際席に誰かが座っていたことを今更ながら思い出し、視線を正面から右へずらすと――。


 「……」


 駅で見かけた美女が僕の隣に座っていた。思わず二度見してしまったけど…彼女はこちらに視線を向けず外の景色を眺めている。驚きで一瞬思考が硬直しまったけど、直ぐに我に返る。こんな綺麗な人とお近づきになれる機会なんて滅多にない!と前向きに捉えて話し掛けようと勇気を振り絞り、話しかける。


「こ、断りなしに隣座ってゴメン。もしかして友達と一緒に座るつもりだった?」


 彼女は一瞬驚いたようにこちらを見てから、穏やかな笑顔で首を小さく横に振った。


「いいえ、私も一人なので大丈夫ですよ。…そう言えば同じ新幹線でしたけど、あなたも訓練届けに市役所へ?」


「そうだね。僕も今日から訓練に参加するんだ。よろしくね!僕は新田純之介」


「新田さん、よろしく。私は朝比奈舞あさひなまい。お互いに頑張りましょうね」


 彼女の優しい笑顔と穏やかな声に、僕の緊張は少しずつ解けていった。こんなにも美しい人が隣に座っているだけで、心強く感じられる。今なら困難な基礎訓練も完璧に終えそうだ!

 それから彼女と他愛もない会話を交わした後、目的地のバス停に到着した。バスを降りて少し歩くと、正面に大きな建物が目に映る。

 目的の施設、塔立市役所は堂々とした構造で街の中心に威厳を放っている。外壁は大理石で覆われ、光を反射して美しく輝いている。


「行こうか」

「ええ、行きましょう」


 僕と朝比奈さんは意を決した声を掛け合い、入り口へ続く長い階段を登る――。

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