特撮ヒーローオタクのおっさん、異世界で本物のヒーローになる

藤谷ある

第1話 おっさん、ヒーローを語る


 ヒーローになりたかった。


 ヒーローと言ってもスポーツで活躍した人や、車に轢かれそうな子供を救った人とか、そういうヒーローじゃない。

 子供向け特撮番組の中に出てくるあのヒーローの事だ。


 俺は幼い頃からヒーローが大好きだった。


 熱い友情と絆を力に巨悪と戦う戦隊ヒーロー。

 地球を救う為に遠い星からやって来た巨大ヒーロー。

 鋼鉄の体で宇宙を平和を守るメタルヒーロー。

 悲しい過去を背負い、人知れず悪の組織と戦い続ける孤高のヒーロー。


 幼い俺にとってはどのヒーローも魅力的に映り、毎回放送がある度に画面に齧り付いて目を輝かせていた。


 中でも往年の名作『超鋼騎装ちょうこうきそうルーカイザー』は俺にとって特別な作品だった。

 敵の手によって体を改造され悪魔の力を手にしてしまった主人公は、その体が故に悪にも人間にも交われず、研究者だった父が残した支援装備だけを頼りに、たった一人で世界を守り抜く戦いに身を投じて行く。

 それまでの正統派ヒーローと比べたら、少し複雑でシリアスなストーリーだったが、主人公に背負わせられた運命と悲哀の中に垣間見える戦士としての一筋の煌めきが、俺の子供心に突き刺さり夢中にさせた。


 貧しい家庭で育った俺にとってルーカイザーは心の支えでもあった。

 挫けぬ心、強き魂、貫く正義。

 人生で大事なことは全てルーカイザーから教わった。


 それは、おっさんになった今でも変わらない。

 ルーカイザーは俺にとっての心のバイブルなのだから。


 そのルーカイザーは初代の放送から毎年新作が作られ、今日まで四十年以上も愛され続けている長期シリーズだ。

 勿論、これまでの全てのシリーズを見てきているし、今年の新作もしっかりチェックしている。

 給料のほとんどは関連グッズや玩具に消え、一人暮らしのワンルームは特撮ヒーローで埋め尽くされている。


 それは世間からしたら、ただの特撮オタにしか見えないだろう。

 だが、心はいつもヒーローと共にあった。


 幼い頃は正義の心さえあれば、いつかきっと自分も変身できるようになれるのだと本気で信じていた。

 人々のピンチに颯爽と登場し、圧倒的な力で悪を討ち滅ぼす。

 そんなヒーローになれる。そう信じて疑わなかったのだ。


 しかし、それが叶わない現実だと知ったのは、それから結構すぐの事だった。

 その時はかなりショックだった。

 幼いながらに飯が喉を通らなかったし、寝付くこともできなかったのだから。


 でも……それでも、心はヒーローであり続けたいと思ったのだ。


 だから中学、高校では柔道と空手を習い、体をその心に見合ったものへと鍛え上げた。

 高校卒業後は引っ越し業や運送業、建設現場などの力仕事に従事し、働きながら体を鍛え続け、休みの日には公園をジョギングしたり、ジムに通ったりもした。


 自分を追い込む際にいつも頭に浮かぶのは、

〝力なき正義は無力なり、正義なき力は暴力なり〟

 という、これまたヒーローが作中で言い放った言葉。

 その言葉を胸にひたすら鍛え続けた結果、いつしかそんな生活が当たり前になっていた。


 ヒーローになれないと分かっても尚、俺がそこまで愚直に頑張れたのは、今の自分ではない自分に変われる変身することへの憧れがあったのだと思う。


 そして現在――。


 同年代の男性から比べれば、かなりがっちりとした肉体を手に入れた俺は――、

 どういうわけか、路上でうつ伏せに倒れていた。


「うう……」


 全身に激しい痛みが走る。

 呼吸も儘ならない。

 これは洒落にならない状態だとすぐに分かった。


 どうしてこんなことに……。


 理由は分かっている。

 今日も工事現場で誘導の仕事していた俺は、周辺道路の交通整理をしていた。

 鉄材を大量に積み込んだ搬入トラックが現場へと次々に入って行く。

 そんな最中に事は起こった。

 荷台に這わされていたロープが劣化していたのだろう。

 そいつが突然切れて、載せていた鉄材が雪崩のように崩れ落ちたのだ。


 完全に備品の管理ミス。

 ただ、それでも物が落ちただけなら、現場の人間がこっぴどく注意されるだけで済むだろう。

 だが、今回は状況がまずかった。


 鉄材が崩れた先にたまたま小学生くらいの女の子が通りかかったのだ。

 俺は反射的に飛び出していた。

 降り注ぐ鉄材から追い出すように女の子を突き飛ばす。

 代わりに俺は全ての重みをその背中に受けた。


 倒れ行く瞬間、女の子が無事なことはこの目で確かめたが、もう声をかける気力もない。

 恐らく大量の出血で意識がなくなろうとしているのだろう。


 多分、このまま俺は死ぬ。

 心残りはあると言えばあるが……。

 でも、最後にヒーローらしいことが出来て良かった。

 それだけが、せめてもの救い……。


 いや……本当にそうだろうか?

 俺が助けた子は目の前で怯えていた。

 恐らく……というか、俺は全くそんなことは思っていないのだが、彼女は俺の死に対して自責の念を抱き、これから先、苛まれ続けるかもしれない。


 そんなのは絶対に駄目だ。

 本当のヒーローは誰かにこんな顔をさせてはいけないのだ。

 犠牲の上に成り立つ笑顔など存在しない。


 彼女にそんな顔をさせてしまったのは、俺にそれだけの力が無かったから。

 俺が憧れたヒーロー達だったら、易々と彼女を救い上げ、自分も笑顔で去って行くに違いないのだから。


 だが、今の俺にはもう叶わぬ願い。それが悔しい。

 もし来世があるのなら――。

 誰も泣かせない。

 そんなヒーローになりたい。


 そう思った直後、俺の意識は途絶えた。

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