第4話 底なし沼
彼の横領を知った後も、私は彼と変わらず接することに決めた。
気まずそうに目をそらす暗い表情の彼を見て、私くらいは以前のままでいようと思ったのだ。
「まったく! 何やってんだよ!」
そう言って思い切り背中を叩いて苦笑いすると、彼は少しだけ安心したようにぎこちなく笑った。
彼が壊れてしまわないように、私くらいはなんでもない顔で笑っていよう。
そう思った。
けれど、今は思う。
それが間違いだった。
私は彼の現実逃避に付き合うべきではなかった。
彼がすべきだったのは、現実と向き合うこと。
目をそむけることではなかった。
横領については触れず、またくだらないことで笑い合う日々。
以前と何も変わらない穏やかな時間。
しかし、今思えば不審な行動はあった。
彼の携帯電話には頻繁に電話がかかってきていた。
彼はコール音が鳴るたび、ちらりと画面を見るとその電話を無視した。
「出なくていいの?」
私がそう聞くたびに「ああ、最近くだらない営業電話が多くて」と彼は答えた。
今はわかる。
それは闇金業者からの電話だった。
ここからは、のちに知った話。
多額の払い込みによって、お金がなくなった彼が最初にしたこと。
それは、クレジットカードによるキャッシングだった。
そして、そのお金が尽きて、次に頼ったのが消費者金融。
彼の性格を考えればわかることだった。
知人より他人からお金を借りる方が、プライドも傷つかず、迷惑もかからないと考えたのだ。
友人にお金を借りるという選択肢は、この時点で彼にはなかった。
しかし、借りたお金は当然返さなければならない。
結果、彼は会社のお金に手を出した。
もちろん、それで終わりにはならない。
払い込みを続けているため、横領してもなおお金を返し切ることはできなかった。
そうなったときに頼ったのが闇金業者だった。
一度闇金業者にお金を借りると、その人の電話番号は一気に闇金業者の間で広まるらしい。
そして電話がかかってくるようになる。
「うちでならもっと貸せるよ」
「審査なしでもすぐに貸せるよ」
なぜか。
闇金業者は知っているからだ。
最初に借りた闇金業者からの借金が、そんなにすぐ返せるわけがない、と。
予想通り、彼はまたお金を返せない。
結果、彼は別の闇金業者からお金を借りて、最初の闇金業者にお金を返す。
そう、自転車操業といわれる状態に陥る。
雪だるま式に借金は増え続け、まさに底なし沼のように落ちていく。
私にお金を借りたのは、闇金業者から「利息分だけでも払え」と言われた段階だった。
そう、そこまで来てようやく、彼は知人を頼った。
すべて遅すぎたのだ。
私がどうにかできる次元はとうの昔に過ぎていた。
私は何も知らずに、彼の心を守ることが、私のすべきことだと思っていた。
現実逃避に付き合い、彼の両目を覆い安心感だけを与えてしまった。
目を覆ったところで、現実は何も変わらないのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます