第3話 横領
私と彼には共通の友人がいる。
その友人は、彼と同じ職場で働いていた。
ある日、私はその友人に呼び出された。
「あいつ、会社の金……使い込んだらしい……」
「……使い込んだ?」
最初、言葉の意味がうまく理解できなかった。
お金を貸してから、まだ1ヶ月も経っていない日のことだった。
「横領したってこと……」
友人は暗い顔で、絞り出すように言った。
「横領!? え!? 横領って……。どうして……。それに、そんなことどうやって……」
友人によると、彼は顧客と契約した本当のプランより、ひとつ金額の低いプランを契約したと会社に報告していた。
プランを下げたことで発生した差額を、彼は自分の懐に入れていたのだ。
「それって、実際に提供されるプランが違うわけだから、お客さんが気づくんじゃないの?」
「そのプランの差はさ、営業の対応が手厚いかどうかってだけだから、こっちでどうとでもできちゃうんだよ……」
友人はため息交じりに答えた。
「しかも、やったのは数件とかじゃなくてさ……、少なくとも数十件単位……。どれぐらい横領したのか、まだわかってないんだ」
「そんなに……?」
友人は力なく頷いた。
どうしてこんなことになっているのか、わからなかった。
彼はギャンブル依存症でもなければ、アルコール依存症でもない。
高価なものを集める趣味もないはずだった。
「どうしてそんなにお金が必要だったんだろう……」
思わず口に出ていた。
「それなんだけどさ……」
私の呟きに、友人が言いにくそうに口を開いた。
「あいつ、払い込みもしてたんだよ……」
「払い込み?」
払い込みの意味も、そのときの私にはわからなかった。
「あいつ、ノルマが達成できなかったとき、嘘の売り上げ立てて、自分でその金額払ってたんだよ。それも毎月毎月結構な金額を……。それで自分の金だけじゃ足らなくなって、顧客の金をって感じで……」
「え……? じゃあ、架空の売り上げを支払うために、お客さんのお金をちょっとずつ抜いてたってこと?」
友人は目を伏せると、小さく頷いた。
しばらく言葉が出なかった。
会社のお金をちょこちょこ横領して、そのお金を自分の新規の売り上げとして会社に返していたということだ。
成績によってキックバックがあるため、彼が嘘の売り上げによって多少のお金は得たかもしれないが、私にお金を借りたくらいだ。
おそらく圧倒的に払い込みの金額の方が大きかったのだろう。
ため息しか出てこなかった。
「それで、もうクビになったの?」
当然すでにクビになっているものだと思った。
「いや、うちの会社、人手不足だからさ……。引き継ぎが終わりしだい退職って感じかな……」
「引き継ぎ……」
正直甘い判断だと思ったが、横領の理由が理由なだけに、同情的な見方をする人も多かったのだろうと思った。
もちろん、本当に人手不足というのもあっただろう。
「まぁ、早く辞めた方がいいよね……」
ノルマに追い詰められてこんなことになったのだ。
早く辞めた方がいいに決まっている。
むしろ早めに事態が明るみに出てよかった。
そう、このときの私はそう思っていた。
しかし実際には、この時点でまったく「早め」ではなかった。
彼はすでに、相当に深刻な状況に陥っていた。
彼は誰にも相談しなかった。
だから、この段階で私や友人を含め誰一人、何も知らなかった。
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