第31話 FIX!カメラワーク!撮り方を変えるだけで、随分といろいろなことが表現できるんだなぁ。
「では、FIXについて説明していこう。まずは、この映像を見てくれ。」
先生がパソコンのファイルをクリックすると、モニターに映像が映し出された。それは、高台から町全体を見下ろすように撮られた映像だった。
「これは“鳥瞰ちょうかん”。上から全体を見下ろしたものだ。撮影対象を含む全体の位置、大きさ、周囲の状況を表現するのに効果的な撮り方だ。ドキュメンタリーでは、取材場所の紹介や説明やラストカット、つまり終わりの画として使用することが多いね。一方ドラマでは、不気味さや恐怖などの心理描写とか、多難な前途を暗示したりするのに使用されるカットだ。」
うん、テレビで良く見るな。なるほど、ドキュメンタリーとドラマとでは使用目的が違うんだ・・・。
「次は、これだ。」
今度は、高い建物を下から見上げるように撮られた映像だ。これもNHKのニュースなんかでよく見る画像だなぁ。
「これは“仰瞰ぎょうかん”。鳥瞰とは逆で、下から撮影対象を見上げるように撮ったものだ。対象の持つ威厳だとか、威圧感、荘厳さなんかを表現するのに効果的なんだ。ドキュメンタリーでは、巨大企業や国家権力を表現するのに使ったりするし、ドラマではキャラクターの威厳や巨大さを表すのに用いるね。対象を擬人化して、主観的に表現することができるんだ。では、次だ。」
先生が次のファイルをクリックすると、一人の人物を上の方から撮った映像が再生された。
「これは“ハイアングル”。鳥瞰とほぼ同じ効果を狙っているんだが、人物に対して用いていると言う点で鳥瞰とは区別している。」
先生が再びマウスをクリックすると、一人の人物を下の方から見上げるように撮ったものが映し出された。
「これは“ローアングル”。仰瞰とほぼ同じ効果を狙ったものだが、ハイアングルと同じく人物に対して用いられる技法だ。次は、“タイト”だ。」
今度は、一人の人物が大写しされた映像が出てきた。
「タイトは、アップとも呼ばれている。対象を焦点化するのに効果的で、その人物の感情を表現したり、視聴者の想像力を喚起したりするのに用いられている。NHKのドクメンタリーを見ると良く使われているよ。」
確かに、スタジオなんかで一人の人物に対してインタビューしている時に良く見るなぁ。
「最後は“ロング”だ。」
モニターに、街の風景や建物全体を映した画像が映し出された。
「鳥瞰とは違って、目線が水平ですね。」
「そうだね。現場の全体像や距離感なんかを表現するのに効果的な撮影方法だ。番組のファーストカットやラストカットによく使われる技法だね。うちでは取材対象の概要説明が必要な場合にもよく使っているよ。」
ふーむ。撮り方を変えるだけで、随分といろいろなことが表現できるんだなぁ。
「さて、FIXにおける注意点も説明しておこう。一番に注意すべきことは、インタビューなんかでは、変に凝ったFIXを使わず、目線の高さで撮影するのが基本だと言うことだ。説明したように、FIXはいろいろなイメージを表現できるんだが、逆に間違ったFIXを使用すると、特に人物については、番組の趣旨とズレを生じてしまう恐れがあるんだ。」
「あっ、そうか。ハイアングルやローアングルを迂闊に使うと、視聴者に制作意図とは真逆の印象を与えてしまうこともあるんですね。」
「そういうこと。では、続いて“カメラワーク”について説明しようか。カメラワークは3つある。“パン”と“チルト”と“ズーム”だ。」
うーん、“ズーム”は聞いたことがあるぞ。“パン”と“チルト”は初耳だなぁ・・・。
「“パン”は、こういう撮影法だ。」
そう言って先生は映像を再生した。画面がゆっくりと左から右に移動していく。テレビでよく見る映像だ。これを“パン”て言うんだ・・・。
「こんな風に、画面を左右に移動させる技法だ。パンは、情報を視聴者に段階的に知らせる効果や、パノラマ的な効果として使えるんだ。例えば、集団の中にいる個々の人の表情を順に映し出したり、町や場所の紹介や説明のシーンなんかに用いたりするね。ただ、撮影者が適切なスピードでカメラを動かしたり、一定のスピードでスムーズに動かしたりできる技術を体得していないと使えないから、あらかじめ、練習を積んでおかないといけないね。」
やっぱり撮影にも練習が必要なのか・・・まぁ、当たり前だよね。誰にでもできることだったら苦労は無いもんね・・・。
「“パン”が水平方向にカメラを動かすのに対して、“チルト”は、上下に画面を移動させる撮影法だ。パンと同様に対象が持つ情報を連続的に知らせる効果があるんだ。」
モニターには、お爺さんの顔が映っている。しばらくするとカメラがゆっくりと下の方に移動して、何やら伝統工芸っぽいものを作っているお爺さんの手元を映し出した。
「こんな風に作業中の人の顔から手元にカメラを移動させることで、どんな人が何を作っているのかと言う情報を視聴者に伝えているんだ。」
なるほど、情報を“連続的に”知らせるとはこういうことか。
「他にも、“空から対象物へ”とか、“天井から部屋の中活動へ”といったシーンにも良く使われているね。」
そう言って、先生はそうしたシーンの例も再生して見せてくれた。・・・うん、確かに見覚えのある演出だ。
「最後は“ズーム”だ。これは前後に画面を移動させる撮影法だ。撮影対象の焦点化や、逆に対象の全体化に使われる技法だ。映画なんかだと、対象の“主観化”や、逆の“客観化”という風な演出に使われているね。」
そう言いながら、先生は、“最初は群衆が映されているけど、やがてゆっくりと一人の人物に焦点が充てられ、その人が大写しになる”と言ったものや、逆に“最初は一人の人物が大写しだった映像が、ゆっくりとカメラが引いていって最後は群衆の画になる”もの、“最初バストショットだった画がカメラが寄って行って顔のアップになるもの”なんかを例として見せてくれた。
「プロになると、パンやチルト、ズームを組み合わせて、同時に使用するっていう技法も使っているね。例えば、パンしながらズームバックする、っていう風にね。しかし、さっきも言ったように、カメラを自在に動かせるだけの技術が必要だから、慣れていないのに使うと画面がチープになるから、無理に使わない方がいいだろうね。また、技術があるからと言って、多用すると訳の分からない絵になってしまうから、1カットの中で使うカメラワークは1回が限界だろうね。」
なるほど。できるようになるとつい嬉しくなって、そればかりやるってことを小さい頃は良くやってたなぁ・・・。
「できる技術を見せびらかすような作品を作っては駄目、ってことですね。」
「そういうこと。より良い作品を作るための技術であって、技術を見せるための作品ではないってことを是非念頭に置いといて欲しいね。」
「判りました!」
「さて、次は撮影時の心得について説明しようか。心得で最も重要なのは、“カメラの機能に頼らない”と言うことだね。」
「“カメラの機能に頼らない”?ですか???」
「ははは。具体的に言うと、カメラにはズーム機能が付いてるよね。でも、これはできるだけ使わない方が良いんだ。」
「えっ?何故ですか?付いている機能は使った方が便利なんじゃあ?」
「実際に撮影してみると判るよ。どれだけ練習しても、思うようなスピードでズームすることはなかなかできないもんなんだ。ズームは、編集におけるリズムを計算して行わないといけないんだが、カメラに付いているズームスイッチは、こちらの計算通りにはなかなか動いてくれないんだよ。速くズームしすぎたり、逆にゆっくりとズームしようとすると、滑らかにいかなくて、カクンカクンしたテンポが一定しないものになったり。その点、カメラマンが対象に近づいたり離れたりする動作は、訓練すればすごく滑らかにできるようになるからね。それに、遠くからズーム機能を使って対象を撮ると、画面が荒くなったり、ちょっとした動きで大きく画面が揺れたりするんだ。だから、基本的にはカメラマンが対象に向かって近づいていくべきなんだよ。」
「なるほど。私、あんまりビデオカメラを使ったことが無くて・・・そう言った問題点は思いもしませんでした。」
「まぁ、何事も経験してみないと判らないことが多いからね。」
「先生ぇ、質問よろしいですか?」
「はい、どうぞ。」
「えっと・・・ビデオカメラのズームは、どうしておくのが正解なんですか?」
「うん。最もズームの状態にあわせておくのが良いだろうね。適切な画面サイズは、カメラを引いて決めるんだ。」
「判りました。有難うございます。」
「さて、その他の心得も説明しておこうか。一つは、“尺に注意”すること。」
「“尺”・・・ですか?・・・ええと、どう言うことでしょうか?」
「“尺”とは撮影したカットの時間的長さのことだよ。カットは、必要な時間分だけ撮れば良い訳じゃぁないんだ。何故なら編集で必ず前後を切るからね。だから、必要な部分の前後に余分な映像が十五秒ずつは最低限必要なんだ。例えば、十五秒のカットが必要なら、前後それぞれ十五秒ずつ、合計で四十五秒は撮っておかないといけないんだよ。」
「へぇー、使う分だけ撮ればいいと思ってました。編集を前提に撮らないといけないんですね。」
「そう。番組作りをしたことの無い人がよくやる勘違いだね。・・・さて、次は・・・。」
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