第32話 “ろけはん”・・・って何ですか?うーん。撮影を始めるまでがこんなに大変だったとは・・・。
「“撮影中はしゃべらない”だな。」
「あっ!先生ぇ、それはさっき渋川さんに指摘されました。カメラのマイクは意外と高性能で、周りの音をすべて拾ってしまうから、撮影中はしゃべったら駄目って・・・。実際に撮った映像を再生してみると、私の声が綺麗に拾われていました。」
「おおっ、渋川もなかなかできるようになったなぁ。俺より先に指摘するとは。実際に経験したならこの話はしなくても良いな。」
先生に褒められた渋川さんが、ちょっと顔を赤らめて上目遣いになっている。ふふ、可愛い・・・。
「なら、次の話だ。“能動的に撮影することを心掛ける”だな。」
「“能動的”・・・ですか?」
「うむ。カメラは“長回し”よりも“カット数”が勝負なんだ。こまめにカメラの位置、画面のサイズ、画面のアングルを変えて、できるだけ沢山の種類の画を撮るんだ。」
「何故ですか?」
「編集の時、より良い画を使うためだ。一つしか画を撮っていないと選択することができないだろ?画を撮っていた時は気付かないかもしれないが、いざ編集、と言う時に見返してみると、画の良し悪しが意外とあるんだよ。プロなら一発撮りで良い画を撮れるかもしれないが、高校生はそこまでの腕はまだ無いのが普通だ。だから、経験を積むという意味でも能動的に撮影すべきなんだよ。」
ふむ。アナウンスと同じで、撮影も日々の努力が必要なんだなぁ・・・。
「さて、次は“ロケハン”について説明しておこう。」
「???“ろけはん”・・・ってなんですか?」
「“ロケハン”とは、“location(ロケーション) hunting(ハンティング)”って言う和製英語を略したものだよ。英語の“location”の意味は?」
「はいっ!“位置”とか“場所”っていう意味です。」
「うん正解だ。だが、放送業界ではもっと具体的に“野外の撮影地”と言う意味合いで使っている。じゃぁ、“hunting”の意味は?」
「はいっ!“狩り”ですっ。」
「うん、それも正解だが、放送業界では“追求する”とか“探索する”といったニュアンスで使っているんだ。つまり、“ロケーション・ハンティング”とは、“野外の撮影地を探す”って意味なんだ。で、発音しやすく縮めたものが“ロケハン”だ。事前に撮影する場所の下見をすることだと考えればいい。」
「なるほど・・・下見をしておけば、スムーズに撮影できるから・・・ですね?」
「うん、ただし注意すべきは、ロケハンはただ単に撮影場所を確認するだけでは無いということだ。“この時間、この場所で撮影をする”とか、“この場所での立ち位置はここで、顔の向きはこっち”とか、“この場所に荷物をまとめておこう”とか、実際の撮影風景を思い浮かべながら、当日のスケジュールを組み立てていくんだ。」
「つまり、撮影のシミュレーションを行う・・・って考えればいいんですか?」
「おおっ、そう、それだ!君はなかなか的確な表現を使うな。その考え方でいい。」
へへ、褒められたぞ。そうか・・・ただ単に“見ておく”だけじゃ駄目なんだ。頭の中で、どんな画になるか、どんな画を撮ろうかを考えて、イメージを膨らませなきゃいけないんだな。
「では、ロケハンでチェックすべきポイントを説明しよう。まずは、屋外でのロケハンだ。ポイントは4つある。一つ目は、障害物の確認だ。撮影場所に撮影の障害となるものが有るのか無いのかを確認しなければならない。」
「それは、障害物があると、映したくないのに映像に入ってしまったり、カメラと被写体との間に十分な距離をとれなかったりするから・・・で、いいんですか?」
「その通りだ。君は本当に筋がいいな!うちの生徒じゃないのが残念だよ。」
へへ、また褒められてしまった。
「二つ目は、音響環境の確認だ。撮影現場で、どんな音が聞こえるかを確認するんだ。」
「それは、撮影時に自分たちの声が入らないようにしゃべらないってことと同じですね?取材と関係のない雑音が撮影の邪魔にならないかを確認しなければならない・・・で、いいんですか?」
私の答えを聞くと、初めて先生はにやりと笑った。
「それだけでは答えとしては不十分だ。確かに関係の無い雑音は邪魔になるけど、逆に関係のある音はできるだけ残したいんだよ。だから現場でどんな音が聞こえるかを確認しておく必要があるんだ。」
えっ?逆に残すという選択肢もあるんだ。
「逆に残したい音って、どういった音なんですか?」
「取材する人の職業や技術、取材した場所なんかの特徴が判る音だよ。例えば、駅のホームを撮影したとしよう。電車の発車を告げるベルの音とか、駅員さんのアナウンス、電車の走る音やブレーキの音なんかは、その場の状況を視る人に教えてくれるだろう?これを“soundscape”と言うんだ。目に見える視覚的な風景のことを“Landscape”と言うんだが、これに対応した言葉で、“耳で捉えた風景”を意味してるんだ。」
「なるほど、アニメなんかで使われるSEってやつと同じ効果を狙うんですね。」
「そう言うことだ。映像を使うテレビ番組と違って、音だけを使うラジオ番組ではこのsoundscapeが重要な役割を果たすんだ。」
なるほど!音の情報も番組には不可欠な場合があるんだ。
「判りました!」
「ちなみに、実際にその場にいるときはそこまで気にならなかったけど、動画にしてみたら気になるということもあるから、ロケハンでは一度撮影して聞いてみるのがお勧めだね。」
「えっ?そんなこともあるんですか?」
「人間は、不必要な情報はあまり意識しないように出来ているからね。リアルの世界では耳に入ってなかったけど、映像を視ると耳に入ってくる場合が良くあるんだよ。さて、三つ目は、射光の向きや強さの確認だ。強い光はフレアやゴーストが起こったりするからね。」
うん?聞いたことの無い単語が出て来たぞ???
「先生ぇ!理科の授業で“ハレーション”を習ったことがあるんですが、ハレーションとは違うんですか?」
「ハレーションは、レンズから太陽などの強い光が直接入射して、画面の一部がぼやけて写ってしまう現象のことだ。ハレーションとフレアは混同されがちなんだが、発生のしくみは全く違うんだよ。ハレーションは、フィルムの内面でおきる現象だから、デジタルカメラを使っていると起こらないんだ。それに対してフレアは、レンズやボディの中で光が反射することで、画面にカブリやムラが出る現象のことだ。カブリが発生すると、画像の一部や全体が白っぽくなって、シャープさを欠いた画になるんだよ。」
「なるほど。フレアを防ぐために、レンズに光が当たらないようカメラアングルを工夫しなきゃならないんですね?」
「そうだ。どうしてもアングルを変えることができない時は、手や厚紙をレンズの前にかざしてやればいい。ただ、ファインダーの中でフレアが消える位置を探らないといけないから、どうしても撮影開始までに時間がかかってしまう。できることならカメラアングルを工夫する方がお勧めだよ。」
「判りました。では、もう一つの“ゴースト”って何ですか?」
「うん、逆光なんかでレンズ内に強い光が入ると、レンズ内で反射した光が絞りの形や楕円として映像に写ってしまうんだが、この光の像のことをゴーストって言うんだ。ビデオカメラみたいなズームレンズは、ゴーストが発生しやすいから、撮影時はレンズに光が直接当たらないようにカメラアングルを工夫する必要があるんだよ。」
「フレアもゴーストも、カメラに逆光が入らないようにすればいいんですね?」
「そう言うことだが、ビルに反射する光なんかでも起こるから、ロケハンでは、それも確認しないといけない。そもそも日差しや反射光の向きや強さは、時間帯によって変わってしまうから、撮影当日の予定と同じ時間にロケハンをしないと意味が無いから注意が必要だ。」
注意すべき点が沢山あるなぁ。ロケハン一つとっても大変だ。聞けば聞くほど番組作りのハードルが高くなっていくような・・・。
「さて、最後のポイントだ。四つ目は撮影条件の確認だ。ロケ地によっては、撮影許可が必要な場合があるから、ロケ地が決まったら、すぐに撮影許可が必要かどうか調べて、必要なら、すぐに申請手続きをしなければならない。ロケ地によっては、申請を出してから許可がおりるまでに時間がかかってしまったり、そもそも許可がおりないこともあるからね。」
「なるほど。ロケが必ずできるとは限らないんですね。」
「そう言うこと。インタビューの場合もやはり早め早めにアポを取らないといけない。日程を相手の都合に合わせなければならないから、インタビューしたい相手が決まったら、早めにアポを取らないと撮影が間に合わないこともある。注意が必要だ。」
うーん。撮影を始めるまでがこんなに大変だったとは・・・。番組作りを甘く見ていたなぁ・・・。
「さて、続いて屋内でのロケハンについて説明しようか。」
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