第30話 ”撮影時はサポート役が重要!”・・・実際にやってみて、納得です!

「三つ目。“撮影をしている部員に対するサポート役を設けること”。これは、体験した方が良く判るか・・・。一度、外へ出て、撮影体験をしてみようか。」


 そう言うと、桑畑先生は部屋から出て行った。


「それじゃぁ、東和の皆さん、行きましょう。」


 渋川さんはそう言って、私の手を引っ張った。


「ど、どこへ行くんですか?」


「先生がおっしゃったでしょ?これから校庭に出て、実際に撮影をしてみましょうよ。こう言うことは実際に経験してみないと、実感として判らないんですよっ。」


 渋川さんって、こういうキャラクターだったっけ?なんか県総文の時と印象が違うんですけど?などと考えているうちに、私たちは桑畑先生の待つ中庭へと引っ張り出されていた。


「さぁ、栗栖さん、撮影しながら歩いてみてください。」


 そう言いながら渋川さんは、高倉高校のビデオカメラを私に貸してくれた。


「デジタルビデオカメラなので、ファインダーではなく、横に付いているモニターを見ながら撮影します。撮影は赤いボタンを押すと始まり、もう一度押すと止まりますよ。」


「判りました。・・・えっと、誰かが移動する様子を撮影するって設定でいいですか?・・・響子ちゃん、モデルになってくれる?私は、響子ちゃんの前を撮影しながら後ずさりしてみるから。」


「OK!じゃぁ、歩き出すタイミングは合図してよね。」


「了解!・・・じゃぁ、3・・・2・・・1・・・はいっ、スタート!」


 私は、ゆっくりと歩く響子ちゃんの姿を、彼女が歩く速度に合わせて後ずさりしながら撮影をした。十mほど移動しただろうか。いきなり誰かが背中に手を当てて私を止めた。


「はいっ!ストップ!これ以上下がると危険ですっ!」


 私を止めたのは渋川さんだ。何事かと振り返ると、あと数十cmで溝に落ちるところだった。


「どうですか?撮影していると周りの様子が判らなかったでしょ?撮影に夢中になっていると、どうしても視野が狭くなって、周りの状況が判らなくなるんですよ。だから、撮影者のサポート役が、今みたいに危ない時は警告したり、実際に止めたりして、事故を起こさないように気を配らなければいけないんです。」


「本当だ・・・後ろに溝があるなんて気が付かなかった・・・。今度は響子ちゃんが、紙織ちゃんを撮影してみて。私がサポート役をやってみるから。」


「OK!頼んだわよ!紙織ちゃん、キュー出しするから歩いてみてね。」


「了解!」


「じゃぁ行くよ。3・・・2・・・1・・・スタート!」


 響子ちゃんはカメラのモニターを見ながら、後ずさりしていく。・・・あっ!ちょっと大きめの段差がある!


「響子ちゃん!段差があるよ!注意して!」


 響子ちゃんは、モニターから目を離して、足元を確認して、注意しながら段差を降りて撮影を止めた。


「今のタイミングは良かったですねぇ。撮影中はちょっとした段差でもこけて怪我をすることもありますから、今のように注意喚起をしましょう。ただ、一つだけ問題点がありますよ。何だか判りますか?」


 渋川さんが、悪戯っぽく目をくりくりさせながら聞いてきた。・・・うーん、何だろう?ちゃんと注意喚起したし、そのことは褒められたんだけど・・・?


「うーん・・・判りません。何が駄目だったんですか?」


「ふふっ、それはビデオを再生してみると判りますよ。」


 相変わらず渋川さんは悪戯っぽい表情を変えない。首を傾げながら、私たちは今撮ったビデオを再生してみた。ビデオにはゆっくりと歩く紙織ちゃんが映っている。突然、凄い声が轟いた。


 『響子ちゃん!段差があるよ!注意して!』


 あっ!私の声だ。ものすごくはっきりと録音されている!


「どう?判った?ビデオのマイクは結構高性能で、ある程度の大きさの音ならきっちりと録音してしまうから、折角撮ったフィルムが駄目になってしまうの。もし、今の撮影が撮り直しの効かないものだったら、大変でしょ?だから、声を出さずに、さっき私がやったように手で背中を止めたり、叩いたりして注意喚起するの。主な状況毎にどのように合図するかを決めておくといいかも。ちなみに、私たちは、落ちる危険があるときは3回、段差なんかでこける危険があるときは2回、自動車や自転車が近づいてきている時は1回背中を叩くって言う風に合図を決めてます。」


「なるほど。撮影者の安全を確保しつつも、フィルムに影響が無いようにしなければならない・・・だから合図を決めておくと良いってことですね。」


「そう言うことです。」


「サポート役の重要性は理解したかい?」


 離れて私たちの様子を見ていた桑畑先生が私に尋ねた。


「はいっ!理解しました!」


「うむ、よろしい。ちなみに、サポート役には今体験したこと以外にも色々な役割があるんだ。周りの人達に対して注意喚起をする。コミュニケーションをとる。気配りをする。これらは全てサポート役の仕事だ。ロケをする際、サポート役の存在は欠かせないんだよ。」


「ほへぇ、撮影者以上にサポート役は重要なんですね。」


「さて、続いては撮影開始前にしておくべきことについて教えておこう。まず一つ目は、三脚を準備すること。さっきの体験では、ハンディ撮り、つまり三脚無しで撮影をしてもらったけど、本来の撮影では、意図的で無い限りハンディ撮りはしてはいけないんだ。」


「えっ?何故ですか?皆、普通にハンディ撮りをしてますよね?」


「ホームビデオなら構わないんだがね。番組の素材としては普通使えない。ハンディ撮りでは、どうしても画面が揺れたり、画面の水平がとれていなかったりして悲惨な絵になるんだよ。水平感覚や揺れの制御は、技術的な訓練を受けていないとできないんだ。プロのカメラマンはそういう訓練を受けているけど、高校生は受けていないだろう?仮に受けたとしても、それだけで高校3年間が終わってしまう。作品作りができないのでは本末転倒だ。しかし、三脚を使えば水平で揺れない画面を誰でも撮ることができる。だから三脚を使って撮るべきなんだよ。」


「なるほど・・・作品作りではハンディ撮りをしてはいけないんですね・・・。」


「絶対ではないぞ。演出上、意図的に使うことはあるよ。臨場感を表現したり、実際の目線を表現したりする場合は効果的とも言えるからね。ただ、編集する側から言えば、前後のカットとの連続性を考えなければならないから、ハンディ撮りの画像を単独で使うことはできないね。しっかりと構成を考えてからでないと使えない。」


「初心者には難しいんですね・・・かなり手慣れてからでないと使えないかぁ・・・。」


「そういうこと。・・・では、続きを説明しよう。三脚にカメラを固定して、画面を水平に調節できたら、次は画面サイズを決めよう。注意すべき点は、意図的なズーム撮影で無い限り、撮影中に画面サイズを変更してはならないことだ。また、画面上の視点や焦点は判り易く明確にしておくこと。何を撮っているのか判らない画像や視聴者に見せたいものに焦点があっていない画像は、素材としては使えない。使っても見ている側は、何を見せられているのか、何に注意を払ったら良いのか判らなくなってしまうからね。では、部室に戻ろうか。」


 うん?もう部室に戻るのかぁ・・・今度は何だろう?


 ☆


「さて、次の話は“撮影技術”についてだ。これは、実際の映像を見ながら解説する方が判り易いからね。具体例を見ながら聞いてもらおう。」


 なるほど、それで部室に戻ったのかぁ。


「まずは“FIX(フィックス)”だ。FIXとは、映像業界では“カメラを固定して撮影する”ことを指している。一つのシーン中で移動せず、特定のアングルを捉えて撮影することだよ。ちなみにFIXは業界ごとに意味が異なるから、言葉として使う場合は、“番組作りでは”と言うように限定して使うと良いだろうね。」


「そんなに意味が違うんですか?」


「うん、かなり違うね。ビジネスの世界では、“スケジュールや場所などを決定する”と言う意味で使っているし、IT業界では、“ソフトウェアやシステムの修正やバグを解決する”ことを指している。建設業界では“建物に設置される設備や什器を固定する”と言う意味で使っている。この場合、設置された設備は建物の一部として永久に固定されるため、特に移動や交換が難しいものを指すようだね。また、航空業界では、出発前に出発日、到着日、経由地などの条件が固定されていて、後から変更ができないチケットのことを“FIXチケット”って呼んでいる。いわゆる“格安航空券”のことだね。」


 うわぁ、まるで現代社会の授業みたいだなぁ・・・でも、勉強になるなぁ。

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