第21話
学園長室にレフェリー氏は二人を案内した。
アンジェリーナとアンソニーはドアをノックして入る。学園長は返事をしたので失礼しますと言った。
中には重厚感漂う調度品がバランス良く置かれていてアンジェリーナも感心する。奥には飴色に磨き抜かれた机と椅子があり一人の男性が座っていた。
男性は髪に白いものが混じった初老といえる年齢であった。厳格な雰囲気だが濃い緑の瞳を細めてアンジェリーナ達を見ている。
「…ああ、アンジェリーナさんとアンソニー殿下ですね。今日はどのようなご用かな?」
低い声で言われてアンジェリーナは頭を下げた。レフェリー氏はそれを見て頭を上げるように言った。
「アンジェリーナさん。まずは頭を上げてください。学園長に報告したい事があるんでしょう」
アンジェリーナは言われた通りに頭を上げた。息を吸って言った。
「…あの。学園長先生、わたしは学園に報告したい事があって今日は来ました。その、母国のルクセンで事件がありまして。弟で王太子のカイルが位を辞退したのでわたしが新しい次期国王候補になりました。幸い、高等部は卒業していますし。大学部には入る予定でしたが。それはできなくなったのでこうやってご説明に上がりました」
「ふむ。事件か。それで君が新しい王太子になったわけだね。では、大学部に入らないのであるんだったら書類を書いてもらおうかな。何、ややこしいものではないよ」
学園長はそう言いながら机の引き出しを開けて二枚程の書類を出した。それをレフェリー氏が受け取ってアンジェリーナに渡してきた。
後でペンとインクを持ってきてもらって書類に必要な情報を書き込んだ。二枚とも書いてからレフェリー氏に見せる。
「これで手続きは完了ですね。後は魔力を込めた捺印を押してください」
アンジェリーナは指に魔力を込める。レフェリー氏は朱肉を用意してくれた。それに指を押し当ててから書類に捺印した。捺印には魔力の効果か銀色のキラキラとした粉状のものがついた。
学園長によると魔力を込める事で本人か識別しやすいそうだ。手続きを終えるとアンジェリーナとアンソニーは学園長室を辞した。
馬車に乗って王宮に戻ったのだった。
その後、アンジェリーナはスルテイア皇国の王宮にてアンソニーとの婚約式に臨んだ。白い銀糸の刺繍が施されたドレスに身を包み、神前で婚約指輪を交換しあう。
神官に祝詞をかけられてアンジェリーナとアンソニーは婚約する事を互いに宣誓する。白い光に包まれて二人の指に填められた指輪にそれが吸い込まれた。
「…これにてアンソニー殿下とアンジェリーナ殿下の婚約は正式に行われました。新しい婚約者たちに幸多からん事を!」
神官がそう声を張り上げて宣言すると会場内は拍手と歓声でわあと盛り上がった。二人は互いに見つめあってそっと手を繋いだ。
「アンジェ。この指輪にはスルテイア皇国の守護神のカーラデイア様の加護が宿っている。婚約はその加護を得るための儀式でもあるんだ」
「そうだったのね。カーラデイア様と言ったら豊穣と芸術の女神よね。ルクセン王国の守護神とはご兄弟だったかしら」
「そうだよ。ルクセン王国の守護神は闘いと縁結びの女神でカルリア様といったかな」
二人はそんな会話を小声でしながら歓声をあげる群衆に手を振った。出席していた貴族などがさらに拍手をした。アンジェリーナとアンソニーは婚約式を行った大聖堂を出る。外に出たら後は王宮へと帰るだけだ。馬車に乗って二人はほうと息をついたのだった。
アンジェリーナは王宮に戻ると着替えて部屋で休息を取った。侍女のジェマが入れてくれた紅茶を飲みながらアンソニーとの婚約について考えた。アルバートとの事はまだ、割りきれないでいる。仕方のない事だとわかっていてもそれでも呵責に苛まれるのだ。アンジェリーナは紅茶と共にそれを流しこむかのように飲み込んだ。砂糖や蜂蜜を入れていないためにほろ苦い味がした。それは今の気持ちを表しているかのようだった。
アンソニーには迷惑をかけたくない。ぎゅっと目を瞑って頭を振る。アンジェリーナは心配するジェマをよそに立ち上がった。出入り口用に作られた窓からバルコニーに出る。
(今は戴冠式と結婚式の事だけを考えておこう。スルティアにいる間はカトリーヌたちの事は除外よ)
そう思いながらバルコニーの手すりに寄りかかった。そこから見える景色は幼い頃から慣れ親しんだものだ。煉瓦造りの建物や石畳が広がっている。皇都の中央には大聖堂もあった。そこの鐘が時刻を知らせる。
リンゴンと鳴るそれを聞きながらアンジェリーナは何ともいえない気持ちになったのだった。
あれから、早いもので二週間が過ぎた。アンジェリーナがルクセンに戻る日がやってきた。アンソニーも今回は同行する。スルティア皇帝夫妻と宰相、侍従たちが見送りをしてくれた。総勢で三十名ほどであったが。それでも、アンジェリーナは嬉しかった。
「…陛下、それにエレノー后妃陛下。このたびは大変お世話になりました。後、幼き時より私の事を保護してくださり感謝の念は絶えません。本当にありがとうございました」
アンジェリーナが礼を述べると皇帝や后妃は涙を浮かべながら返事をした。
「いや。礼は言わなくていい。君の事は娘のように思っていた。妹君や弟君たちの事ではさぞかし、辛い思いをしたことだろう。ルクセンに戻っても元気でな」
皇帝が言うと后妃も頷いた。
「本当にその通りですよ。アンジェさん、また暇ができたら遊びに来てね。待っているわ。それと達者でね」
「…陛下もエレノー后妃陛下もお元気で。では、ソニーにも挨拶を」
「ええ。ソニーもこちらへいらっしゃい」
アンジェリーナの言葉を受けてアンソニーも皇帝夫妻、両親の元に来た。三人で別れを惜しんだ。ちなみに皇太子のアンドレイや皇女たちはこの場にはいない。公務が重なったので来れなかったからだ。
が、前日にアンドレイたちには別れの挨拶をしたから問題はなかった。そうして、アンジェリーナとアンソニーは馬車に乗り込んでルクセン王国に向かったのだった。
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