第19話

 アンジェリーナが起きたのは夕方になってからだった。侍女のジェマが起こしにくる。


「アンジェ様。起きてください。もう、夕食の時間ですよ」

「ん。もうそんな時間なの?」

「ええ。既に五時を過ぎていますよ」

 ジェマは寝室のサイドテーブルに置いてある時計をちらりと見ながら答えた。アンジェリーナは慌ててベッドから体を起こす。

「そう。わかったわ。夕食は食堂でとるでよかったわよね?」

「そう、アンドレイ殿下が仰せです。皇帝陛下方も共に食事をとりたいと仰せになっています」

「だったら急ぐわ。ジェマ、髪を整えるから手伝って」

「わかりました。髪結いとお化粧はおまかせください」

 アンジェリーナはベッドから下りると鏡台に向かった。ジェマも付いていったのだった。



 髪をハーフアップにして軽くお化粧をする。衣服もタートルネックのシンプルなドレスに着替えた。色はベージュである。

 袖も手首まであって露出はしないタイプだ。ペンダントをつけて食堂に急ぐ。寝室を出ると応接間にはアンソニーが待っていた。

「え。ソニー、何でいるの?」

「…つれないな。君を迎えに来たんだよ。兄上が婚約者だったんなら迎えに行くくらいはやれって言っていたから」

「はあ。それはどうも。気を使わせてごめんなさい」

「別に気を使ってはいないよ。アンジェとは仲良くやりたいしね」

 そう言うとアンソニーはにこりと笑いながら立ち上がった。さりげなくアンジェリーナに手を差し出す。

「アンジェリーナ。行こうか」

「ええ」

 アンジェリーナは頷きながら差し出された手に自身の手を重ねた。思いの外、強い力で握られ引っ張られる。驚きながらもアンジェリーナは食堂にアンソニーと向かったのだった。




 食堂に着くとアンソニーは自分の隣にアンジェリーナをエスコートする。椅子を侍従が引いてくれて礼を言って座った。アンソニーも繋いでいた手を外して座る。既に皇帝と后妃、皇太子のアンドレイ、二人の皇女も席についていた。

「アンジェリーナ。アンソニーと一緒に来たか。もう、仲が良くなったのか?」

 皇帝が問いかけてきた。アンジェリーナが答えようとしたらアンソニーがにこやかに笑いながら口を開く。

「ええ。アンジェを部屋まで迎えに行きました。婚約者としては当然かと思いまして」

「はは。まだ、そなたらは婚約式を済ませてはおらぬぞ。気が早いのではないか?」

 皇帝が笑いながらちくりと言う。アンソニーも良い笑顔で言い返した。

「気が早いとは思いません。アンジェリーナは美人ですからね。他の悪い虫に狙われても面倒です」

「まあ、それは言えておるな。早めに婚約式を済ませてしまわねばならない」

 皇帝もアンソニーの言っている事に納得したらしい。ふむと頷いている。アンジェリーナはふうとため息をつきながらも皇女方に視線を移した。

「あら、アンジェリーナ様。お久しぶりですね」

 最初に気がついて声をかけてきたのは栗毛色の柔らかそうなカールした髪をリボンで複雑に編み込み、緑色の瞳が印象に残る大人びた方の皇女だった。

「ええ。こちらこそお久しぶりね。ヘレン様」

 アンジェリーナが名を呼ぶとヘレンといった皇女は嬉しそうに笑った。

「はい。アンジェ様もお元気そうで何よりです」

「アンジェ姉様。わたくしの事を忘れないでください」

 次に言ってきたのは后妃と同じ金の髪に赤紫の瞳で小柄で華奢な皇女だ。雰囲気は可憐で愛らしく大人っぽく凛としたヘレンと違う。「ああ。ごめんなさい、忘れていたわけではないのよ。マーガレット様」

「まあ、仕方がありませんね。わたくし、姉様方よりも背が小さいですし」

 マーガレットは愛嬌たっぷりに笑った。后妃にどことなく似ている。三人で和やかにしていると食事が運ばれてきた。

「では、後で私の部屋に来てください。一緒にお茶でも飲みながらお話しましょう」

「行かせてもらうわ。楽しみにしているわね」

 はいと答えたヘレンとマーガレットだった。



 食事を終えるとヘレンやマーガレットと共に食堂を出た。ヘレンの使う後宮の西棟へと向かう。マーガレットはヘレンの隣の棟である東側を使っている。現在、後宮には側妃がおらず、正妻であるエレノー后妃とヘレンたちしかいない。皇子たちは王宮の一角を住まいとしていて後宮を出ていた。

 アンジェリーナは侍女を連れながらヘレンの自室にたどり着いた。「アンジェ様。こちらがわたしの部屋になります。お入りくださいな」

「わかったわ。では、お邪魔します」

 アンジェリーナが入るとマーガレットやヘレンも続いて入った。

 ヘレンの自室は調度品がバランス良く配置してあり壁紙の色も薄緑色で落ち着いたシックな感じになっている。ソファやカウチもありアンジェリーナの使う客室よりも広い。応接間にあるソファに三人は座った。

 侍女が紅茶を入れる準備をする。お茶菓子も用意されておしゃべりが始まった。

「アンジェリーナ様。そういえば、ソニー兄様と婚約なさったのでしたね。おめでとうございます」

「ありがとう。まだ、婚約式は済ませていないけど」

「気にしないでください。ソニー兄様はアンジェ様と婚約すると聞いて待ちかねていたのですよ。それはもう張り切っていて。うらやましいですわ」

「そうだったの。それで私がこちらに戻ってきた途端に出迎えに来たわけね」

 ええそうですと言ってヘレンはくすくすと笑った。マーガレットも目を輝かせて問いかけてきた。

「アンジェ姉様。ソニー兄様は穏やかだし優しい方ですから。きっと結婚しても大事にしてくださいます」

「そうね。マーガレット様の言う通りになったら嬉しいわ。ソニー様は優しいのは確かね」

「ええ。わたくしたちにもソニー兄様は優しいです」

 マーガレットが頷くとヘレンも頷いた。

「ソニー兄様は優しいのですけど。優柔不断な所がたまに傷ですね」

 ヘレンが一言辛口な意見をいうとその場は静まりかえった。アンジェリーナとマーガレットは確かにと内心で思った。けど、口には出さなかった。三人は気を取り直して侍女が入れた紅茶を飲んだのだった。

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