第17話

 夕食を終えるとアンジェリーナは夜着に着替えた。


 ジェマも同じようにすると部屋にある蝋燭を消した。真っ暗になる中で二人とも眠りにつく。

「お休みなさいませ。アンジェ様」

「お休みなさい。ジェマ」

 眠りの挨拶をするとジェマもベッドに潜りこんだ。深い眠りに二人は落ちていったのだった。




 翌朝、アンジェリーナとジェマは同じくらいの時刻に目が覚めた。そして、身支度を二人は始める。アンジェリーナが顔を洗ったりしに行った間にジェマは荷物から主の着替えやブラシなどを出して次の段階の準備をした。ジェマも夜着から普段の目立たないワンピースと短めのブーツに着替える。髪を三つ編みにして一束ねにまとめた。黒のリボンでまとめてジェマはアンジェリーナを待つ。

 歯磨きもすませた彼女が出てくるとジェマも失礼しますと言って洗面所を使う。アンジェリーナは出してあるブラシを手に持つと自分で梳く。鏡台がないので手鏡を片手に持ちながらだが。

 器用にブラシで整えてからアンジェリーナはベッドに置いてある髪紐を口にくわえる。手鏡は見ないで手の感覚と勘で髪を簡単に束ねた。髪紐で後ろにやった髪をくるりと括る。香油は使わない。アンジェリーナの黄金の髪はまっすぐでさらさらとしている。丈も背中の真ん中辺りまであった。普段は侍女に結ってもらっているが。こういう旅の時はいちいち侍女らに頼っていられない。

 なので、身の回りの事はできるようになっていた。

 ジェマが洗顔と歯磨きを手早く済ませてくるとアンジェリーナは着替えもできていた。身支度をすませるとジェマに声をかける。

「歯磨きや洗顔は終わったみたいね。お化粧をして荷物もまとめないと。ジェマ、急ぐわよ」

「わかりました。アンジェリーナ様も急いでくださいね」

「ええ。じゃあ、荷物の整理をするわ」

 アンジェリーナは頷くと歯磨き用の道具やブラシなどをカバンにしまったりした。ジェマは二つのベッドの布団やシーツ、枕などを整える。二人ともてきぱきと動き、部屋は使う前と同じような状態ななった。

 お化粧も簡単に二人はすませると部屋を出たのだった。




 部屋を出て朝食をすませた。一階にある食堂で騎士団の皆やアンドレイ、侍従たちも思い思いに食事をしていた。アンジェリーナとジェマは食堂の隅でパンやスープ、チーズ入りのオムレツにサラダを食べた。なかなかの美味でジェマはスープのおかわりまでしていたほどだ。

 そうして、二人は早めに宿屋を出てそれぞれの馬車に乗り込んだ。アンジェリーナはアンドレイを待ってジェマは侍従を待つ。騎士団の皆もちらほらと宿屋から出てきた。

 アンドレイが朝食を済ませて馬車に乗り込んでくる。侍従もジェマのいる馬車に行ったようだ。

「…おはよう、アンジェリーナ。昨日はよく眠れたか?」

「おはようございます。ええ、よく眠れましたよ」

「そうか。ジェマと同じ部屋だったらいびきとかうるさくなかったか?」

 アンドレイはにやりと笑いながら悪戯っぽく問いかけてきた。アンジェリーナは苦笑いしながら答える。

「いいえ。ジェマはいびきなんてかきませんよ。寝相が悪いだけです」

「なんだ。いびきはかかないのか。つまらんな」

「あんまりおっしゃいますとジェマに言い付けますよ。本気で暗器を持って追いかけられたいですか?」

 アンジェリーナが半ば本気で言うとアンドレイは顔をしかめた。

「それはごめん被る。わかった、俺が言い過ぎたよ」

 アンドレイはふうと息をついた。アンジェリーナはくすりと笑って言った。

「あんまり、ジェマに悪口を言わないでください。私もいつまで黙っていられるかわかりませんから」

「…ふう。わかったよ」

 アンドレイは負けたと言って黙りこんでしまった。アンジェリーナはそれを笑いながら見ていたのだった。




 それから、馬車で五日をかけてルクセン王国国境を越えた。スルティア皇国に入った。緑が多くなだらかな丘の多かったルクセン王国に比べてスルティア皇国は険しい山脈が北に控えており、深い森が東部や西部に広がっていた。気候も四季があっても一年中温暖なルクセン王国と比べるともっと季節がはっきりとしていて冬の寒さも厳しい。

 そんなスルティア皇国の中央部にある皇都の国立学園にアンジェリーナは初等部から入学していた。皇帝夫妻の住まう王宮から彼女は通っていたのだ。アンドレイやアンソニー、皇女のヘレン、マーガレットらも通っておりアンジェリーナとも仲が良かった。

 特に第一皇女のヘレンは一つ下でアンジェリーナと親友だ。「アンジェ姉様」と呼んで慕ってくれていたのを思い出す。

 そんな事を考えながらアンジェリーナは馬車から見える広大な森を眺めていたのだった。



 そうして、アンジェリーナ一行は野宿もしながら十日目の朝にスルティア皇国の皇都に入った。ルクセン王国の騎士団も都の王宮に入り、アンジェリーナの警護をそのまま行う予定でいる。馬車は密やかに王宮の入り口の門前まで来た。

 とうとう、約二月ぶりにスルティア皇国の皇帝夫妻やアンドレイの兄弟たちに会うとなりアンジェリーナは緊張していた。

「アンジェリーナ。まあ、そう気張らなくても良い。父上や母上も怒ってなどいないから」

「わかりました。けど、このたびのアルバート殿下の事では怒っておいでだろうと思います」

「心配しなくて良い。それより、弟のアンソニーとは婚約するんだからな。少しはにっこり笑ってあいつの気でも引いてろ」

「そうしておきます」

 アンジェリーナは困ったように笑いながらアンドレイの軽口に応じた。二人は馬車からおりて王宮の門をくぐった。

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