第16話 聖女様の葛藤

「とても面白かったですね」

「そうだな」


 雛森はとてもご満悦な様子。

 満足してくれたようでなによりだ。

 改めて立花にお礼を言わないとな。


 それから俺達は映画の感想を言い合いながら、映画館を後にする。

 目的は終えたので後は解散するだけ。


「あっ」

「雛森?」


 フードコートの前を通り過ぎようとしたところで雛森が立ち止まる。

 雛森が見ていたのは新しくオープンしたクレープ屋だった。

 興味津々な様子。

 もしかして、食べたいのかな?


 と、そんな時だった。

 なにやら可愛らしい音が聞こえたのは。

 音の発生源は雛森のお腹。


「〜〜〜っ」


 雛森の顔が羞恥で真っ赤に染まる。

 これは聞こえなかったフリをしてあげたほうが良さそうだな。


「雛森。良かったら、あのクレープ屋に寄ってみないか?」

「そ、そうですね。私も行ってみたいと思っていました」

 

 もう夕食の時間帯だけど、今日ぐらいは良いだろう。


「は、早河君」

「どうした?」

「その……さっきの、聞こえてましたか?」

「……なんのことだ?」


 俺は可能な限り平静を装って答えたが、一瞬だけ間を空けてしまった。

 そのせいで聞こえていたことがバレてしまい、雛森はさっき以上に赤面したのだった。


 それから注文を済ませてクレープを受け取る。

 俺はチョコクレープ、雛森はストロベリークレープを注文した。


「このクレープ、すごく美味しいです」

「俺のクレープもめっちゃ美味い」


 お互いに食べる手が止まることはなく、あっという間に完食。


「ふぅ。ごちそうさま」


 正直もう何個か追加で食べたいところだけど、それだと夕飯が入らなくなるので我慢。


「ふふっ」


 雛森が俺の顔を見て笑っている。

 もしかして、俺の顔に何かついてるのか?


「早河君。口元にクレープが付いてますよ」

「えっ」


 どうやら本当に何かついてたようだ。

 雛森がティシュを手渡してくれる。


「ありがとう」

「ふふ。早河君って意外とおっちょこちょいさんなんですね」


 雛森はおもしろおかしそうに言う。

 もしかしたら、さっき映画に誘った時に意地悪されたお返しなのかもしれない。

 でも、そっちがその気なら……


「雛森だって人の事言えないと思うぞ?」

「ど、どうしてですか?」

「だって雛森の口元にもクレープついてるし」

「えっ!?」


 雛森はティシュで口元を拭うが、何もついてないことに困惑する。

 当然だ、だって嘘なんだから。

 嘘をつかれたと気づいた雛森は頬を膨らませて拗ねてしまった。


「むぅ。早河君って本当に意地悪ですね」

「ごめんごめん」


 そんなやりとりを交わしていると、近くの席に座っていた女性が微笑ましい視線を送っていた事に気づき、俺達は顔を赤くして気まずくなってしまった。


「ひ、雛森。俺、ちょっと手洗い行ってくるから少し待っててくれないか」

「わ、分かりました」


 そして手洗いから戻ってくる途中、俺は———

 

◇◇◇◇◇


【沙紀視点】


 早河君がお手洗いに行っている間、私はあの日の事を思い出していた。


『ごめんなさい。早河君とはまだお話しした事もないですし……何も知らないので……』


 当時、私は早河君とお話しした事もなかったので、ラブレターを貰った時は本当に驚いたのを覚えたいる。


 でも、それ以上に私は今の状況に驚いていた。


 告白を断った時、私はもう早河君と関わる事はないだろうと思っていた。

 というのも、私に告白してくれた他の男子は断られた後、皆んな私から距離を置くようになったからだ。

 だから早河君もきっとそうだと思っていたけど、現実はそうはならなかった。


 他の男子と違って早河君は勢い激しく迫ってくる事もなく、優しく落ち着いて接してくれる。

 そんな早河君と一緒にいる時間はとても居心地が良いし、それにとても楽しい。

 それを今日、私は改めて実感した。


 そして、私の中にある願望が生まれていると自覚した。


 早河君とお友達になりたい。

 早河君とこれからも一緒にいたい。


 でも、私は……


「さっきさ、雛森さんと早河が一緒にいるのを見たんだよね」


 そんな会話が聞こえてきたので思考を中断して耳を傾ける。

 会話していたのは、廊下で何度かすれ違った事のある女子生徒二人だった。


「でも、早河って雛森さんに振られたんでしょ? なんで一緒に遊びに来てるの?」

「分かんないけど、私だったら無理かな。絶対気まずいだろうし」

「だね。それに振った相手と一緒にいるなんて辛いもんね」


「っ」


 そう、私は早河君の告白を断った立場。

 そんな私が『友達になりたい』だなんて、『これからも一緒にいたい』だなんて、そんな押し付けがましいこと言えるはずがない。

 こうして一緒にいられるのだって、私が早河君の優しさに甘えさせてもらっているからなのだから。


「雛森」


 早河君がお手洗いから戻って来た。


「早河君。そろそろ帰りましょうか」

「……」

「早河君?」


 早河君は何も言わずに顔を伏せている。

 どんな表情をしているのか私からは見えない。


 少しして、早河君は顔を上げた。

 早河君の表情は、とても優しかった。


「雛森、俺さ……」


 そして優しい声色で、こう紡ぐのだった。


「これからも雛森と一緒にいたいな」

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