第15話 怖がり聖女様と映画鑑賞

「早河君。ちょっといいかな?」


 休み時間。

 立花に声を掛けられた。


 あの日———立花と話した日以降、俺達はこうして普通に会話する仲になった。


「どうした?」

「えっとね、渡したいものがあって……」

「映画のチケット?」


 立花が渡したのは絶賛上映中の映画のチケットだった。

 それも2枚。


「父が会社の同僚から貰ったんだけど、行けないみたいだから僕にくれたの」

「だったら立花と藤宮が観に行った方が良いんじゃないか?」

「実はもう観に行ってきたんだ」


 どうやら愚問だったようだ。

 立花によれば、貰ったチケットは4枚だったとのこと。

 

「そっか。なら遠慮なく貰っていいか?」

「うん。楽しんで来てね」


 いつ観に行こうかな……ってこのチケット、今日の夕方に上映する回でしか利用できないのか。

 タダで頂いたのだから文句を言うつもりは勿論ないが……それにしても急だなオイ。


「……立花。二回目になるけど、良かったら一緒に観に行かないか?」

「ご、ごめんね。実は今日の放課後は雫と予定があって」

「そっか。なら仕方ないな」

「でも、誘ってくれてすごく嬉しかったよ」


 立花は少し赤みの帯びた頬を掻きながら、少し照れくさそうにして言う。

 ……だから何で顔を赤くするんだ?

 立花は俺と話している時、偶に顔をなぜか赤らめることがある。

 そのせいで最近、藤宮から訝しげな視線を向けられている。

 藤宮と俺の修羅場展開だけはマジで御免だ。


「さて……」

 

 誰と行くか……あれ、確かこの映画って……


 誘う人が決まったので早速声を掛けに行く。


「雛森。少しいいか?」

「早河君? どうかしましたか?」

「良ければ今日の放課後、この映画を一緒に観に行かないか?」

「えっ」


 驚いている雛森に貰ったチケットを見せる。


「こ、この映画、ずっと観に行きたいと思っていた作品です!」

「それはラッキーな偶然だな」


 勿論偶然ではない。

 この映画を雛森が観たがっているのは、ストーリーをプレイして知っていた。 

 篠原は結奈ちゃんを幼稚園に迎えに行くらしいから今日は無理だし、どうせ誘うなら観に行きたがっている雛森が適任だ。


「す、すごく行きたいです。でも……」


 雛森は俺を見る。

 何かを気にしているかのような表情で。


「……雛森。前も言ったけど、あまり気にしないでくれ」

「……」


 踏ん切りがつかない雛森に、俺は少し意地悪することにした。


「雛森が行かないなら俺一人で楽しんでこようかな。この映画そろそろ上映期間が終わるみたいだし、この機を逃したら暫く観れないだろうな。あーあ、勿体ない」

「むぅ。意地悪ですよ早河君……分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」


 おそらく断られないだろうと思っていたけど、受けてもらえたので胸を撫で下ろす。


「ありがとう」

「お礼を言うのは私の方ですよ」


 雛森はクスッと笑う。


「……私、早河君の優しさに甘えてばかりですね」


 雛森はボソッと呟いた。

 それは俺に聞かせるつもりのない、雛森の胸の内にしまっていた言葉。

 

 それは俺の耳に———


◇◇◇◇◇

 

 放課後。

 俺と雛森はショッピングモールにある映画館に足を運んだ。


 中は空席が目立っており、俺達以外の観客は殆どおらずほぼ貸切状態だった。

 上映期間終了間際の平日なら観客が少ないのも不思議ではない。

 学園の聖女様と二人きり、しかもほぼ貸切状態で映画を観たと男子達が知れば、嫉妬されるどころじゃ済まないだろうな。


「雛森。この映画ってどういう内容なんだ?」


 始まるまで手持ち無沙汰なので、雛森と雑談して過ごすことに。

 実はゲームのストーリーだと映画のシーンは全カットされていたので、どんな内容なのか俺は知らない。


「簡単に言うと、高校を舞台とした青春ストーリー映画です」

「青春……恋愛系?」

「恋愛要素もありますけど友情や部活動、勉学と言った様々な青春に関連した要素のある映画、との事です」


 雛森もまだ観ていないので詳細は知らないようだ。

 それから少しして映画が開始すると、あっという間に物語に引き込まれた。


「うおっ!」


 あるシーンを観て思わず声を上げてしまった。

 学園祭の出し物で主人公達がお化け屋敷をやっているのだが、ホラー映画顔負けの迫力なのだ。

 こ、怖ぇ……ってあれ、そう言えば雛森って怖いのダメじゃ……


「は、早河君」

「ひ、雛森。大丈夫か?」


 雛森が俺の腕にしがみついていた。

 雛森の体と声は震えている。


「ご、ごめんなさい。もう少し……もう少しだけ、こうさせてください。ダメ、ですか?」

「っ。わ、分かった」


 涙目で上目遣いで懇願する雛森を前にして、俺は頷く他なかった。

 可愛すぎるだろ!

 

 その結果、腕に押し付けられている柔らかな感触に意識を持っていかれて、映画に集中できなかったのは言うまでもないだろう。

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